第2話 巨大蟻の王1
俺自身の名前はどうでもいい。
テレビゲーム全盛期に育ち、二六歳。
もう二年半以上、VRMMO「ザ・ディスティニー」というネットゲームに時間と金を費やしている。
一番の楽しみは通称「課金ガチャ」という、ゲーム内アイテムくじに給料の大半を投入して一喜一憂することだ。
自分でもゲーム中毒なのだと思う。
俺がはまっているゲーム「ザ・ディスティニー」は、現実世界からゲーム世界へ
飛び込んだ先は、中世ヨーロッパをイメージした世界に様々な種族が暮らしている剣と魔法の世界だ。
ゲーム内ではモンスターを倒しながら冒険をしたり、気の合う仲間と酒を片手に談笑したり、ただのんびりと釣りなどの趣味を満喫したりすることもできる。
その日もいつものようにログインした。
使用しているキャラクターの名前は、カミュ。
十八歳、耳の上まで伸びた長めの黒髪を切り揃え、真ん中で分けている男だ。
最終転職である二次転職を済ませ、
少々変わった武器を使う、火力系職業だ。
「INしたばかりのこの感じがたまらないな」
いつものように異世界に降り立つと、陽はまだ高く、草の青々しい香りが風に乗ってきた。
靴は昨日ログアウトした時のままで、しっとりと草露で濡れている。
ここは魔法帝国リムバフェという国の、西側にある森だ。
昨日に引き続いて狩りをしようかと廃墟から出るや、後ろで物音がした。
同じタイミングで、友人ササミーがログインしてきたのだった。
ササミーとは昨日、というか今朝まで一緒に狩りをしていた。
「こん~」
「こん。これから狩り?」
ササミーが訊ねてくる。
「まあね。一緒に行くかい?」
「筋トレに行くまで
「オッケー」
ササミーは
まだ二次職業だし、レベルは俺よりずいぶん下だが、最近仲良くなった友人だった。
俺たちのいるこの森は、
だが俺がこの
◇◆◇◆◇◆◇
「不遇職なのに、ずるいぐらい強いな」
狩りを始めると、ササミーが定番のセリフを繰り返していた。
その通り、カミュが手にする『糸』という武器は人気がなかった。
中遠距離武器に位置する糸は、初期装備品で威力は最弱武器のナイフ程度。
成長してアビリティを獲得すると装備本数を増やせるものの、同じ中遠距離武器である弓に比べると、選ぶ意味を感じないほどに貧弱だった。
そんな武器など誰も選ばないだろう。
それゆえ、運営は通常攻撃時に「拘束」という特性を糸に与えている。
敵を攻撃し、絡めることで相手を無力化できるのだ。
さらに糸の場合のみ、拘束時追加ダメージというものも付与できる。
通常攻撃+拘束無力化+拘束時ダメージ。
一見ありがたいように見えるこの最後の特性だが、そう思っていたのは運営だけで、実際は『短所』でしかなかった。
持続ダメージが入ってしまう分ヘイト上昇が大きく、モンスターを自分にひきつけてしまうのだ。
ヘイトとはモンスターから見たプレイヤーへの敵対心のことで、モンスターはヘイトの最も高いプレイヤーを攻撃するよう設定されている。
そのため、パーティプレイでは防御の固い
これが理由で、糸系職業は嫌われ、パーティから外されるようになる。
その後、糸系職業のプレイヤーたちがサーバーを超えて集い、運営へ『修正嘆願書』を提出した。
当時ゲーム内ではこれが大きな話題になっており、プレイヤーたちは修正以外の選択肢はないだろうと話していたが、運営は長考の末、「不可」という公式見解を出した。
それをきっかけに、糸系職業から離れるプレイヤーが激増した。
カミュのプレイヤーも糸系職業のもうひとつの能力に気づかなければ、度重なる不遇ゆえにカミュを削除していたかもしれない。
そう。カミュの操作者は唯一、糸系職業のとんでもない能力に気付いていた。
そして今、彼はそのために
「出ないなぁ」
狩りを始めてそろそろ一時間が経とうとしていた。
もう数十匹狩りをしたが、
もちろんこればかりは運であることを彼らもわかっている。
(はぁ、明日もここで狩りか……そういや明日は歓迎会で遅いんだよな……)
カミュがそうやってひそかに悲観し始めた頃、ふいに人の声が聞こえた気がした。
カミュの表情が一気に険しくなる。
「誰かいる」
カミュは息をひそめ、耳を研ぎ澄ませる。
(やはり、かすかに聞こえるな。女性の声か。2人……3人?)
乱雑な草の擦れる音も重なっているのがわかる。
どうやらその連中はカミュたちの方へと近づいてくるようだ。
「近くにいるん?」
ササミーには聞こえなかったようだ。
だが歩みを止め、その顔でたるんでいた表情が引き締まっている。
カミュは頷き、木の上に登って辺りを見渡し始めた。
通常、狩りというものは定点で行う。
余計な移動は想定外モンスターと遭遇するリスクが高まるからである。
だがカミュの耳に聞こえてくる音は絶え間なく移動している。
それが意味すること。
その理由はたいてい、なにかからの逃亡である。
その時、カミュの目が捉えた。
女性が二人、三匹の
いや、さらに蟻は増えて 四匹。
女性のひとりは両手杖らしきものを持ち、もう一人は十字のマークが入った帽子を被っている。魔術師と
必死の形相で、こちらに走ってくる。
この職業の二人パーティは、狩をするには明らかにおかしい。
ヘイトで敵をひきつける盾職を欠いているからである。
(仲間をやられたのか……ん?)
女性を追いかけている四匹の蟻を見て、カミュは目を見開いた。
「
歓喜が先に立って、口走っていた。
カミュは喜びを隠そうともせず、地に降り立つや、ササミーに合図して走り出す。
頷いたササミーがカミュの斜め後ろをついてくる。
「本当か!?」
「ああ、間違いない。やるぞ」
カミュは笑みをこらえきれない。
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