エピソード43-3

ミフネ・エンタープライゼス本社 営業部――


「只今戻りましたっ!」


 鳴海が声を弾ませ、事務所に戻って来た。


「お疲れっす。どうしたんです? イイ事でもあったんすか?」

「ちょっと、ね♪ 代表は?」

「いらっしゃいますよ」


 鳴海は、営業部の奥にある重役室のドアをノックする。コンコン


「鳴海です! 失礼します」

「入りなさい」


 鳴海は、得意顔で重役室に入って来た。


「その様子、何かイイ事、あったみたいね?」

「ええ。代表には嬉しいニュース、だと思いますよ?」


 鳴海はシレーヌに、先ほど五十嵐家であった事を、出来るだけ詳細に説明した。


「何ですって? 静流クンが、『朔也さくや』の? そうか、桃色の髪、何で気付かなかったのかしら?」

「はい。静流様のお母様方のご親戚のようです。旧姓は『荻原様』でした」

「そうだったの……これも何かの縁、かしら?」


 シレーヌは遠い目をして、上の方を見ていた次の瞬間、鳴海に詰め寄った。


「で、アノ人、朔也の消息は?」

「ご存じない、との事です。余談ですが、静流様のお父様も、今は行方不明になっているそうです」

「そう。でもナイスな収穫だったわ」

「お喜びはコレをご覧になってからでも、遅くは無いかと」


 鳴海は、シレーヌの前に数枚の写真を置いた。


「んまぁ! 素敵。あの人の若かりし頃にそっくり!」

「監修は静流様のお母様にお願いしました。本物と寸分たがわぬようにも出来たらしいですけど……」

「わかってる。それじゃあ本人が戻って来たって、大騒ぎになっちゃうわ」


 シレーヌはその写真を先ほどからずぅっと眺めては頬に手をやり、『乙女モード』になっている。 


「代表は、ジン様と、どの様な間柄だったんです? ひょっとして、お付き合いしていらした、とか?」

「いやねぇ、もう……昔の事よ」


 シレーヌは鳴海に、昔話を始めた。


「私と朔也はね、俳優とマネージャーという関係だった。初めてあった頃は、私が120歳で、彼は60歳だったわ。その時の私は、いたってノーマルな男だったわよ……」


 シレーヌは、ユズルの写真を眺めながら、ため息をついた。


「最初は大根だったけど、見る見る内に人気が出てね。映画の大役をモノにした時は、それはもう喜んだわ」


 その内、シレーヌの顔に影が差し始めた。


「だけど、彼の成功を良く思わない他の事務所が、女優たちを使って引き抜きを企てたり、あわよくばスキャンダルのネタにしようとした」

「ハニートラップ、ですか?」

「彼はインキュバスの特性を強く持っていたから、そんなものは返り討ちにしてやったけどね」

「逆に相手をメロメロにしてしまうなんて、流石は伝説になるお方ですね?」

「その一方で、彼の恋愛に対する思考は、次第に希薄になっていったわ」

「『魅了』の対義語は、『幻滅』でしたね」

「そして、その反動に彼は、こともあろうに、私を求めた……」

「依存、ですか?」

「それでも良かった。何故なら、いつの間にか私も彼に惹かれていたから……」


 シレーヌの手が、小刻みに震え出した。


「だけど、彼は役者だから、好きでもない相手と演技とは言え、そう言う行為をせざるを得ない事もあった」

「仕事という事で、割り切る事は出来なかったのでしょうか?」

「根がクソ真面目なヤツだったから、そう言うのは許せなかったんだと思うの」


 シレーヌは、天井の辺りを眺め、呟いた。


「だから、気心が知れている私が女になって、彼と家庭を築こうとした。子供でも産んで、私生活面が充実すれば、彼も役者として精進出来ると思ったの」

「そ、それで【性転換魔法】を? その後、お二人は?」

「彼に散々怒られて、終いには泣かれたわ。『責任は俺が取る!』って聞かなくて……自分でもバカな事をやったと思った」

「その仰り方ですと、見事にゴールイン、ではなさそうですね?」

「したわよ?結婚。籍は入れてないけどね。それなりに幸せだった」

「と、言いますと?」

「彼は、子供を作る事を頑なに拒んだの……」

「いわゆる、『レス』ですか?」

「違うわ。彼は全力で私を愛してくれた。彼はインキュバス。受精もコントロール出来るわ」

「やはりそのような能力が!? 噂は事実だった……」

「彼の私に対する愛情は、半ば『同情』と『義務』だったのよ……」

「それで……離婚、ですか?」

「きっぱり別れを言われてれば、どんなに楽か……うやむやのまま、彼は私の前から忽然と姿を消したの」

「それで、今に至るんですか?」

「そう。あーあ、こんな昔の話に付き合ってもらって、悪かったわね?」

「そんな事……でも、少し進展アリ、ですよね? 代表」

「そうね。見届けたくなった。 あの子が成長していく様を……」

「彼は化けますよ? オーラが違いますから」





              ◆ ◆ ◆ ◆




学校 2-B教室――次の日


 帰りのHRが終わり、職員室に引き上げようとしていたムムに、静流は聞いた。


「ムムちゃん先生、ちょっと聞きたいんですが」

「何かしら? むぅ? さてはまた問題事?」

「違いますよ。ただ、先生位のお年なら、ご存じかなぁ、って」

「あー! 言ったなぁ、年の事!」

「だから、そうじゃなくて、昔、俳優に『七本木ジン』って人がいた事、知ってます?」


 そう言って静流は、ムムの顔を覗き込んだ。


「知ってるも何も、大ファンだったわよ? ムフゥ」

「そうなんです? そんなに有名な人なの?」

「そりゃあもう。私は勿論、ネネ先輩や、あの堅物のニニだって、当時はブロマイド持ってたし」

「だったらご存じだったんです? ウチの親戚にあたる人だって」


 当時を思い出しているのか、頬に手をあて、上の方を見ながら静流の話を聞いているムム。


「へ? 今、なんて?」

「ですから、僕の親戚なんです。本名は『荻原朔也おぎわらさくや』って言うらしいです」


 さっきまでポーッとしていたムムは、一転して驚愕の表情に変わった。


「え? ええ~!!」





              ◆ ◆ ◆ ◆




職員室――


 先ほどの話を聞き、ムムは職員室に速足で駆け込んだ。


「ネネ先輩!? ちょっと」フー、フー

「何よムム? 真っ赤な顔して」

「先輩は知ってたんですか? あの『ジン様』が、五十嵐クンの親戚だった、って事」

「七本木ジン、か。懐かしいわねぇ、ええ。知ってたわよ?」

「何でもっと早く教えてくれなかったんですか!?」フー、フー

「ミミに口止めされてたから。『本人』に会わせてくれる事が口止め料だったわ」

「ななな、何ですって!? 直接お会いしたんですか?」

「ええ。見た目通りの優男だったわよ。あの感じで迫られたら、100%惚れるわね」


 何と、ネネは実際に会った事があるらしい。

 静流は、ネネに聞いた。

 

「でも、突然いなくなったんですよね? 木ノ実先生?」

「そう。当時は大変な騒ぎだったわよ」

「私なんか、ショックで暫く立ち直れなかったもん……」


 ムムは、当時の事を思い出し、複雑な表情になった。


「五十嵐クン? 朔也さんがどうしたの?」

「実は、ミフネの代表、シレーヌさんの『元カレ』みたいなんです」


「何ィ!? さらに衝撃事実が?」

「えっ? あの【性転換魔法】の?」


 ムムとネネは、ほぼ同時に声を上げた。


「はい。元マネージャーだったのが、ソッチに発展したようです」

「そうだったの。これも何かの縁。大事にしなさいよ?」

「はい。そうします」


 衝撃の事実を知ったムムは、フリーズしたまま、暫く微動だにしなかった。





              ◆ ◆ ◆ ◆




睦美のオフィス――


 その後、桃魔の第二部室奥にある、睦美のオフィスを訪ねた静流たち。


「あら、いらっしゃい」

「会ちょ、楓花先輩?」

「やあ静流キュン、御機嫌よう」


 オフィスには睦美と、何故か楓花がいた。


「楓花先輩も新会社に関わっているんですか?」

「単なる興味本位。 面白そうだから、近くで見てるだけよ」


 静流は、自分の親戚にかつて俳優だった者がいた事を説明した。

 睦美はPCを立ち上げ、ネットで調べた。

 検索には簡単にヒットした。


「七本木ジン、ほう。確かにキミに似てるね? 静流キュン」

「ムムちゃん先生とか、木ノ実先生位なら、誰でも知ってるみたいです」

「ふぅん。でも、かなり前に消息不明になってるみたい」

「そんな人がいてくれれば、静流キュンの今後の活動に、大いにプラスとなりえるのだが……」


 『あの人は今!?』的な記事を発見し、目を通す睦美。


「ふむ。母上殿が言うには、何かに巻き込まれた、と言うんだね?」

「そうなんです。薫さんたちみたいに、例えば……」

「『元老院』かい?」

「ええ。ウチの家系は目を付けられやすいんでしょうか?」

「恐らくは、五十嵐家のお家事情も関係無いとは言い切れないね」


 睦美は腕を組み、考えをまとめる。


「先ずはお姉様たちの件を何とかしなくてはな。『元老院』との接点を探る事が先決だろう」

「そうですね。もしかしたら芋ズル式に問題解決、とかあったりして?」


 二人の会話を聞いて、真琴は呆れて『オーマイガー』のポーズをしながら言った。


「ほんっとおめでたいわね、静流は」

「何事も前向きなのは、イイ事だろう?」

「そうだぞ真琴クン、ポジティブなのが静流キュンの取柄だろう? リスク管理は私たちがすればイイのだよ」

「確かにそうですね。静流は、脳天気なくらいが丁度イイわ」

「何だよ、それじゃあ、僕がタダのアホみたいじゃないか!」ムス


 周りの女どもの暖かい視線を受けながら、静流は不貞腐れた。


「フフ。そうやって腐ってる静流キュンも、絵になるわぁ」

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