第3話 巨大蟻の王2


巨大蟻の王アントオブアントも混ざってる!」


 歓喜が先に立って、口走っていた。

 カミュは喜びを隠そうともせず、地に降り立つや、ササミーに合図して走り出す。

 

 頷いたササミーがカミュの斜め後ろをついてくる。


「本当か!?」


「ああ、間違いない。やるぞ」


 カミュは笑みをこらえきれない。




     ◇◆◇◆◇◆◇




「も、もうだめ……!」


「あきらめないで! せっかく稼いだ経験値だよ」


 息が絶え絶えになり、脚を止めそうになる魔術師の女。

 その手を引っ張り、立たせて走る回復職ヒーラーの女、麻沙美まさみ


 麻沙美は後ろを振り返り、駆け寄ってくる獰猛な大蟻たちに目を向けると、舌打ちした。

 最初は一匹だったはずの大蟻は、いつの間にか四匹になってしまっている。


「空いていてたくさん狩れるよ」「僕がいれば大丈夫だから」と自分たちを連れた盾職の男を、彼女は呪っていた。

 野良パーティはこれだから嫌なのだ。


 巨大蟻ジャイアントアントを倒すクエストを協同でこなすはずだったのに、盾職の男が突っ込んだ相手はなんと、巨大蟻の王アントオブアント

 この森に棲む大蟻たちの王だった。


 当然のように盾職の男は数秒と経たずに潰され、続けて弓使いの女、武器使いウェポンディーラーの男が死んだ。

 逃げ始めてすぐに、剣使いソードマスターの男が捕まって、背中から喰われた。


 残るは自分と、この女魔術師、カオリンのみ。


「ギギギ――!」


 大蟻の群れが、すぐ後ろに迫ってきた。

 走る地面が揺れているのがわかる。


(もうだめだ……)


 もう限界だった。

 あと1分も経たないうちに、きっと自分より体力のないカオリンが喰われる。


 それとて50歩100歩だ。

 自分も、もうすぐ――。


(どうしてこんな……)


 視界が涙で滲んだ、その時だった。


「……え……?」


 麻沙美は自分の目を疑った。


 なんと自分たちに向かって駆けてくる人がいたのだ。

 ひとり、いや、二人。


 気のせいか、先頭を走る男性は、その顔に笑みすら浮かべているように見えた。


「――た、助けてぇぇ!」


 麻沙美はカオリンの手を引き、走りながら声の限りに叫んだ。




     ◇◆◇◆◇◆◇




「――た、助けてぇぇ!」


 涙目になりながら、ふたりが息を切らして駆けてくる。


「もちろん」


「おうよ!」


 ササミーが女性二人に向けてぱちんとウィンクしたのが、カミュの視界の隅に入った。

 それ、キモいから引かれるぞ、と前に伝えたはずだ。


「――任せろ」


 カミュが息も絶え絶えの二人の女性の横をすれ違いざまに、告げる。


 麻沙美がその力強い言葉に、はっとする。


「前に出るぞ」


 ササミーが叫ぶ。


 ササミーはカミュと違い、防御力の高い重鎧プレートメイルを装備しているため、二人のペア狩りではいつも盾役を務めていた。


「いや、今回は俺がタゲを取る。ササミーは二人を守ってくれ」


「あ、いいの? ラッキー! 女二人だ!」


 ササミーはサムアップしながら、素直に後退する。

 ちなみにタゲとは、モンスターが狙う相手、『ターゲット』のことを意味している。


「いくぞ」


 カミュは自分の両肩に意識を集中する。

 とたんに黒い腕が左右 一本ずつ、天に向かって生えた。


 骨と皮ばかりの、人のものとは思えぬ不気味な腕。

 カミュの強さの根幹をなす、唯一ユニークアビリティ、【死神の腕】である。


「ギギ――!」


 直後、 巨大蟻の王アントオブアントがその口から【蟻酸】を撒き散らした。

 毒々しい緑色の液体が、大きなバケツで撒いたかのように扇状に飛散する。


 準備動作のほとんどない範囲攻撃で、それを避けたのはカミュひとりであった。


「うがぁー!?」


「きゃああぁ」


「いやぁ!」


 後方ではササミーが片膝をつき、その顔を歪めた。

 二人を庇ったササミ―の重鎧プレートメイルの背には、不規則に穴がいくつも空いている。


 庇われた麻沙美とカオリンも無傷とはいかず、脚を【蟻酸】にやられて動けなくなっていた。


「こんなの即死しちまうぜ」


「嫌だこんなの……絶対ムリ……」


「ごめんもうMPが……回復魔法ヒールできない」


 敗戦特有の嫌な空気が漂い始めた三人に、さらに巨大蟻ジャイアントアント三匹が襲いかかる。

 

「こなくそっ!」


 奮起したササミーがなんとか一匹を引き受けるが、残る二匹はカオリンに襲いかかる。

 カオリンが、乱暴に押し倒された。


「嫌! カオリン――!」


 動けない麻沙美が、悲痛な叫びを上げる。

 カオリンが巨大蟻ジャイアントアントの黒い姿に覆い隠されて見えなくなった。


「――い、いやぁぁぁぁぁ! 誰かぁ――!」

 

 カオリンが絶叫した、その時だった。

 

 群がっていた二匹の大蟻が、ばらばらと崩れ落ちた。

 まるでその体躯がすべて、ジグソーパズルだったかのように。


「だ……れかぁ……えっ?」


 軽くなった蟻の足を握りながら、呆然とするカオリン。

 彼女は気づかなかったが、ササミーに襲いかかっていたもう一匹の大蟻も、同じように崩れ落ちていた。


「助かったぜ!」


 ササミーがわかってたんだ、と叫びながら立ち上がる。


「……ど、どういうこと?」


 カオリンは状況が飲み込めない。


「あの人が……あの人がひとりで倒してまわってる! もう 巨大蟻の王アントオブアントだけになってる!」


 麻沙美が座ったまま、震える指でその男を指し示す。


「ひ、ひとりで……?」


「しかもあの人……よ、四本腕になってる!」


「……えっ……」


 カオリンが目を見開いた。


「四本腕ってまさか……」


 カオリンの全身に、鳥肌が立った。


 四本腕の持ち主。

 全サーバーを通しても、それはたった一人しかいない。


「まさか、カ……?」


「なに、あのキラキラした武器………?」


 言いかけたカオリンの言葉を遮るように、麻沙美が目を輝かせて、指をさす。


「糸だよ、糸」


 横から、ササミーが得意げに答えた。


「え? 糸ってあんなにたくさん装備できるの……?」 


 初期は利き手の人差し指に一本のみだが、最終職業に到達しているカミュは糸を片手に5本装備でき、それが四本腕で放たれるために、合わせて20本を操ることができる。


「そうそう。あいつくらいになるとね。お、入ったァ! 【漆黒の闇】の状態異常だァァァ!」


 ササミーが突然、叫ぶ。

 二人が目を向けると、糸の巻き付いた 巨大蟻の王アントオブアントの頭部に黒い靄が覆いかぶさっていた。


「え……? じょ、状態異常?」


 麻沙美とカオリンが、瞬きをする。


 カミュが操るのはただの糸でなく、『上位魔法糸』と呼ばれるものだった。


 【傀儡師】になり、上位の能力【上位魔法糸生成】が覚醒すると、一部のモンスターから『上級魔法糸』を作り出すことができるようになる。


 威力が高い上に、個性的な状態異常を持つ糸なのだ。


  例えば、今カミュが用いている『闇精霊の君主シェードロードの弦糸』はこういった効果になっている。



 ■ 闇精霊の君主シェードロードの弦糸

 拘束確率 18%  攻撃力 48

 状態異常【漆黒の闇】をもたらす 10秒



 今回、カミュの手から放たれて拘束に成功した糸は20本中3本なので、3倍の30秒間、 巨大蟻の王アントオブアントに【漆黒の闇】を付与できるのだ。


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