エピソード47-9

国分尼寺魔導高校 睦美のオフィス 夕方――


 ロディが念話で静流に説明する数時間前の事であった。

 国尼祭の一日目が終わり、明日は一般観覧である。

 静流たちは、睦美のオフィスに顔を出した。


「失礼します」

「やあ静流キュン、の影武者クンかな?」


 睦美はロディが静流に扮している事を当然知っている。

 真琴が睦美に、今日の出来事を簡単に説明した。


「先輩、静流の絵が大変な事になってるんです!」

「ああ。私も拝見したが、とんでもない出来だね。脱帽だよ」


 睦美もアノ絵を絶賛した。


「私にはアノ絵から発するオーラに、何か宗教的なものを感じました」

「さすが真琴クン、鋭いね。テーマと対象が見事に相乗効果を呼んでいる」

「明日からの一般観覧ですが、何かヤバい事が起きるんじゃないかと、今から心配で……」

「かなり事が大きくなっているからね。恐らく周辺のゲソリック系お嬢様校が黙ってはいないだろう」

「やはり、そう来ますか……」

「この周辺だと、2、3校該当する所があるね」


 睦美がリストアップした学校は、以下のものだった。



 ・太刀川たちかわ 聖オサリバン魔導女学院

 ・黄金井こがねい 聖ドドリア魔導女学院



「この2校は、ゲソリック系の女神信仰では有名な名門校だ。ウチの姉妹校である『聖アスモニア修道魔導学園』には及ばんがね」

「アノ絵の購入希望者の筆頭、となりえると?」

「恐らくは。女神像はアスモニアに取られているからね。このチャンス、何としてもモノにしたいのだろうね」


 真琴の顔がうっすら青ざめた。


「絵がどこに買われるかなんて、どうでもイイんです。ただ、静流が目立つ事になると、色々とマズいんじゃないかと……」

「ふむ。一応聞くが、影武者クン的には、どう考える?」


 睦美はロディに質問した。


「確かに、一般大衆の目に晒されると言う件については、静流様の本意ではありませんね」

「さぁて、どう乗り切ろうかね?」


 睦美は何かを試している様に、ロディたちを突き放す様な態度を取った。


「先輩、何か策があるんだったら、勿体ぶらないで教えて下さいよ!」

「なぁに、簡単な事さ。ねえ、影武者クン?」


 睦美は、意地悪そうにロディを見て言った。

 ロディは少し考えたあと、自分の考えを述べた。


「そうですね、絵の評価があまりにも高い為、生徒の安全を考え、『匿名』とする事で対応すると学校側に言わせる、とか?」


 ロディの解答に、睦美は満足そうに頷いた。


「うむ。ほぼ正解。よく咄嗟にひねり出せたね。合格だ」 

「先輩!? なぜロディを試す様な事を?」

「フフフ、悪かったよ。でも、お陰で気付いた事がある」

「何です?」

「ロディ、キミは今、自我に目覚め始めているね?」

「えっ?」

 

 睦美の発言に、真琴は横にいるロディの顔を見た。


「先ほどのやり取りで、形容しがたい状態になりました」

「遠慮せずに、言ってみなさい」

「それは恐らく、『苛立ち』であったと、思われます」


 ロディは自分の状態を、冷静に分析した。


「先輩にイラっときた、って事?」

「そうだと、思います」


 常日頃シズムを演じているロディは、よく演じているとは言え、あくまで『物』と認識していた真琴は、正直驚いていた。


「では聞こう。ロディ、キミにとって静流キュンは、どの位置なのかな?」


 睦美は、また意地悪そうな顔でロディに聞いた。


「私にとって静流様は……かけがえのない方、だと思います」ポォォ


 ロディは、静流の格好のまま、顔を赤くして手を前に組み、クネクネと左右に揺れている。


「ロディが、照れてる?」





              ◆ ◆ ◆ ◆





ワタルの塔 二階 応接室 夜――


 ウィーン


 ロディとの念話を終え、エレベーターで2階に下りたシズルー。

 すぐにケイに見つかる。


「あ! 大尉、お疲れ様ですぅ」

「ケイ君、お疲れ様」

「姫様の具合、どうですか?」

「問題無い。今はよく寝ている」

「そうですか……」


 ケイは笑顔を作ろうとするが、どこかぎこちなかった。

 シズルーはケイの目線までかがみ、頭に手をポンと置いた。


「そう心配するな。みんなを信じろ」

「う、うん。そうだね」パァ


 シズルーが頭を撫でてやると、ケイは笑顔を取り戻した。

 すると、もう一つ頭が増えた。 


「忍クン? 何の真似だ?」

「私の心もブルーなの。シズルー、慰めて」

「忍ちゃんが? そうは見えないけどなぁ」

「ケイは黙ってて。アナタはもう充分癒されたでしょう? 交代して」


 ケイとシズルーの間に割り込んだ忍は、「次は私」と言わんばかりにシズルーに頭を差し出した。


「よしよし。コレでイイか?」

「感情がこもってない、やり直し」


 忍は頬を膨らませ、拗ねている。


「困ったな、どうすれば機嫌を直してくれるだろうか……」

「簡単な事。ケイと同等以上に私を扱えばイイ」

「忍ちゃん、大尉を困らせないで! むぅ」

「おっと、少佐に明日の予定を聞かねば」


 忍とケイがガンを飛ばし合っているのを無視し、シズルーはアマンダたちに明日の打合せをすべく、応接室に向かった。 


「少佐、お疲れ様です」


 シズルーは応接室のソファーに座ると、忍はすかさず頭をシズルーの膝上に滑り込ませる。


「うわ、早すぎるよ、忍ちゃん……」


 出遅れたケイは、シズルーの隣にちょこんと座った。


「大尉、お疲れ様」

「メルクの容体は?」

「問題ない。良く寝ている」


 忍の髪を撫でながら、シズルーはアマンダたちに聞いた。

 ケイは、シズルーに撫でられ目を細めている忍を、指をくわえて見ていた。


「明日の予定は、どうなっている?」

「先ずは血液検査の結果を見て、次にナノマシンの構造を調べる」

「とにかく原因究明ね。そのあとで対策を考えるわ」


 仲の悪い印象のカチュアとアマンダであったが、仕事はきっちりやる正確なのだろう。


「向こうの様子が気になるので、自宅に帰ろうと思うのだが」

「それは構わないけど、時差があるからアッチは夜中よ?」

「そうだったな。ふむ、確かに色々と問題があるか……」


 シズルーは顎に手をやり、暫く考えていたが、何か思い付いたようだ。


「少佐、仮設住宅は使えるのか?」

「インベントリの? ええ。使えるわよ」

「では、その一室を借りようか」

「わかったわ。夕食後にロコ助ちゃんに案内させる」


 話がまとまった所で、忍がむくっと起き上がった。


「私も一緒に泊る!」 


 そう言って忍は、シズルーに抱き付いた。


「おいおい忍クン、それは問題あるだろう?」

「何言ってるの? そんな事、ダメに決まってるでしょ?」

「問題無い。やましい事はしない!」

「信用できない、却下」

 

 忍とアマンダが言い合いになっていると、横からケイが恥ずかしそうにシズルーに言った。


「私も……大尉と一緒がイイ、なぁ……」

「「な、何ぃぃぃ!?」」


 アマンダたちが一斉にケイをガン見した。


「だって、枕が変わると、良く眠れないんだもん」モジモジ


 ケイは顔を赤くして、クネクネと左右に揺れながらそう言った。


「何なの? この小動物のような仕草。保護したくなっちゃうじゃない」

「うはぁ、凄まじい破壊力だわ。魔性レベル高過ぎですぅ」


 ジェニーは母性本能をくすぐられたのか、ケイを熱い眼差しで見ている。

 ルリはケイの意図しないスキルを警戒しているが、術中にハマりかけている。


「だ、大丈夫よ。ココの睡眠カプセルは万能だから、グッスリ眠れるわよ♪」

「そうなの? でも、寂しいよ」

「寂しくなんかないわよ? みんな一緒に仮眠室で寝るんだから」

「それじゃあ、大尉が一人ぼっちになっちゃう。可哀そうだよ……」


 ケイは心配そうにシズルーを見上げ、上目遣いでそう言った。


「問題無い。たまには一人で物思いに耽る時間も欲しいしな」

「そっか。お節介だったみたいですね」

「そんな事は無い。純粋に嬉しかったぞ」

(何てイイ子なんだ! あれ? 年上だったよな)


 シズルーはそう言ってケイの頭を撫でてやった。


「ふぁう。ほめられちゃった」


 目を細め、されるがままになっているケイ。

 それを見て忍は、ワナワナと小刻みに震えていた。


「あの子、また好感度を上げた……きぃぃ」

「忍さん、ケイちゃんはドが付くほど天然。敵いませんね……」

「本当にあれで年上!? 信じられない」


 ケイはこれでも薄木にいる萌や工藤姉妹、みのりと同期であり、忍より一つ年上の20歳であった。

 結局シズルーは、インベントリ内にある仮設住宅の一室を借りる事となった。

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