エピソード50-9

桃魔術研究会 第一部室――


何も知らずに桃魔の第一部室に連れて来られた静流。

なりゆきで、『コミマケ』にて『五十嵐出版』の宣伝部長として、販売促進に助力する事となった。


「で? 僕は何をすればイイんです?」


「「「「きゃあぁぁぁぁ!!」」」」


 静流が肯定を示した瞬間、部員たちから歓声が上がった。


「静流様が我々の作品の売り上げに貢献して下さる……素晴らしい!」ざわ…

「成程。それで等身大パネルは発注しなかったのですね? むはぁ、素敵ですぅ」ざわ…

「待て……という事は、静流様の御身を晒す……と言う事、だろうか?」ざわ…

「それはマズい! 静流様の日常が危ぶまれる」ざわ…


 部員たちがざわめき始めたので、睦美は咳ばらいをし、注目を集めた。


「オッホン、皆が案ずるのも無理は無いが、当然策は講じる」

「どんな策、ですか?」

「先ず、コミマケ開催中の静流キュンの立場は、『井川シズムの兄であるユズル』が、作中のキャラクターである『静流キュン』に『コスプレ』をしていると言う設定にする、という事だ」

「……おぉー!」


 睦美の説明に、暫しの沈黙があり、やがて感嘆の声が上がった。


「成程、あくまでも『コスプレ』ですか? 確かにここ数年は、性懲りもなく静流様に扮した不届き物がおりますなぁ……」

「え? 僕のコスプレをしている人がいるんですか?」

「ええ。少数ですがおります。ですが、ただ髪を桃色に染めた程度の、私どもが満足するほどの再現度はもちろんありませんが……」


 自分をモデルにしたキャラクターのコスプレをした者が、少数でも出現していた事に愕然とする静流。


「今年はその倍以上は出没すると思われる。ただし、これはある意味、喜ぶべき事でもあるのだ!」

「それだけ、静流様がメジャーになった、と言う事ですものね? むふぅ」


 ここで、静流はふと思った事を睦美に聞いた。


「睦美先輩? 井川ユズルというキャラは、ミフネ・エンタープライゼスに所属していて、断り無しで使ったらマズくないですか?」

「なかなか鋭いね。だが問題無い。何故ならこれは、正式にオファーしたものだからだ!」ビシッ


 静流の問いにそう答えた睦美は、ドヤ顔でポーズをとった。


「流石GM! 常に先を見据えていらっしゃる!」

「マスコミ対策は万全ですね?」

「勿論だとも。当然、我が校が誇る人気アイドル、井川シズム嬢も呼んでいるし、おい!」パンッ

 

 睦美の合図に飛び出したのは、白井ミサと黒瀬ミサの二人だった。


「「私たちも、及ばずながら助太刀致します!!」」シュタッ

「白黒ミサ先輩!?」


 白黒ミサは、白と黒のビニールレザー製のボンテージ風衣装に身を包み、ストッキングを太もものガーターベルトで吊っている。


「私たちは桃魔の幹部ですので、当然『薄い本』の売り上げに尽力致します!」

「ミフネのタレントとしても、シズムンと共に大いに目立ち、集客に貢献します!」


 そう言って二人は、静流の前で片膝をついた。


「その恰好、寒くないですか?」

「ご心配なく。一応ガウンも用意していますので」

「まさか、シズムにもその恰好をさせるつもりですか?」

「も、勿論、本人の了承を得られれば、ですが……」


 睦美はさらに追い打ちをかけた。


「私が仕切るからには、今年はもっと派手にやらかすので、覚悟するがイイ!」

「GM? これ以上何を望む?」

「私らでは不足か? 地味に傷つくぞ?」

「そうではない。私は購入してくれたユーザーに、『報酬』を与えたいのだ!」ビシッ

 

 睦美がまたポーズを決めた。


「『報酬』とは、購入特典のクリアファイルとかでしょうか?」ざわ…

「それでは通年と変わり無いでしょ? つまり、コスプレした静流様と、あんな事や、こんな事が……」ざわ…


 また部員たちがざわめき始めた。


「なかなか察しがイイな。しかしまだ手ぬるいな」

「えっ!? それ以上があるのですか?」ざわ…


 睦美は、自分以外の者の関心を最大値になるまで待ち、言い放った。


「当日は静流キュン以外に、【化装術】が使える薫子お姉様、ブラム氏、ロディ氏を招き、四人の静流様、名付けて『S4』を降臨させる!」ビシッ


「「「「き、きゃあぁぁぁぁ!!」」」」


 決めポーズをとった睦美に、部員たちから歓喜の声が上がる。


「つまり、オーラロードが開かれた……のですね? くふぅ」

「と、いう事は、夢の『静×静』のカプが可能となるのですね? はふぅ」

「ダッシュ7に抱かれる静流様……ぶほぉ! たまらん」

「いけない、危うくあちらに逝きそうになりました……ぬふぅ」


 部員たちが顔を紅潮させ、悶えている様子を見ながら、静流は不安げに睦美に聞いた。


「え? そんな無茶な事、出来るんですか?」

「薫子お姉様は、キミのミッションを手伝えなかった悔しさに、あれからずっとブラム氏と特訓していたのだよ。静流キュンには言うなと言われていてな」

「そんな事があったんですか……全然気にしてないのになぁ……」

「キミはそうであっても、お姉様は違っていた。いつかキミの役に立ちたいと零していたのを耳にして、『これだ!』と私は思ったのだよ」

「そうか。それでこの間会った時、いつもよりテンション低かったのか……」

「それは、アノ絵が他の人の手に渡った事も影響していると思うが……」


 『国尼祭』で薫子と忍は、オークションでサラが描いた静流の『自画像』を、竜崎ココナにぶっちぎりで落札されてしまった事に落胆していた。

 もっともココナからその絵を無償で貸してもらったようだが。


「『S4』の活動は、主にこの内容である!」パチン


 睦美が指パッチンすると、左京がホワイトボードを引っ張り出して来た。

 ボードに描いてある当日の静流たちの仕事は、主に下記のようなものだった。


 『薄い本』購入時に『クーポン券』を発行し、その点数により、ユーザーは特定の報酬を得られる。

 

 ・主な特典・報酬


   1:寸劇の鑑賞

   2:オーダーシートに希望のキャラ、それにさせたい事を記入し、個別に用意した『特別室』で推しキャラを堪能する事が出来る。

     例)握手、写真撮影、リクエストボイス等(常識を逸脱するものは却下。スタッフが判断)



「「「「おぶぅぅ」」」」


 ホワイトボードを見た部員たちは、また一斉に悶え始めた。


「想像しただけで、とろけてしまいそうです……」ハァハァ

「ヒドい! ヒド過ぎです……」ハァハァ

「三次元に、浮気してしまいそうで怖い……です」ハァハァ

「どんな事までなら、イイのでしょうか?」ハァハァ


 各々が天井の方を遠い目で見ながら、蚊の鳴くような声で呟いている。


「だ、大丈夫なんですか? 皆さん?」

「ああ、問題無い。むしろ、脳内お花畑でアルファ波が出てリラックスしている。見ていたまえ」


 そう言って睦美は、妄想に耽っている部員たちに告げた。


「諸君! コミマケまであとわずか。大いに励むのだ!」



「「「「はいっ!!」」」」ビシッ


 

 睦美に鼓舞され、緩んでいた部員たちに緊張が走った。


「報酬は……期待してイイぞ! な? 静流キュン? 丁度イイ。一言もらおうか?」


 突然話を振られ、動揺している静流。


「え? ええと……『親指溶鉱炉』!」ビシ



「「「「きゃっふぅぅぅん♡」」」」



 静流がそう言って親指を立てると、部員たちは一斉に鼻をおさえ、上を向いた。


「静流様が、ネットスラングを使っていらっしゃる……素敵」

「流石……不動の『スパダリ』ですぅ くふぅ」

「……一瞬で飛んだ。素子先輩が言っていたのは、この事だったのか……さあ、仕事仕事♪」


 暫く悶えていた部員が真顔になり、てきぱきと作業を再開した。


「えと、こんなので良かったですか?」

「馬にニンジン、とはよく言ったもんだ」


 静流は不安そうに部員たちを見て、睦美に聞いた。

 部員たちの様子を見て、睦美は大きく頷いた。


「見てみろ静流キュン。キミが鼓舞したお陰でキビキビと働き始めた。まるで『賢者モード』に入ったようだな。ハッハッハ」

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