エピソード51-29

献血カー付近 15:45時――


 ポケクリバトル団体戦の事後処理等が終わり、ユズルたちは急いで献血カーに向かった。

 ユズルは白黒ミサに両手を引かれ、ほとんど引きずられている状態であった。


「ユズル様、予定を大幅に過ぎています。急いて下さい!」

「わ、わかりましたから、そう急かさないで下さいよぉ」


 やがて、献血カーが見えて来た。  

 その横の一角には、いかにもなユーザーたちが20人程固まっていた。


「きゃぁ見て! ユズル様よぉ♡」ざわ…

「これからお召し替えかしら? 静流様に♡」ざわ…

「シズムンもいるわよ? カワイー♡」ざわ…

「まだ始まらないの? 何かトラブルかしら?」ざわ…


 ざわついている中を小走りで駆け抜け、献血カーに辿り着いたユズルたち。  


「ふぅー、只今戻りましたぁ」

「すみませんGM、バトルの方が遅れまして」


 白黒ミサが息を弾ませながら、睦美に謝罪した。


「お帰り。ご苦労だったな。気にするな、想定内だ」

「外にはユーザーたちが押し寄せていますよ?」


 睦美はチラと窓の外を見た。


「フム……。ユズル君とシズムは早速で申し訳ないが、向こうで薫子お姉様たちからレクチャーを受けてくれ」

「わ、わかりました。シズム、行こう」

「りょうかーい♪」


 心配そうな顔で達也が声をかけた。


「大丈夫か? ユズル?」

「大丈夫じゃないけど大丈夫。僕、何言ってるんだろ? フフフ」


 ユズルは苦笑いしながら、ドアを開けてインベントリに入って行った。

 達也は恐る恐る睦美に聞いた。


「ウチらって、何かする事あるんすか?」

「そうだな……とりあえず休憩室で待機かな」

「うーっす。行こうぜお蘭」

「お、おう……」


 二人はドアを開け、インベントリにある休憩室に向かった。 

 残った白黒ミサと素子が、睦美に聞いた。


「GM、私たちは何を?」

「お前たちは左京と共に運営と交渉して来い」

「運営、ですか?」


 ミサたちと素子が顔を見合わせながら首を傾げた。


「一日目の部数はさっき完売した」

「な、何ですって!?」

「実はな、今日の分が終わったのは午前中で、今は明日の分から少しずつ運んでいるんだ」

「で、では……申請した部数は?」

「この分なら余裕で完売だろう。目標達成だ!」


 そう言って親指を立てた睦美。


「「「いよっしゃぁー!!」」」 


 三人は手を繋ぎ、クルクルと回って喜びを表した。


「それでだな。困ったことになった」

「へ? 何です?」


 三人の動きがピタッと停まった。


「明日の分の在庫だよ。下手をすると直ぐに在庫が空になってしまう」

「それは由々しき事態ですね……」


 申請した部数を超えて頒布するのはルール違反となる。

 違反すると今後の出店に影響が出る恐れがある為、通常なら在庫がゼロ=撤収となる。


「こうなるのがわかってれば、もっと吹っ掛けて申請しとくんだった……ちぃっ」


 黒ミサが手をバシッと当て、悔しがった。


「成程。追加で頒布出来るかを運営と交渉するのですね?」

「左様。真摯に状況を説明し、理解を得る事。くれぐれも慎重にな」


「「「御意!!」」」


 三人は片膝をつき、頭を下げた。 


「実現すれば、恐らく個人ブースでは初だろう。これはつまり、産地直送型の『重版出来』だ!」ドドーン


「「「おおー!!」」パチパチパチ


 睦美がポーズを取り、三人が拍手した。


「GM、そうなった場合の頒布品の調達は如何いたします?」

「通販用の在庫をこちらに回し、場合によっては印刷所に発注も視野に入れる」


 部下の質問にすらすらと答える睦美。


「ダメ元なのだから、深追いはするな。わかったな?」


「「「御意!!」」」




              ◆ ◆ ◆ ◆




 達也たちが例のVIP席に行くと、テーブルに突っ伏している真琴たちがいた。


「おい真琴、しっかりしろ!」

「ん? 蘭ちゃん……か。優勝おめでと」


 蘭子が真琴を揺すって起こすと、真琴は虚ろな顔でそう蘭子に言った。


「マネージャーさんよぉ、大丈夫か?」

「こ、ここは?……やはり、夢だったのですね……」


 続いて蘭子に起こされた鳴海も、同じような状態だった。

 サラには達也が対応した。


「おいおい、一体何があったんだ? サラちゃんよぉ」

「ん……あ、えーっと……ツッチー、さん? こんにちは」

「何だよ……俺には労いの言葉な無いのか? トホホ」

 

 真琴たちに飲み物を渡し、落ち着くのを待った。


「ふぅ……やっと落ち付いた……」

「何があったんだ? 真琴?」

「う、うん。ちょっと、ね……」


 苦笑いを浮かべ、真琴は言葉を濁した。


「どうした? らしくないぞ? 事実上の『自サバ女』の仁科が」

「うるさい土屋、アンタにはわからないわよ……」


 いつになく弱々しいツッコミであった。 

 達也は顎に手をやり、思考を巡らせた。 


「こうなった原因ってまさか、このあとやるイベと関係あったり?」

「……無くもない」


 曖昧な返事を返す真琴。 


「静流の奴、大丈夫なのか?」

「お静が何をやるって? ああ、握手会の件か?」


 そう言って手をポンと置いた蘭子。


「その程度で済めば良いのですが、もっと過激で陰湿な要求を強いられる事が予想されます……」


 鳴海は顔を青くし、小刻みに震えている。


「おい土屋、握手だけじゃねぇとなると、何をするんだ?」

「お蘭、俺にそれを聞くか? 例えばだな……ごにょごにょ」


 達也は蘭子に耳打ちした。

 それを聞いている蘭子の顔が、次第に赤みを帯び始め、ついに1オクターブ高めの声を発した。


「ななな、何だとぉ!? お前、それって……」

「……ああ。かなりヤバいな……」


 VIP席の空気が、さらに重くなった。




              ◆ ◆ ◆ ◆




インベントリ内 プレイルーム 15:50時


 ユズルとシズムが案内された所は、がらんとした広めの空間に、パーテーションで区切った部屋が四つ並んでいる所だった。


「二人共、変装解いてイイわよ?」

「そう。じゃあお言葉に甘えて」シュン


 ユズルとシズムが、一瞬で静流とロディに戻った。

 その瞬間、薫子は静流に危険タックルをかました。


「静流ぅ~ん♡ やっぱ素の静流が一番ね♡」ぎゅうぅ

「ぐへっ! く、苦しい……助けて」


 タックルを食らい、受け身もとれずに床に背中を打った静流。


「むはぁ、この香り……モブたちには勿体無いわぁ♡」

「ち、ちょっとくすぐったいよ、ハハ、ハハハハ」


 薫子が静流の胸元に顔をこすりつけてフガフガやっていると、カナメと右京が寄って来た。


「クゥ~! 今日一番のお客様は、薫子お姉様かーい!」

「静流様に貪り付く薫子様……この光景だけでも眼福ですね。ブフゥ」

「カナメ先輩に、右京さん!?」


 二人に水を差された薫子は、口をとんがらせた。


「んもぅ、イイ所だったのにぃ……」 


 解放された静流は、改めてレクチャーを受けた。


「薫子お姉様、それで、僕はココで何をするの?」

「前に聞いた通り、私たち四人が『薄い本』の代表的なキャラにコスプレをして、お客さんを喜ばせるのよ♪」

「喜ばせるって、具体的には?」


 静流がそう聞いた時、カナメがA4サイズのコピー紙を出した。 


「ジャーン! コレが『オーダーシート』や!」

「オーダーシート?」


 コピー紙を受け取り、内容を見た瞬間、静流は硬直した。


「こ、これ……本当にやるんですか?」

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