エピソード35-18

1Fロビー ――


「よし! 二人共、忘れ物は無いね?」

「無いであります!」

「右に同じ、であります!」


 静流の問いに、『雑兵モード』で応じる二人。


「何それ? ふざけてるの?」

「だって、佳乃さんみたいな感じの人が好みなんでしょ?」

「静流がミリタリーマニアだったって、知らなかったよ」


 もちろんからかい半分であるが、少々妬いている節がある。


「しゃべり方だけ真似しても、おかしいだけだよ? 第一、あの口調は佳乃さんの悩みの種なんだから、あまりからかわないであげてよ」

「ぷぅ。やっぱズルいなぁ、佳乃さん」

「やっぱりこの中では、佳乃さんが一歩リードしてるね」


 真琴はちょっと先で澪に小言を言われ、ヘラヘラしている佳乃を、遠い目で見ていた。


「みんな、注目して! 支配人から『お言葉』があるらしいの」


 支配人らしき初老の男性が、奥から歩いて来た。


「皆さま、今回はご堪能頂けたでしょうか? お帰りになる前に、ご報告したい事があります!」 


「何だろ? ご報告って」ざわ 

「何か、やらかしたんじゃない?」ざわざわ


 みんながばらばらにしゃべり出すと、ひと際大きな声で、支配人が言った。



「五十嵐静流様、おめでとうございます!!」



「え? 僕? いきなり何です?」

「貴方が当保養施設の利用者、記念すべき『1万人目』のお客様でございます!」パチパチパチ


「1万人? それは凄いですね。おめでとうございます」

 

 静流はピンと来なかったのか、月並みな感想を述べた。


「つきましては、記念品として、当保養施設の『無期限フリーパス』を贈呈致します!」パチパチパチ

「おおー。それは凄い!」

「やりましたね! 相当レアですよ、 静流様!」


 顛末を知っているリリィはわざとらしく、レヴィは純粋に感心していた。 


「何ですって!? でも、僕は軍の人間ではありませんよ?」

「もちろん承知しております。軍関係者のエスコートを付ければ、何も問題ありません」

「そうなんですか? でもなぁ、そんな大層なもの、もらってイイんでしょうか?」

「実は、静流様がこちらのパスをご利用される際に、やって頂きたい事があります」

「はぁ、何でしょう?」

「少々お耳を拝借」コソ

 

 支配人は静流に耳打ちをした。


〔こちらにお越しの際は、『サムライレンジャーショー』及び、『愛のリラクゼーション』の開催を熱望致します!〕


「そう来たか、さては」チラ


 この内容にピンと来た静流は、アマンダの方を見た。

 アマンダは、特に悪びれた様子もなく、親指を立て、静流にウィンクをした。


(全くあの人たちときたら……軍人より商人の方が合ってるんじゃないか?)


 静流はふう、と溜息をつき、うんうんと自分に言い聞かせるような仕草の後、口を開いた。


「そう言う事ですか。わかりました。ご協力致しましょう」

「素晴らしい! ちなみにこちらのフリーパスは、将官クラスの方にしかお配りしておりません。超VIPの待遇でおもてなしさせて頂きますので、是非共ご利用下さいませ」

「将官クラス? 超VIP!? イイんでしょうか? 僕なんかがホントにそんなものを頂いても?」



  「「「「イイんです!!」」」」



 支配人を始め、いつの間にか集まった従業員やドクターたちも、満面の笑みで声をそろえた。





              ◆ ◆ ◆ ◆





「それではご利用、ありがとうございました!」

「お世話様♪」

「また来まーす!」

「次は、VIP待遇だってさ。ウヒヒ」

「当然、エスコートは私、よね?」

「少佐殿、階級はこの際、関係ありませんよ?」

「硬い事言わないでよ。イイじゃない」

「どっちが。公平にクジで決めましょうよ」


 ロビーを出た者たちは、【ゲート】に向かう間、それぞれ勝手な事を言い合っている。


「もう次行く計画を企ててるよ。全く、ちゃんと仕事してるんだよね?あの人たちって。 ミオ姉?」


 受け取った金色のカードを見つめ、静流がため息交じりに澪に言った。


「も、もちろんよ。仕事中はみんな、ビシッ、としてるわよ」

「そうかなぁ、イメージ、湧かないなぁ」

「それはそうと静流クン、そのカード、誰と使うのかな?」

「そんなの、わかんないよ。今出て来たばっかりなんだよ?」

「そ、そうよね。じゃあ、『冬休み』なんかはどお? クリスマスをココで迎えるとか、どおかな?」


 澪はさりげなく静流の予定を探り、あわよくば自分を滑り込ませようとしているようだ。


「寒い時期に常夏気分か。悪くないかも」

「そうでしょう? 予約、入れよっか?」

「まだ当分先でしょ? 気が早いよミオ姉は」

「あうっ。そうかしら?」

(ち、かわされたか……なかなか手強いわね)


 澪は心の中で舌打ちをした。とそこに、

 

「澪殿? 抜け駆けは良くないでありますな」

「そうだぞ! お前、静流を垂らし込んで、VIP待遇で豪遊する策謀であろう?」

「ズルいです! 私だって、ご一緒したいのを我慢してるんですから」


 ジト目の佳乃、イク姉、萌であった。


「交渉は自由でしょ? ねえ、静流クン?」

「まぁ、そうだけど、あまりギチギチに予定組まれるのも、『なんだかなぁー』って思うよ」

「それ見た事か。澪、一旦引け。仕切り直しだ」

「くっ、わかりましたよぉ、トホホ」


 澪の交渉は、「先手必勝」とはならなかったようだ。

 




              ◆ ◆ ◆ ◆




ワタルの塔 2階 ――


 保養施設に設けた仮設の【ゲート】を通り、一瞬で塔の1階ロビーに出る。

 エレベーターに乗り、2階に着いた。


「ブラムちゃん、仮設ゲートの回収、お願いね?」

「了解。ウチ疲れた。アッチで寝てくる」


 役目を終えたブラムは、娯楽室の隅っこで寝てしまった。


「お疲れ様。ホントに【ゲート】様様よねぇ」

「何か、冷たい物でも飲みます?」

「イイね。お酒とか?」

「いつから仕事なんです? リリィさん?」

「てへ、失敬」ペロ


 エレベーターからぞろぞろと出て来ると、娯楽室に誰かいるようだ。


「誰かいるみたいですね、誰か、いますかぁー?」


 静流が声を掛けると、しゅっと影が動いた。


「おかえり、静流」ガシィ

「うぐっ!? 忍ちゃん、ただいま帰りました」


 忍は、静流を確認するや即座に飛び出し、危険タックル気味に抱き付いた。

 その様子に、美千留は目を細めた。


「誰? アンタ」 

「美千留、この人は黒田忍、ちゃんです」

「ちゃん付け? 年上でしょ? しず兄」

「妹ちゃん、私を『忍お姉様』と呼んでくれてイイ」

「薫子お姉様以外にもお姉様が?」

「う、うん。あと二人ほどいます、ね」

「ああ。睦美先輩が言ってた、留学生の方々よね? 静流」


 真琴が手をポンと打ち、納得して頷いた。


「そ、そうなんだよ美千留」


 美千留に睨まれて、あたふたしている静流。とそこに、


「うわ、団体客か? って、もうどっか行って来た感じだな」

「私たちに内緒で、どこに行って来たのかしら? 静流さん?」


 ひょいと顔を出したのは、リナと雪乃だった。





              ◆ ◆ ◆ ◆




ワタルの塔 二階 仮眠室――


 保養施設帰還組は、喫茶室で軽く談話したあと、仮眠室で時差の調整をする。

 少佐が仮眠室の睡眠カプセルを準備している。


「各都市の時間に体内時計をセットするので、行きと違って起きる時間がバラバラだから、起きた順に基地に戻る事。イイわね?」


「「「はぁーい」」」


 それぞれが睡眠カプセルに入ろうとしている。するとレヴィが、


「少佐殿、行きに静流様が見たという夢、私も見たいのですが」

「あ、私も萌が見た夢、見たぁーい」

「そう言われてもねえ……」


 出発時に少々トラブルがあった件だ。すると忍が横からすっと出て来た。


「多分見れると思う。録画してるみたいだから」

「ほ、本当ですか? 是非お願いします!」

「もっとエグい設定にも出来るけど?」

「それは、具体的に、どういう……」

「こんなのとか。コソコソ」

「ブッ!? それでお願いします」


 レヴィはすでに鼻血を出しながら、忍が操作パネルをいじっているのを見ていた。


「忍さん、コッチもいいかなぁ?」

「静流の生写真で手を打とう」

「ええい、もってけ」


 それぞれが睡眠カプセルに入る。仕上げは忍がやっていく。

 

「イイ夢、見ろよ?」グッ!


 全ての設定を終え、忍が親指を立てて言った。



「「「おやすみなさーい」」」



 ブゥゥーン


 カプセルの蓋が閉まり、角度がゆっくり鈍角になっていく。

 それぞれが、ものの数秒で眠りに落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る