エピソード43-2

五十嵐家 居間――


 ダイニングテーブルにある椅子に、静流、美千留が座っている。

 静流の足元には、ダークグレーの豹の姿をしたロディが横たわっている。

 ミミがお盆にオカズを乗せて持って来た。


「はい、お待ちどう様♪」


「「頂きます」」


 夕食を食べながら、静流はふと思い出し、ミミに聞いた。 


「母さん、『七本木ジン』って人、知ってる?」

「ブーッ! ゲホッ、ゲホッ……アンタ、その名前、誰に聞いたの?」


 母親は、口に含んでいた味噌汁を盛大に吹いた。


「部活の先輩。何でも伯母さんの知り合いだって言うから、母さんも知ってるかなって」

「知ってるも何も……あの人がどうしたって言うの?」

「やっぱ知ってるんだ。ほら、僕の『薄い本』に出て来る、僕の相手役、ほとんどその人がベースになってるらしいんだ」

「七本木ジンは芸名。本名は『荻原朔也おぎわらさくや』よ」

「やっぱ俳優なんだね? 荻原って事は、母さんの方の親戚かな?」

「ええ。私たちの従兄にあたる人よ」

「同族か。会ってみたいなぁ。男の近親者って、薫さんくらいしか近くにいないし」

「残念だけど、簡単には会えないわよ」

「どうしてさ? 母さん?」

「お父さんみたいに、ある時、急に行方不明になったからよ。恐らく、モモたちのように、何かに巻き込まれたのね……」

「えっ……そうなんだ」

「遭難です?」

「美千留? シャレにならない事、言わないの」


 ミミが言うには、父親の静や、薫たちの父親である庵が行方不明になる相当前に、朔也はいなくなっているらしい。


「俳優だったんでしょ? 何か残ってないの?」

「タレント名鑑なら、お父さんの本棚にあるんじゃない?」


 夕食後、静流は美千留と父親の本棚を漁った。


「ええと、コレかな?」

「しず兄、コレは?」


 静流がタレント名鑑を、美千留は『平々凡々』と言うアイドル雑誌を見つけて来た。


「七本木ジン……お、あったぞ! 何々?」


 タレント名鑑に添付されていた写真は、確かに髪は桃色であり、顔付も静流や薫に似て、美形である。

 ただ、瞳が紫色だった事を除いて。


 七本木ジンのプロフィール等が記されている。

 映画やドラマ等、結構な数の作品がリストされているが、静流は何一つピンと来なかった。

 特撮ものにでも出演していれば、違ったのかも知れない。


「この年数でこの年だと、今は200歳か。 美千留、その本は? 結構古そうだな」


 美千留が引っ張り出した雑誌は、タレント名鑑よりもさらに古いものであった。


「クリクリの王子キャラじゃん。『期待の若手ホープ』だって。ふむ。顔はお父さんに似てる?かな?」

「同族なんだから、似てるのも当然か」


 そんな事を話していると、玄関のチャイムが鳴った。


「はぁーい。あら、まぁ。静流ぅー! ちょっと来なさい!」


 階段の下からミミが呼んでいる。


「はーい。今行くってば」


 静流は階段をストトンと降りて、玄関に着いた。


「アンタのバイト先のマネージャーさんだって。ほら、ご挨拶して」


 ひょいと母親の横から顔を出すと、スーツ姿の女性が立っていた。


「初めまして。ミフネ・エンタープライゼスの鳴海ショウコです。この度、井川ユズル様、並びに井川シズム様の、専属マネージャーとなりましたので、ご挨拶に参りました」


 肩に着く位の黒い髪に、精悍な顔立ち。細めのメガネを掛けた女性マネージャーは、にこやかに微笑むと、アゴにあるホクロが何とも魅力的であった。


「五十嵐静流、です。えと、事情はわかってます?」

「ええ。存じ上げていますとも! 生でお会いできるのを、指折り数えてお待ちしていました!」はぁはぁ


 静流がそう言うと、鳴海はグイっと静流に近付いた。


「うわ。そ、そうですか。それはそれは……」


 ミミは鳴海に、部屋に入るように言った。


「立ち話もなんですから、どうぞ中に」

「では、お邪魔致します」





              ◆ ◆ ◆ ◆





 居間でお茶を飲みながら、シズムの勤務シフト等の説明を受ける。

  

「この方が、話がしやすいですよね」シュン

「では、私も」シュン

 

 それぞれユズルとシズムに変身した。


「お気遣いどうも。おや?妹さんですか?」

「ええ。妹の美千留です」

「どぉも」ペコリ


 美千留は、興味無さそうな振りをして、素っ気無く頭を下げた。


「はぅ。まさにダイヤの原石。美千留さん? 芸能界に興味はおありかしら?」

「無いわけじゃない。ウザいくらいにスカウトもされるし」

「む? それはいけませんね。他の事務所には行かせませんよぉ?」

「うわ。ちょっと引くわ」


 美千留を舐めまわす様な視線を送る鳴海に、美千留は引き気味だった。

 満足した鳴海は、静流に向き直り、少し言い辛そうに言った。


「あの、静流様、代表が言うには、ユズル様のルックスをこちらで指定したい、と言っているんですが……」

「あ、聞いてますよ。何でも『地味過ぎる』って」

「ええ。それで、ルックスの案がコレなんですが。古いモノクロですいませんね」


 鳴海はユズルの前に、一枚のブロマイドを置いた。


「あれ? この人、七本木ジン、だよね?」

「え? よくご存じですね? 静流様」

「ネタがタイムリー過ぎて、ビックリしたよ」


 静流は鳴海に、先ほど迄のいきさつを説明した。


「そうだったんですか!? まぁ、素晴らしい!」

「親戚に、こんな有名人がいたなんて、驚きです」

「私も作品をいくつか拝見した位ですが、素晴らしい俳優でいらっしゃいますよ」

「そうなんですか? 母さん、何か知ってる?」

「そうね。相当おモテになってたみたいね? いつも違う女の子を連れてたし」


 ミミは、朔也の事をあまり良く思っていないようだ。 


「これは噂ですが、見つめ合うだけで妊娠させる事が出来たらしいですよ?」

「またぁ、そんな事、出来るワケ、無いじゃないですか?」


 鳴海の話を、全く信用しない静流。

 そこにミミが付け加える。


「そうでもないわよ? あの人、ウチの家系だし、インキュバスの特性があるから」


 復習すると、ミミやモモの家系は、五十嵐家ゆかりのハイエルフ系の父と、夢魔、サキュバスである母とのハーフが根源である。

 父である静の家系は、五十嵐家直系の人族と、エルフ族長の娘とのハーフが根源である。

 つまり、静流や薫には、夢魔の特性も備わっている可能性が高い、と言う事である。 

 特に静流は、【魅了】が常時発動してしまっている位なので、薫よりもそちら寄りなのかも知れない。


「うぇ? って事は、僕にも出来ちゃったりして?」

「可能性は、無いとも言い切れないわね」

「それって、超ヤバいって事?」

「大丈夫よ。暴発はしないから」

「【魅了】みたいのは、もう勘弁して……トホホ」


 そんな事を話していると、静流はふと気付いた事があった。


「鳴海さん? シレーヌさんは、何で七本木ジンの姿をリクエストしたんですか?」

「それがですね、あくまで噂なんですけど、『元カレ』みたいなんです」

「ん? それってもしかして性転換をやるきっかけだったり?」

「どうもその線が濃厚ですね。ココだけの話ですが」

「でも、バレバレよね? フフ」

「母さん? 何か知ってるの?」

「どうだか。随分昔の事だからね」


 そう言うとミミは、遠くの方を見ていた。


「ちょっと失礼しますね」


 静流は席を外し、自分の部屋に行った。


「しず兄、何か企んでるな?」


 美千留がそう言うと、程なく階段を降りて来る者がいた。


「どうです? 見た目はこんな感じでしょうか?」


 静流は、鳴海が持って来たブロマイドと、アイドル雑誌に載っていた若い頃の七本木ジンをミックスしたような姿でみんなの前に来た。

 メガネは不可視化にし、裸眼モードにしてある。


「うっはぁ……イメージ、ドンピシャじゃないですか……素敵です」

「うんうん。雰囲気出てる。声は高めだけど、そこまで似せる事無いわよ。癪だから」

「そう? 母さんのお墨付きをもらったんで、この方向でどうです?」

「バッチリ、だと思います。ヌフゥ」


 興奮気味の鳴海は、親指を立てた。


「『生き写し』レベルにすると、勘違いされるかも知れないから、その位ズラす方がイイかもね。あと、髪の毛の色はシズムちゃんに合わせた方がイイんじゃないかしら?」

「そっか。レア過ぎてバレたら困るな」

「髪の色は後日指定しますので、そのままで。代表に見せますので、写真を何枚か、撮らせて下さい」

「どうぞ」

 

 鳴海は、撮影許可をもらうと、いくつかポーズを指示し、写真を撮った。


「むほぉ、イイです。ナイスです」


 満足げな鳴海は、ホクホク顔で帰る支度をしている。


「夜分遅くに失礼いたしました。それでは、今後ともよろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしくお願いします」パァァ


「きゃっふーん」


 ジン風のユズルが発した『ニパ』を浴び、立ち眩みを起こしそうになる鳴海。

 鳴海は若干よろけながら、五十嵐家をあとにして、事務所に向かった。

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