エピソード47-8

ワタルの塔 4階 医務室――


 4階の医務室で、ココナにとりついていた者がブラムとは昔馴染みのメルクリアだった事がわかった。

 ブラムがメルクリアに聞いた。


「それで、討伐されたのに、リスポーンが掛からなかったのは、何でなの?」


 通常、ドラゴンの様な魔物を討伐すると、魔物の肉体は消滅し、ある期間が経過すると幼体からリスポーンするか、ロディの様に聖遺物等のドロップアイテムになるかのどちらかである。


「うむ。死亡判定が出ておらんうちに解体されたので、肉体が消滅しなかったのだろうな」

「うわ……。って事は切断されてもしばらく生きてた、って事?」

「そうだろうな。しかもこ奴、事もあろうに私の肉を食らいおったのだ」

「隊長が言ってました。衣を付けてフライにしたら、意外とイケた、と」


 それを聞いたルリが、ポンと手を叩き、ドヤ顔で言い放った。


「そうか! なぁるほど、それでココナのコードネームが『ドラゴン・フライ』なんですね?」

「え? トンボって意味では無くて?」

「ええ。藤堂少尉の仰る通りです」


 てっきり縁起のいい『勝虫』と言われるトンボからとったのかと思っていたアマンダたちは、安易すぎるネーミングセンスを残念に思った。


「それから、メルクさんの足の骨を使い、特注で義足をこしらえたそうです」

「硬さが気に入った、と隊長は自慢しておりました」

「ふむ。そうであろう? 確かに良く出来とるわい」


 そう言ってメルクは、自分の右足をさすった。


「私は、今の今まで、ココナめが義足だったとは知らなかったぞ!」

「榊原中尉殿には、絶対に知られたくない、と常におっしゃっていました」

「ココナめ、無茶しおって……」

「中尉殿、何年か前のMTの模擬戦、覚えておられますか?」

「ああ。覚えとる。僅差で我が隊が勝った時だろう?」

「あの時、隊長が義足だと知っていても、手を抜かずに全力で挑んでくれましたか?」

「ううむ、そう言われると身も蓋も無いな……」


 夏樹にそう言われ、郁は次の言葉を発するのに数十秒かかった。


「そうか! それでわざと私を避ける様になったのだな?」

「そうだと、思います……」


 郁とココナの確執は、この事が発端だったのであろう。


「で、この状況になったのは、いつ頃?」

「半年くらい前に、兆候が見えました」

「朝起きると、姫様がご老体の様な口調になっている時がしばしばありまして、そのモードの時は、姫様の記憶が飛ぶんです」

「悪かったな。伊達に千年以上生きとらんわい」

「それで……隊長自ら『自分を拘束しろ』と」


 瞳は、顔を歪めながらそう言った。


「メルク、まさかお姫様を傷つけようとしてないよね?」ギロ

「しとらん。ワシが気が付いた時は、今まで味わったことのない倦怠感に襲われ、早く楽になりたかったが、ワシの身体ではない事はわかっておったから、どうする事も出来んかった」

「それでシズルー大尉に、楽にしてもらおうと?」

「こ奴の記憶に、その、漫画とやらに現れる武人を大層気に入っておってな。そ奴になら斬られても良い、と思っておる」

「姫様が? そんな事を思っていたのですか?」

「こ奴の名誉に関わるのであまり詳しくは言えんが、『ああっ、斬られたい……』とな」


「「「「えっ…………?」」」」


 メルクは大袈裟なポーズでそのセリフを吐いた。

 周りの者たちが、数秒フリーズしていた様に見えた。


「う~ん、それは、実際に斬られたいという意味ではありませんね……」

「うむ? そうなのか?」

「メルク、隊長さんは『二次元』の殿方に恋焦がれてたの!」

「は? ただの薄い紙の本だぞ? その中の人物に惚れていた……と?」

「メルクさん、姫様をもうその位で許してあげて下さい……」


 ルリは、ハッとなって考え込み始めた。


「ココナにそんな趣味が……ってまさか、私の『秘蔵書』を見たのかしら……」

「ワシには『色恋』とやらは皆目見当がつかんでの」

「メルクは誰かを好きになった事が無かったんだね? かわいそうに」

「ブラム、お主は巡り合えたようだの」

「お陰様でね。『ブラム』ってつけてくれたの、ワタルだから……」ポォォ


 そう言ってブラムは、勝手に回想モードに入っている。

 アマンダがメルクに聞いた。


「それで、メルクさんが表に出て来たのは、何でだと思う?」

「ワシにもわからんが、思いつくとしたら、こ奴が最近、体内に怪しげな物体を仕込みおったのがきっかけだと私は思う」

「は、まさか……姉さん! さっきメルクさんが倦怠感とか言ってたわね?」


 アマンダはカチュアを見て言った。


「ふむ。エンジニアが『ナノマシン』とか言ってたけど、それが原因かもしれないわね……」


 ナノマシンとは、恐ろしく小さく作ったマシンであり、今回の場合、人体に投与し、パイロットの意思を機体のAIに瞬時に伝達させるのが目的と考えられる。


「ナノマシンが何かしらの影響を与えていると言うのですか?」

「その疑いが濃厚でしょうね。一部を取り出して検査する必要がある。採血しといて」

「はい、ドクター!」

「あと、ナノマシンの設計資料を取り寄せておくように」

「了解しました、少佐殿」





              ◆ ◆ ◆ ◆





ワタルの塔 二階 応接室――


 メルクは採決の後、「久々にしゃべり過ぎて疲れた」と言って寝てしまった為、今日の作業はお開きになった。

 アマンダたちは2階の応接室で紅茶を飲んでいた。


「姉さん、取り敢えず一日目、お疲れ様」

「お疲れ。ふう。ちょっと厄介な事になりそうね」


 応接室には、アマンダとカチュア、ジェニーとルリ、夏樹と瞳、ケイとブラムであった。


「アナタたち、メルクの話をまともに聞いてあげなかったの?」

「面目ありません。ですが、私たちに対しては、苦しそうにうなっているばかりでしたので……」

「あとは『ドラゴンスレイヤー』を連れて来い』の一点張りでして……」


 夏樹が自分のバックパックから一冊の本を出した。


「これは、姫様のバイブルの一つです」

「ちょっと拝見、むはぁ」


 ルリが手に取った本は、厚みがほとんどなく、モノクロで装丁はいたってシンプルな『薄い本』であった。

 タイトルは、



『桃髪の両刀使い~竜騎士、色を好む~』



「こ、これって……お宝?」


 ルリは血走った目で本を凝視していると、いつの間にか忍がルリの後ろで本を見ていた。


「ふむ。極上のコンディションだわ」

「し、忍さん、これってもしかして」フー、フー

「うん、間違いない。記念すべき第一作、だね」


 それは薫子と忍が、あの学園に短期留学していた際に思い浮かべた妄想を、下級生のサラに作画させたものだった。


「こ、こんな貴重なもの、ココナはどうやって入手したのかしら?」

「わからない。『まんがだらけ』ならあるかも……」


 ルリと忍が考え込んでいる横で、ケイが夏樹に聞いた。


「両刀使いって、二刀流の事かなぁ?」

「ケイ? う、う~んと、世の中にはね、男の子の中に、女の子も男の子も好き、っていう人種がいてね……」

「それって、つまり『バイ』って事?」

「う、良く知ってるわね……昔の人はそう言う人をそう呼んだの」


 突然ルリがはっと何かに気付いた。


「ちょっと待って、ココナが『斬られたいわぁ~♡』ってなってる殿方って、静流様じゃないかしら?」

「何? それ? 詳しく教えなさい!」

 

 ルリの発言に、忍が食いついた。

 その頃シズルーは、医務室に残ってロディと念話中であった。


〔そうですか。MTについては私もお力になれそうですね〕

〔うん。そっちは頼む事になると思う。で、学校の方はどうなの?〕

〔それが……〕


 ロディは国尼祭一日目を振り返り、静流に説明した。


〔何だって!? アノ絵にそんな力が?〕

〔達也氏が仰るには、相当な値が付きそうだ、と〕

〔マズいな。あまり目立ちたくないんだけどな……〕

〔そこで、一般観覧時には作者名をペンネームにする事で落ち着きました〕

〔それはナイスだ! ありがとうロディ!〕

〔差し出がましいとは思ったのですが、静流様ならこうするだろう、と〕

〔察しがイイね。さすが僕の分身!〕

〔あまり持ち上げないで下さい。照れます〕


 ロディがそんな事を言ったので、静流は先ほどメルクが言っていた事を思い出した。


〔ねえロディ、キミはドロップアイテムなんだよね?〕

〔ええ。そうですが、何か?〕

〔キミはあの時の、レッドドラゴンなのかい?〕


 メルクの言う通りだと、討伐された魔物がドロップアイテムになったとして、その魔物の魂が宿る可能性があると言う事であり、ロディにも当てはまるのでは? と静流は考えた。

 静流の問いに、ロディが答えるまで数十秒かかった。


〔恐らくは、そうでしょう。ですが、その時の記憶は、私にはありません〕

〔そうか。変な事を聞いてゴメン。その他には何かあった?〕

〔いえ。特に問題はありません〕

〔わかった。詳しくは家で。じゃあ〕ブチ


 静流は念話を切り、ため息をついた。


「ふう。今の所、順調? なのかな……」

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