エピソード50-10

桃魔術研究会 第二部室 睦美のオフィス兼カナメのラボ――


 第一部室から帰って来た睦美と静流。


「うっす……」


「お静! 遅かったな!」

「おう、どうだった?」


 二人に気の抜けた挨拶をして椅子に座るなり、机に突っ伏す静流。


「あぁ……気が滅入る……」

「どうした静流? 何があった?」

「誰かにやられたのか?」


 達也と蘭子がわけを聞きたがるが、なかなか返事をしない静流。

 やがて静流が、ぽつりと一言呟いた。


「ねぇ達也、微笑みながら『しぬー!』って言ってるの、正気じゃないよね?」

「ん? あぁ、病んでるのは確かだな。そうか、部員たちか……」


 静流の言動で、直ぐに原因を特定した達也。


「ははぁん、どうせ『ハゲるぅー』とか『しぬぅー』って言ってる部員に、『いやいや、死んじゃダメでしょ!? 気を確かに持って!』とか言ってテンパったんだろ?」

「うっ……よくわかるな?」

「ほう。まるで見とったかのような言い回しやな。優れたプロファイリングやね?」


 大人しく聞いていたカナメが、達也を称賛した。


「年季が違いますから。ま、そんなこったろうと思ったぜ」


 ほぼ達也の言った通りだったようだ。


「静流キュンのその様子があまりにも可愛くてな、暫く愛でていたかったんだが……ムフ」

「睦美先輩も意地が悪すぎますよ、もう……」

「はうっ、す、済まなかった。ただ、先ほども説明した通り……」


 睦美はそう言って、静流に向き直った。


「アイツらはな、喜んでいるんだ。『しぬ』とは、生命活動を停止する事ではなくて、言わば『死んでしまう程、幸福感で一杯』という表現なのだよ」

「そう言われても、ピンと来ないです……」


 一向にテンションが低い静流に、睦美は少し考えたあと、ゆっくりと話し始めた。


「キミがライダーやメタルヒーローに感じた高揚感を、数百倍に増幅させたとしたら、キミは正気を保てるだろうか?」

「……それは、確かに正気ではいられないでしょうね……」


 死んだ魚の様な目に、わずかに輝きが戻った静流。


「アイツらの『しぬー』は、称賛の声なのだ。わかってやってくれ」

「はい……努力します」


 やっと頭を上げた静流に、睦美は手をポンと叩き、静流に詰め寄った。


「良く言った静流キュン! では当日のスケジュールを詰めようか?」

「うぇぇ? はぁ……」


 すぐに現実へと引き戻される静流。


「お、おい、何だよスケジュールってよ? まさか『コミマケ』の日じゃねえだろうな?」


 今まで様子を見ていた蘭子が話題に割り込んで来た。


「蘭子クン、大丈夫だ。その為のスケジュール確認なのだよ」

「そうなのか? お静?」

「大丈夫。ポケクリの団体戦には出られるように組んでもらうから」

「それならイイけどよ……」


 作り笑いを浮かべた静流に、蘭子は複雑な心境を抱いた。


「とりあえず概要を整理しよう」


 睦美は『コミックマーケティング』の概要をホワイトボードに書き始めた。

 内容は以下のようなものだった。



 コミックマーケティング 冬 C999


  場所: 膜張メッセ(千葉)

  日時: 来週末の土日(二日間)

  時間: AM4:30      入場整列開始 

      AM7:00~9:00 サークル入場、設営 

      AM10:00~    一般者入場、頒布開始

      PM16:30     頒布終了



「え? 朝の4時半から並んで、10時に入場? 5時間半待ちですか!?」

「一番乗りを目指すなら、そうなるね。キミたちは関係者だから、早くて7時に入れる。勿論並ぶ必要は無い」

「ふぅ。それ聞いて安心しました」

「だからよ静流、『薄い本』なんてのは、後でそう言う店で買うのが一番賢いと俺は思うね」


 達也の発言に、睦美は異論を唱えた。


「達也クン、それはあくまでも本の購入だけならの事だろう?『コミマケ』はお祭りだ。他にも楽しみ方があるだろう?」

「わかってますって。俺が言いたかったのは、そこです!『コミマケ』と言えばやっぱ『コスプレ』ッスよ!」

「それがわかっているなら、一刻も早く入場したい気もわかるだろう?」

「まぁ、確かに」

「祭りを楽しむより先に、頒布品のゲットを済ませる。品切れを避ける為や。その為にはなるべく早くから並ぶ。これ常識やね」


 達也もコミマケの楽しみ方はわかっていた様だ。それにカナメが補足した。


「今回の来場者数の予想は、二日間で25万人を見込んでいる」

「うげぇ、そんなに来るのか!?」 

「年々増加の傾向にある。オタの祭典も、俗世に受け入れられる時代となったと言う事だ」


 睦美が提示した予想来客数に、蘭子は驚いた。


「部数って何部刷るんです?」

「企業ブースではないので、一日3千部が上限だ。当然売り切るがね」

「数字だけだと、足りない様に思えちゃうな……」

「3千部売り切るサークルは全体の5%程だよ。サークルの数は、大小込みで2万近くあるんだからね」

「全体の5%? 完売させるのどんだけ大変か……お祭りを楽しむ余裕、無いじゃないか……」


 静流が今聞いた事は、にわかには信じ難い事ばかりであった。


「わかってくれたかい? スタッフたちも今、一丸となって仕上げにかかっている。キミに出来る事、それは?」

「与えられた役を、こなす……事」

「良く言ってくれた。上出来だ!」


 引き気味に構えていた静流の心に、やる気のスイッチが入った瞬間であった。


「あ、そうそう。言い忘れたが、当日はTVの取材も受ける事になっているから、そのつもりで」

「えぇ~!?」

「マジッスか?」


 三人は更に驚いた。


「『井川兄妹』がランダムにブースを紹介するんだ。当然ウチはもう確定してる。それに……」


 睦美はわざと言葉を切り、注目を集めた。


「何と、『ポケクリバトル』は『ニャンニャン動画』でネット生中継だ!」


「「「うげぇぇ~!?」」」


 それを聞いて、後ろにひっくり返りそうになる三人。


「それって、匿名性は守れるんですか?」

「問題無い。プレイヤーはカメラに映らない場所にいて、実況はプレイ画面を見て行われる。顔を晒す事は無いから、安心したまえ」

「ふう。それでしたら、って、会場では丸見えなんですよね?」

「ああ。何か、問題でも?」

「ウチにはシズムや僕がいるんですよ? どうするんですか?」

「それも問題無し。キミたちが参加しているのは、あらかじめネットにわざとリークさせる」

「何でそんな危ない事を?」

「決まっている。集客だよ」


 睦美たちの綿密な計画に舌を巻く三人。


「で、相談も何も、もう決まってるんですよね? 僕のスケジュール」

「まぁね。あとは静流キュンの許可をもらうだけだ」

「許可って……断る隙も無い癖に。ズルいですよぉ……」


 腰に手をあて、ドヤ顔でそう答える睦美。


「では御覧頂こう。これだ!」バシッ


 睦美は静流の前にA4のコピー用紙を勢いよく置いた。


「えー、どれどれ? うわぁ……」


 静流は自分の前にあるコピー用紙を見て、驚きと呆れが混じった声を漏らした。

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