エピソード6

 謎の集団のアジト――


 とある雑居ビルの一室。生活感の感じられない部屋には、何やら物凄い超望遠レンズが付いた天体望遠鏡が設置してあり、望遠鏡の向いている先は五十嵐家であった。

 その部屋で、数人の女性たちが声を荒げている。


「斎藤氏、なぜ『あの方』に接触したの?」

「斎藤氏はGLとチャンポンでしたわね? 最近ではTLにも手を出した、とか?」 

「べ、別に『腐女子』の定義が、旧世代で言う生粋のBL愛好家ってわけじゃないでしょ? 今は多様化の時代よ?」

「確かに否定はしない。が、しかし、あくまでも『見守る』事を良しとせねばならん」


 斎藤ヨウ子は先日、図書室にて静流にアタックを掛けた女生徒らしい。

 そのヨウ子を中央に座らせ、周りを黒いローブに身を包んだ者たちが囲んでいる。

 部屋の奥のデスクに、社長イスに座り、両肘を突き顔の前で手を組んで、「あのポーズ」をしているのが、どうもボスらしい。


「最初、私は図書室でうたた寝している静流クンを見ているのが、唯一の生き甲斐、だった」

「それで? なぜあなたはあのような暴挙に?」

「匂い、ですね。あの甘ぁ~い、何とも言えない匂い。今思い出しても、泉が湧いてきてしまうもの」プルル

「おい! まだトリップするでない。つまり、あの方の香りを嗅ぐと、理性が飛んでしまう、とでも?」

「あなたたちも、体験すればわかるわ。あの方の素晴らしさを」


 ヨウ子は自分の肩をクロスさせた両手で抱き、クネクネと左右に揺れている。

 ある一人が尋問を再開した。


「石動に【篭絡】を掛けたのは、あなた?」

「わ、私じゃない、私が【篭絡】を使えるんだったら、静流クンに掛けて、あんな事やこんな事を……グヒヒ」

「確かに。あなたのようにアクティブな雑食女子なら、そうすると思うわ」

「あのシチュエーションだったら、誰だってイクでしょう? 千載一遇のチャンス、だったのよ?」

「言いたい事はわかった。追って沙汰を待て」

 ヨウ子は、黒ローブたちに両手を引かれ、奥に連れて行かれた。

「グヒヒ、静流クン。もっと私を見てぇ」


 ヨウ子がいなくなった部屋は、暫く沈黙が続いた。と、一人が沈黙を破った。


「斎藤はシロだな。まあ、一時の夢を見られたんだ。奴も本望だろう。うまく記憶の改竄をしておけ」

「では、どなたがあのような罠を?」ざわ


 周りの者たちが隣と勝手にしゃべり始めた時、部屋の奥から発せられた声に一同は黙りこくった。


「私は、間違い無く『五十嵐出版』が絡んでいると見ている」


「真田総長!」


 真田総長と呼ばれた女は、ゆるくパーマが掛かった黒髪をフードで隠し、あのポーズをとり、丸メガネが照明の光を反射している。


「五十嵐という名字から、出版社のバックには、あの方の近親者が含まれると思うのだが、多くは謎である。これを見よ」パサ


 総長は、数枚のブロマイドを床に放った。

 先日静流が美術部でアルバイトをした際の石動との絡みを写したものであった。


「こ、これは、何と言う破壊力だ!」

「この構図、秀悦極まりない!」

「ブッ! いかん、鼻血が……」


「これは、美術部の部長の脳内ストレージをプリントアウトしたものらしい。そいつらは、『黒魔』を利用し、あの方の安寧を奪うつもりなのだ!」

「『黒魔』め、総長のお目こぼしがあっての今があると言うのに……」

「まあ待て、『黒魔』も我々と同じ、根源はあの方を見守る事が存在意義であるのだ。もう少し様子を見よう」

「総長、しかしそのような離れ業が出来、『黒魔』を操る者とは……只者では無いですな」

「ああ。それだけ危険な組織なのかも知れん」


「では総長、次の手はいかに?」

「最近、あの方は、3-Aの柳生睦美を寵愛しているようだ」

「書記長を? 何と羨ましい、いや、分不相応な奴め」

「あの方が選んだ者だ。悪く言う事は許さん」

「し、しかし、総長、私たちとて、斎藤のように、あの方とお近付きになりたい、と思ってはいけないのでしょうか?」

「機を待て。今はその時ではない。と私の占いには出ている」

「総長の占いであれば……御意に」


「柳生はかつてウチにいた者たちを影として使っているようですね」

「そいつらとの接触は、二重スパイ防止のため、禁ずる」


「彼奴は基本GL属性だが、斎藤のように変質した可能性も捨て難い」

「して、柳生めはどういたしますか?」

「放っておけ。彼奴には【真贋】がある。こちらの情報集めに好都合だ。暫く泳がすとしよう」

「はっ。御意」

「彼奴はキレる。うっかりしていると足をすくわれるぞ?」

「肝に、命じます!」

「総長! 先ほどのブロマイド、複写の許可を……」

「好きにするがいい」

「ありがたき幸せ! うはぁ!」

 手下どもは小躍りしている。


「では、解散!」


 謎の集会が終わり、部屋には真田総長一人となった。


「さあて、今日の静流様は? うひゃあ、いたいたぁ♡」


 総長は望遠鏡のピントを合わせ、静流ウォッチングに没頭している。


「美千留様とのカラミも素敵。桃髪兄妹ばんざぁい♡」


 この真田も、雑食系腐女子のようだ。


「ん? 幼馴染か。私の視線に入りおって! ええい邪魔をするな!」


 どうも望遠鏡の視線に、真琴が写り込んだようだ。


「気のせいか? こっちを見ている、だと?」


 真田の視線と真琴の視線が合ったその時、真琴が親指で何かを弾いた。ビシッ!


「くっ! まさか、200mは離れているぞ……?」


 望遠鏡のレンズに、ビー玉のような物が当たり、超望遠レンズは粉砕した。


「ククク。暫くは退屈しないで済みそうだ」


 真田は額を押さえ、乾いた笑いを浮かべた。


「お師さん、あなたがお戻りになるまでは、私が静流様を影ながらお守り致します」




              ◆ ◆ ◆ ◆



柳生宅――深夜


 睦美は深い眠りについている。


「んっうん……ん?ここは?学校に行く途中……か」


 登校中の夢を見ているようだ。


「私が1年の時か。あ、薫子お姉様だ。お姉様ぁ~」タタタッ


 ちょっと遠くに居る四人組の一人、桃髪の女生徒が振り向いた。


「睦美ィ!おはよう。今朝も元気ね」

「朝は強い方ですから!」


「羨ましいぜ、ムッツリーニちゃん。アタイなんて全然寝らんなかったし」

「それはあなたがいつもいつもだらしないからでしょ?リナ?」

「何ィ!ズラ、もっぺん言ってみろやコラ」

「……うるさい。黙って」


「あ、お姉様方、おはようございます!」


「オス」

「ごきげんよう」

「……おはよ」


(私、この感じ好きだったなぁ……) 

 視界がブラックアウトした。 



              ◆ ◆ ◆ ◆


 

 場面が切り替わる。


「薫子お姉様ぁ~」 


 薫子が大勢の下級生に囲まれている。


「これは旅立たれた時の記憶……」


 薫子たち四人組が姉妹校に留学してしまう時。


「1年なんて、あっという間よ。また会えるわ」

「ぐわぁ~ん!お姉様ぁ~!」


 その時の感情を思い出し、泣いていた。


「また会いましょう、睦美」



 また視界がブラックアウトした。 



              ◆ ◆ ◆ ◆



 また場面が切り替わる。

 

「ん?また登校中……かしら」


 歩道を歩いている。ちょっと先に乗用車が見えた。かなりスピードを出している。睦美の目の前でいきなりスピンした



 ギャギギギギーッ!



「きゃぁぁぁぁーっ!」


 足がすくみ、動けない。必死に手でガードするも、間に合わなそうだ。



「クッ!!」



 シュパァァァン!



 結構大きな衝突音。

 身構える。しかし衝撃は来なかった。


「え?え?」


 ぺたんと道端に尻もちをついてしまう。



「大丈夫か?アンタ」


 

事故車の前に学生服を着た桃髪の男子学生が立っていた。


「剣?車を斬ったの!?」


 よく見ると事故車は真っ二つに分かれていた。


「あわわわわっ」


 運転席から中年のおじさんが慌てて出てきた。


「爆発すんぞ?兄貴ィ」

「問題無い、エンジンは停めた」


 無口な男子学生が的確に処置したらしい。


「薫、また派手にやらかしたな?」

「何だよズラ、兄貴はこのお嬢ちゃんを守った。それだけだ!」


 桃髪の男子学生が、剣のようなものを鞘にしまい、くるっと睦美の方に向いた。


「あ、ありがとう、ございました」

「どれどれ、あちゃぁ、すりむいてんなぁ。【ヒール】これでよしっと」


 桃髪の男子学生が回復魔法を掛けた。


「立てるか?」

「ええ、多分」


 男子学生が睦美を引っ張り上げた。



「しかし、アンタも災難だったな……うん、惚れた!」ニパァ



「は?はいぃぃ!?」ドキドキドキ



 睦美はこのシチュエーションが、かつて味わったものに非常に近かったことを思い出した。

(デジャブー……なのかしら?でもこのプレッシャーは……似ている)


 と、ヤンキー調の男子学生がしゃべり出した。


「済まねえな!勘違いすんなヨ。ありゃぁ兄貴の癖だ」

「え?あ、はぁ」

「見てみな。」


 ヤンキーがアゴで指した方向を見る。


「あ、ミニパトのお姉さんたち、こっちこっち」

「ご協力、感謝します」ビシッ!

「いいのいいの、仕事だし?つうか、お姉さんたちイイね。うん、惚れた!」ニパァ


「「きゃるるぅぅぅん」」クラッ


 薫と呼ばれた男にニパを食らった婦警たちが大きくのけ反った。


「な?そ-ゆーこった。悪いことは言わねえ、忘れろ」

「凄まじい人ね。まるで嵐のような……」

「なかなか的を射てる感想だね? イイよ、キミ」


 ヤンキーに「ヅラ」呼ばわりされていた優男が言った。


「薫は、嵐」


 口数が少ない人がつぶやいた。


「ま、型破りなお方ってコトだな? 兄貴はよ」


 ちょっと先で犬を連れた御婦人と話している。


「可愛いワンコだな。よし、惚れた!」


「ふぁぅぅぅん」


 御夫人がよろめいた。


「何て型破りな人なの?この人」

「聞いて驚け!このお方は、『五十嵐 薫』様だっ!」


「え?五十嵐って、はっ」

 確かに桃髪であった。


 また視界がブラックアウトした。



              ◆ ◆ ◆ ◆


「ピピピピピ」


 アラームが鳴っている。


「う、うーんっ。何だったの? あの夢……」


 メガネを掛け、起き上がり、洗面所に行き、メガネを外し、顔を洗う。その後、メガネを掛ける。


「はっきりと思い出せる。誰かに『ビジョン』を送られた……か?」


 最後に見た夢が、やけに鮮明に覚えている。


「登場人物が何かリアルすぎて、気持ち悪いくらいね」


 睦美は顎に手をやり、夢の登場人物を振り返った。 


「雪乃お姉様は葛城だから『ヅラ』って呼ばれてたわね?あとあのヤンキーってリナお姉様に似ていた。何より、薫と呼ばれていた桃髪のあの方、薫子お姉様に、似てはいない……か」


 あの男子学生を思い出すと、心臓がはねた。


「あんなに荒々しいケダモノとは、似ても似つかないわね」


 結局その日一日、この夢から解放されることは無かった。


「これっていわゆる、『夢オチ』ってヤツよね……」


 正真正銘「夢オチ」である。

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