ハルコ
イグは話を続ける。
話しかけてくるイグ、つまりハイドラにイグと呼ばれた女は、元は今頭春子という人間だったらしい。
僕は彼女から、特別に彼女のことをハルコと呼んでいいと許された。なので以降は、この女のことをイグではなくハルコと呼ぶ。
ハルコ本人の話によれば、アリッサのチームが小早川水希の記憶リーディングの情報から探っていた『ドラッグストアの男性』今頭礼央の妹に当たる女性が自分だという。
今頭家は、かつて妃陀羅神を信仰していた一族の末裔だった。一族は災害によって壊滅した故郷波暮堂を離れ、信仰の基盤を失った。
波暮堂で崇拝されていた妃陀羅とは、有史以前の瀬越丘陵に出現したハイドラのことだった。
ハイドラは『大いなるクトゥルフ』の呼び声に応じて、瀬越から波暮堂に辿り着く。
そこで水棲に適応するために、一部の組織を切り離す。その水棲に適応した神性は太平洋を進み、クトゥルフが鎮座するルルイエに到達した。
その後はハイドラまたはヒュドラと呼ばれ、クトゥルフまたはダゴンを崇拝する水棲生物の深きものや、深きものと人間との混血児たちの信仰の対象となった。
一方、波暮堂といっても当時は崖に挟まれた無人の海岸でしかない場所に、切り離された組織であるハイドラの残滓は不可視になって人間を待ち続けた。
やがてその場所にできた集落、つまり波暮堂に住む人間との間に血を残したハイドラの残滓は、ルルイエに去った半身に深きものたちを派遣するように手筈して休眠期に入る。
派遣された深きものどもは、波暮堂の人間と交わり『ハイドラとダゴンの血が混じる汚れた血族』を誕生させる。
不浄な混血児たちの中から神子と呼ばれる『夢や御告げでハイドラの痕跡を知覚できる』者が出現すると、ハイドラを妃陀羅神と呼び、崇拝するようになった。
ハイドラは高位の神性のため地上で崇拝される時は、下位の神格の姿を模して偶像化され信仰対象となる。
波暮堂ではイグの御影を模していた。
イグは全ての蛇の主であり、人間社会でも密かに信仰されている。古くはムー大陸で崇拝され、アメリカのオクラホマのインディアンたちの蛇避けの儀式に力を貸していたとも伝えられている。
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月日は過ぎて、ハイドラも深きものたちも波暮堂に干渉しなくなると、神子たちの力も弱まり、神子たちがハイドラについて知ることができる範囲も狭くなる。
ナイアーラトテップが適合者誕生の狼煙を上げると、ハイドラは器となる神子の誕生や現存する神子へ負荷をかけて意識できる範囲を拡大するなど、新たな適合者との儀式の準備に取りかかる。
器とは、見鬼の能力者が狂気によって形成した心象に刻まれた怪物の姿のことで、ハイドラはこの器の形成のために今頭春子に自身のイメージを送り続けた。
こうしてハイドラは器となった神子の今頭春子を崎原に伏せ、適合者との邂逅の機会を待った。
何故ハイドラは、そんな遠回りをしたのか?
ハイドラには適合者が誰なのか判らなかったからだ。
適合者にはある心理障壁が備わっており、精神体や夢によるコンタクトが阻害される。
ハイドラはアリッサのチームが、メンバーの中島を通してグールに接触したことで、崎原に適合者が戻ってきたことを知った。
さらにアリッサのチームが波暮堂に侵入したことで、日下を通じてリリーを毒で侵し支配することに成功した。
ハイドラの毒は幾つか種類があり、日下とリリーに使われたものは、精神体には強く作用する反面、肉体にはこの毒の免疫抗体が備わっている。
リリーは本性が精神体だったため、毒によって支配されてしまったが、日下には肉体があり毒は限定的な効果しか発揮しなかった。
この毒をイスの偉大なる種族は最も恐れている、彼らは時間を超越した存在のため本性は精神体であり肉体は借物でしかないからだ。
イスの種族に支配されてしまった生物が、この毒に侵されると、イスはハイドラに支配される。
ハイドラに支配されたイスは、概ね支配していた生物から離されハイドラが造った適当な肉体に閉じ込められる。
イスから解放された生物への毒の影響は、生物毎に反応が異なる。
とにかくハイドラはあの河原で、波暮堂の裔である神子を使役し、リリーを操り、今頭春子というイグの器と適合者との邂逅を成就させたのだ。
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