エピソード50-8

国分尼寺魔導高校 2-B教室――


 コアなオタクたちの冬の祭典『コミック・マーケティング』も、あと一週間後に迫った。

 放課後、いつものように机に突っ伏している静流に、達也が話しかけた。


「おい静流、今日も練習か?」

「多分ね。シズムは仕事だから、ダッシュで帰ったけど」


 そう話していると、朋子が静流たちに声をかけた。


「じゃあアタシたちも帰るね? 真琴、寄り道しよっか?」

「そうね。抹茶クリームぜんざいでも食べて帰る?」

「いいわねぇそれ! 抹茶はどうかと思うんだけど……」

「お、おい……ったくよぉ……」


 そう言って返事も聞かずに去って行く女生徒たち。

 ポケクリのプレーヤーにならなかった真琴は、数日は練習に付き合っていたが、その内来なくなった。


「いよいよ来週だな、静流?」

「コミマケね……あぁ、気が重いなぁ……」


 そんな事を話していると、横から蘭子が口をはさんだ。


「おい、お前たち! 今日も部室に詰めるぞ!」

「「ふぁーい」」


 睦美のオフィスは、いつの間にか『部室』になっていた。

 蘭子は右腕をグルグルと回しながら、教室を出て行った。


「お蘭の奴、やけに気合入ってんなぁ……」

「無理してなきゃイイんだけどね」


 静流たちはため息をつき、『オーマイガー』のポーズを取った。


「おい! 早くしろよ!」

「「ふぁーい」」


 蘭子に促され、よっこいしょと重い腰を上げる二人。


「まぁ、ここまで来たら、まな板の鯉でしょ。ジタバタしてもしょうがないし」

「んだな……」




              ◆ ◆ ◆ ◆




桃魔術研究会 第二部室 睦美のオフィス兼カナメのラボ――


「ちぃーッス!」

「お邪魔しまーす」

「お疲れッス」


 三人がオフィスに入ると、睦美が出迎えた。


「やぁ諸君、精が出るな。おや?シズム君は?」

「シズムは今日仕事です。ついでに真琴は呆れて帰りました」

「シズムはもう何もしなくてイイ。アタイらが足を引っ張らない様にしないとな」


 蘭子に太鼓判を押されたシズム。


「シズムちゃんってデモ対戦、未だノーダメだろう?」

「ああ。個人成績でダントツの一位だ!」


 デモ画面に表示されている一位の『SSSSS』は、実はシズムである。


「『蝶のように舞い、蜂の様に刺す』まるで『精密機械』だよな?」


 今の達也の言い方に反応した静流。


(マズいな……わざとミスさせるか?)


 睦美はポンと手を打って三人に話しかけた。


「おっと、そう言えば諸君、コードネームの件なのだが……」

「あ、そう言えば、まだッスね……」


 その時、隣の部屋から素子が入って来た。


「御機嫌よう皆さん! 修行に励んでいますか?」

「丁度良かった。素子も聞いてくれ」

「は? はい……」


 睦美は咳ばらいをして、改めて言い直した。


「コホン。諸君らのコードネームだが、エントリーの期日が迫っていたので、私の方で登録しておいた」


「「「えっ!?」」」


 それを聞いた三人は動揺していたが、素子はむしろ、興奮していた。


「それでGM、私はなんと?」

「まぁまぁ焦るな。これを見るがイイ!」バンッ


 睦美はA4のコピー用紙をみんなの前に出した。


「いささか私の趣味が色濃く出てはいるが、気にしないでくれ」

「うわ……ネット用語か? えげつないなぁムッちゃんは」


 横からひょいっとコピー用紙を見たカナメが、顔をしかめた。

 コピー用紙に書いてあったのは以下のものだった。



 チーム名 ギャラクティカ・ソルジャーズ


 P1 加賀谷蘭子 コードネーム ツンギレ 

 P2 土屋達也  コードネーム 親指溶鉱炉

 P3 五十嵐静流 コードネーム スパダリ

 P4 早乙女素子 コードネーム メリーバッドエンド

 P5 井川シズム コードネーム 自サバ女



「先輩! アタイの事、そう見えてるのか?」

「プッ! もう切れてるし。俺のって、『終わりよければ……』ってやつだよな?」


 言っているそばからキレている蘭子に、自分に付けられたコードネームを冷静に分析している達也。

 静流は、自分に付けられたコードネームが、よくわからなかった。


「睦美先輩? 僕の『スパダリ』ってどんな意味です?」

「そ、それを私に説明させるのか?」カァァ


 あっけらかんとそう聞く静流に、睦美の顔が若干紅潮した。

 すかさず素子が静流に耳打ちした。


「『スーパーダーリン』全てがパーフェクトな殿方って事です。 ヌフ」コソ

「え? 僕が?」


 言葉の意味を知り、再び睦美の顔を見ると、さらに赤くなっていた。


「ちなみに私のは、『自分さえ幸せなら、周りの事は知ったこっちゃ無い』って言う意味です♪」 

「で、シズムのは?」

「意味自体は『アタシってサバサバしてるからさぁ……』って良く言う人の事ですね」

「つまり、『冷徹』って事?」

「それを装っている人の事です。あまりイイ印象ではありませんね……」


 それぞれが自分に付けられたコードネームの意味を理解した所で、気を取り直した睦美が言った。


「運営には登録申請済みなのでな。悪く思うなよ?」


 そう言われた一同は、取り敢えず納得したようだ。


「ここまで漕ぎつけられたのは、先輩たちのお陰だし、出られれば何でもイイぜ!」

「良く言った蘭ちゃん!」


 周囲の者の予想に反し、ブチ切れなかった蘭子を、カナメが賞賛した。


「蘭子クン、個人戦の対策はどうかね?」

「ああ。 今の所バッチリだ」

「そうか。では諸君、励みたまえ。 静流キュン、キミは私と第一部室に来てくれ」

「え? は、はい……」


 睦美にそう言われ、不安そうな顔で付いて行く静流。


「お、おい、お静……」

「第一部室で何があるんです? 早乙女先輩?」


 達也が素子に聞いた。ちなみに『素子』と呼ばせているのは、静流だけである。


「いよいよ……始まるんですね? ヌフフフ」


 素子はそう言って、口元を隠して笑った。




              ◆ ◆ ◆ ◆



桃魔術研究会 第一部室――


 睦美が隣の部屋に入ると、部員たちが注目する。


「諸君、ご苦労である!」


「「「「お疲れ様です!!」」」」ザッ


 睦美たちが入るなり、いつものビスマルクポーズで迎える部員たち。


「左京、手はずは整ったか?」コソ 

「はい! 完璧にございます!」コソ


 睦美が左京とコソコソ話している。


「な、何です? 一体……」


 静流が恐る恐る左京に聞いた。


「実は……静流様に、最重要案件がございます」

「何です? 最重要案件とは?」

「今年の『コミック・マーケティング』通称『コミマケ』に、我らが『五十嵐出版』の宣伝部長としてご参加願います!」


 そう言って左京は最敬すると、静流は困惑した。


「ち、ちょっと待った!『コミマケ』には行きますけど、ゲームに参加するだけ、ですよ?」

「静流様が加賀谷蘭子たちと『ポケクリバトル』にお出になる事は、勿論存じ上げております。ですので、当方でスケジュールを組ませて頂きますので、ご心配なく」

「そう言う問題じゃ……第一、僕が『アノ領域』に入るのって、かなりマズいんじゃないの?」

「ご懸念はごもっとも。しかし、今回は是非に、ご参加願いたいのです!」

「ヤケに気合い入ってるけど、何かあるの?」

「いえ。特筆する事は無いのですが……」


 静流がそう言うと、左京は静流に耳打ちした。


「先日の新会社立ち上げやなんやらで、何かと物入りで……」コソ


 左京は右手で『お金』を表す印を結んだ。


「資金繰りですか。そんなに必要なんです?」

「何でもある惑星にある宇宙船の残骸をレストアする、とか?」

「え? あの企画ってポシャッたと思ってたんだけど?」


 左京の話を聞き、睦美に聞いた。


「私も驚いたよ。机上の空論だと思っていたのだがな……」


 睦美はここぞとばかりに静流を説得にかかる。


「それには軍から退役した戦艦を買い取る資金が必要との事だ。その宇宙船には、キミの御父上失踪の手がかりがあるかも知れんのだろう?」


 睦美にそう言われ、静流は顎に手をやり、暫く考えたあと、ゆっくりと口を開いた。


「なるほど。その件が絡んでるとなると、無下に出来ないか……」

「おわかり頂けたでしょうか? 静流様?」

「わかったよ。で、僕は何をすればイイんです?」


「「「「きゃあぁぁぁぁ!!」」」」


 静流が肯定を示した瞬間、部員たちから歓声が上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る