エピソード43-1

桃魔術研究会―― 第一部室


 今日、静流は月に一度の『検閲』の日であった。

 放課後、いつものように真琴、シズムを連れ、第一部室に向かう。


「お疲れ様です」ガラッ


「「「「お待ちしておりました! 静流様!」」」」ザッ


 静流が入るなり、いつものビスマルクポーズで迎える部員たち。


「だからそう言うのって……もういいです」


『合併』の件で、部員も増加し、ただでさえ異様な光景に、拍車がかかった。


「シズムン、いらっしゃい。さあ、おいで」

「ヤッホウ、モノクロ先輩♪」

 

 白黒ミサには、シズムを愛でる事が最早日課になっている。

 

「静流様、早速ですが、今月の分でございます」ドサッ

「こ、こんなに!? いつもより、多くないですか?」

 

 静流を座らせると、部員は机の上に『これでもか!』と言う数の薄い本をおもむろに置いた。


「そうか。『その時期』が来たのね?」

「何だよ真琴? 『その時期』って?」


 静流の頭の上に『???』マークが回っている。


「良く気付いたな1st、そう。来るのだよ、『冬の陣』が、な」


 部長の黒ミサが、腰に手をあて、ドヤ顔でそう言った。


「『冬の陣』……冬フェス、あ、『コミマケ』か?」

「ご明察! 来るのですよ! 我らの『祭典』が!」


 同人誌界では、季節ごとに行われる『同人誌即売会』を、フェスと呼び、中でも年一回行われる『コミック・マーケティング』については、他のフェスよりも重要視されている。

 年間の目標売り上げの実に半数以上が、このフェスで達成されるケースもあり、参入するクリエーターたちは、プロ・アマ問わずこの時期にウェイトを置く事がデフォルトである。


「今回はさらに、社外からの二次創作オファーも数社来ております」

「ん? つまり、『三次創作』って事?」


 実際には、二次の二次は、所詮二次であるが。


「左様です。『五十嵐出版』は、最早メジャー級なのです!」

「ふぅん、二次創作の僕は、手厚く保護されてるんだ。何だかなぁ……」


 静流は二次創作の自分に嫉妬した。


「拗ねている静流様、カワイイ」ざわ……

「むはぁ、たまらんのぉ」ざわ……


 部員たちは、静流のコロコロと変わる表情に癒されていた。


「コレも安寧の為、辛抱して下さいませ」


 黒ミサは、静流の反応を愉しみながらそう言った。


「あまりのめり込まないで下さいよ? 何事もほどほどに、が一番です」


 静流は溜息をつき、真琴に言った。


「真琴、いつもの『事前検閲』お願い」

「はぁ、わかったわよ」


 事前検閲とは、真琴が言いだした事であり、いきなり静流に見せると、静流に悪影響を及ぼしかねないものがあるといけないので、事前に真琴が吟味する事である。

 この事前をクリアする事が、出版出来るか否かの瀬戸際なのである。


「どれどれ、うひゃぁ、ちょっとチーフ、マズくないの? この表現」

「そこはそれ、ユーザーの要望でがんすよ。ラッキースケベは必須でがんしょう?」

「確かに、インパクトは大事か。認めましょう」


 真琴は、物凄い速さで事前検閲をこなしていく。

 『薄い本』の為か、一冊にかかる時間は数分である。

 真琴の対応をしている部員は、名を三階堂フミと言い、制作スタッフのチーフである。


「静流、これは私が見て問題無いと判断したもの」

「じゃあ、ソッチは?」

「静流には刺激が強すぎる内容のもの」

「って事はNG、なの?」

「いいえ。これはこれで許可します」

「そう言うの、毎回あるよね? 裏口入学?」

「例えが悪い! 静流にはNGだけど、ヘビーなユーザーにはOKなの!」

「そんなもんかね。ま、イイけど?」


 静流は、検閲と言いつつ、出来上がったものに対してツッコミを入れる程度で済ませている。

 何故かと言うと、作り手の『熱』がもの凄く、とても修正しろ、とまでは強く言えないのである。

 結局、そのほとんどが世に出る事となる。

 

「さぁて、始めるか。先ずは……うっ、タイトルでもうダメかも……」


 静流が見ていた主な作品は……


『可愛さ余ってリビドー100倍』

『回春ブタ野郎は桃髪ネコミミメイドロボの夢を見るか?』

『転生したらインキュバスだった件』

『その桃髪美少年、淫乱につき』

『婿に来ないか? 俺の所へ』

『パーティーを追放された僕は、実は床上手だった。今更戻って来いって言われても、もう遅いよ』

『前戯なき戦い タマ取ったろか?』


 その他諸々であった。


「いかがです? 静流様ぁ? 気合の入り方が段違いでござんしょう? グフ、グフフフ」


 静流にもみ手をしながら、近付いて来る者がいた。


「三階堂チーフ、この体勢って、人類工学的にありえないと思うんだけど?」 

「うう。鋭いでがんすね。静流様の疑問はごもっともです。それは『やおい穴』と呼ばれる『第三の穴』でがんすよ」

「そんな人種がいるの? 一応言っておくけど、僕にはそんな穴、無いからね?」


 静流にとっては、男同士が対面での行為に及んでいる事が、腑に落ちないようだ。


「言ってしまえば、ファンタジー、ロマンでがんすよ、静流様」

「ふぅん、そんなもんかね。実際だと、やっぱ後ろから……なのかな? でも、もうちょっと腰をこうすれば……」

「むほぉ? 今日の静流様のツッコミはひと味違うでがんすね? ツッコミだけに素晴らしい!」


 静流の興味が、意外な方向に及んでいる。


「ち、ちょっと静流!? アンタはそんな事考えなくてイイの!」

「真琴、頭ごなしは良くないな。こういうのも知っておく方が、何かの時に役に立つかもよ?」

「そんなもん、全く役に立たんわ!」


 チーフや真琴らと、何やら真面目な会話をしている静流を見て、周りの部員たちがざわついている。


「あの静流様が、真剣に薄い本を見て下さっている?」ざわ……

「合併を機に、意識改革なされたのであろう」ざわ……

「これほど間近にご尊顔を……ありがたや」ざわ……

「微妙に論点がズレていますが……素敵です」ざわ……


 検閲も終わりの頃、静流が三階堂に聞いた。 


「あとチーフ、ちょっと聞きたいんだけど」

「何でがんすぅ? 静流様?」

「検閲の時、いつも気になってたんだけど、僕の相手、うんと『攻め』?の人って、誰かモデルがいるの?」

「なるほど。ついに来たでがんすね? お相手への興味が。フフフフ」

「その反応って事は、その人は実在するの?」

「ええ。いらっしゃいますよ。ただ、静流様以上にミステリアスなお方でがんすね」

「もうちょっと詳しく教えてよ」

「『あの方』については副部長の方がお詳しいですよ?」

「白ミサ先輩? そう。じゃあ聞いてみるよ」


 静流は白ミサに聞いてみた。


「白ミサ先輩、『薄い本』で僕の相手をしてる人って、実在してるんです?」

「ええ。いますよ。もしかして、興味湧きました? イイ傾向ですね。 ムフフフ」

「それはイイですから、で、誰なんです?」

「この方は『七本木ジン』様、編集長、五十嵐モモ様のお知り合いで、何でも昔は俳優をされていたとか。古いタレント名鑑があれば、載っているのでは?」

「伯母さんの? 今はどこに?」

「流石にそこまでは。かなり謎の多いお方のようですし」

「俳優か。じゃあ、シレーヌさんに聞けば、すぐにわかりそうですね」

「確かに。代表くらいの方なら、当然ご存じでしょうね」


 珍しく真琴から修正が入った。

 

「ちょっとメメ?、この、『幼馴染は最弱です』っての、引っかかるなぁ?」

「せんぱぁい、幼馴染が『負け確定キャラ』なのは、デフォルトですよぉ?」

「そこを何とか。大体、意外性が無いと、マンネリ化しちゃうでしょうに」

「『薄い本』に意外性は要りませんねー」

「いっその事、全ヒロインを幼馴染にするってのはどうかしら?」

「ふむ? それ、イイかもです」


 そんな感じで検閲と言いつつ、意見交換会のようなものは終わった。



「「「「静流様、お疲れ様でした!」」」」



 検閲が終わり、家に帰ろうと支度をしていると、廊下から足音が聞こえ、ドアが開いた。ドドド、ガチャ


「静流様ぁ~!!」ゼェゼェ

「何だ!? 騒々しい」


 息を切らせ、部室に乗り込んで来たのは、オカ研の板倉こずえ、通称イタコであった。


「イタコさん?」 

「夢を……見ました」ハァハァ

「夢って、予知夢、ですか?」

「ええ……」ハァハァ

「とりあえず、落ち着きましょう」


 興奮気味のイタコを椅子に座らせ、落ち着いた所で静流はイタコに聞いた。


「それで、どんな夢だったんです?」

「静流様が、メカドラゴンに乗って、空を飛んでいました」

「随分ファンタジーな夢ですね? でも、まだ僕、異世界デビューしてないですよ?」


 今の静流の発言に、イタコは敏感に反応した。


「異世界デビューって、そんなもの出来るんですか? 静流様は?」

「つてはあるんですけど、危ないからってお許しが出なくて。三年になったら、OKが出るかな?」

「むほぉ、未知への探求心が、ふつふつと湧いてきますね」

「とにかく、情報が少なすぎますね。何かわかったら、また教えて下さい」


 静流たちは、今度こそ部室を後にした。

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