エピソード5

 ある日の放課後――


 睦美はある用事で職員室から出るところだった。


「何だったのかしら?職員室に呼ばれたから行ったのに、何も無いって……」

「睦美先輩っ?!」

「あ、真琴ちゃん!今ひとり?静流キュンは?」

「ちゃん付けって先輩、どっか打ったんですか?」

「え、ああ、私ってば男の子の前とか、興奮してるときだと、「理論武装」してしまうのよね」


 睦美はどうやら異性と接する際にこのような口調になるようだ。


「え?そうだったんですか?いつもあんな感じだと思ってました。疲れないかなって」

「よく言われるのよ。会長からは『大佐モード』って呼ばれてるの。恥ずかしい」クネクネ

「少なくとも静流の前では『大佐モード』の方がイイみたいですよ」

「そお?嬉しいな。で、肝心の静流キュンは?」


 その時、前触れもなく三つの影が現われた。



「「「殿下!」」」シュタッ



「うわぁ、びっくりした。ってイチカ? あんたなにやってんの?」


 影のうちの一人は真琴たちと同じクラスの篠崎イチカだった。


「オッス真琴ぉ、何って、生徒会のお仕事だよ」

「騒がしいわね、あなたたち、何してるの?」

「はっ!只今、生徒会室にて『静流様』がお見えになっています」

「何ですって?静流キュンが?」

「只今、会長閣下が接客中です」

「あれ?アイツは放課後、生徒会室にひとりで来るようにって呼ばれてましたよ、睦美先輩が呼んだんじゃないんですか?」

「私じゃないわよ? まさか……楓花め!」



              ◆ ◆ ◆ ◆


 少し前――


 静流は放課後に生徒会室に呼ばれている。 

 その生徒会室では、何やら討論の真っ最中であった。


「最近の書記長殿下はたまにボーッとして何をやっても上の空であることがあるな、浅倉氏?」

「もしかすると、睦美お姉様にも『春』が来たとでも? 岡田氏?」

「やっぱそっかぁ。シズルンのことでしょ?」

「篠崎氏、あの方が殿方に好意を寄せる?ないない。あの方は『桃髪の乙女』に心酔されておるのだ」


「ただあの『静流様』がお相手だぞ? いくら殿下でも……」

「恐るべし『桃髪家の一族』」


 そして、噂の彼がやってきた。コンコン ガラッ


「失礼します」


 静流が戸を開けた途端、三人の黒い影が静流に鋭い眼光を飛ばした。

 全員がメガネを着用している。


「ムッ!何奴?」

「あ!シズルンだ」

「「何ィィ! 静流様……」」ポッ


「あ、篠崎さんと影の皆さん。睦美先輩、書記長殿下います?」


「殿下は職員室に呼ばれてるよ。最近よく来るよね?生徒会室に」 

「うん、睦美先輩にいろいろ相談に乗ってもらってるんだ♪」ニパァ



「「「ふぁうぅぅん」」」



 メガネ越しであるにもかかわらず、三人は悶えた。


「殿下を名前で呼ぶとは……素晴らしい!」

「流石、メガネ属性の頂点を行くお方」

「シズルン、ズルいよ、チートだよ」


 影たちはそれぞれ静流を称えた。


「でもおかしいな。睦美先輩が呼んでるからって来たんだけど」

「確かに。お呼びなら自分めらが行きますのに……いや待てよ?」ブツブツ


 三人はヒソヒソ話を始めた。と、そこに、


「あらぁ、噂の五十嵐『静流キュン』じゃないかしら?」 

「あ、どうも東雲会長、睦美先輩は居ますか?」


 生徒会長は東雲楓花という。


「あなたたち? 何か良からぬことを企んでるわね?」


 書記たちをいじる会長。


「めめ、滅相もありません、会長閣下」

「あらそう? じゃあ睦美ちゃんに『静流キュン』が来てるって教えてあげて?」



「「「御意!」」」



 シュタッと三人は散開した。


「何かかっこいいな。篠崎さんたち」

「あの子たちは生徒会の『影』よ。睦美は今席外してるから、ちょっとここに座って待っててね」

「お茶でもどぉ?お菓子もあるわよ?」

「どうぞ、お構いなく」

「まあまあそう言わずに。睦美とは仲良いみたいね?」

「ええ、いろいろと相談に乗ってもらってるんです」


 静流は出された紅茶に口を付け、お茶請けに出されたクッキーに手を付けた。


「ん? おいしいな、これ」

「フフゥン。そのクッキー、誰が焼いたかわかる?」

「東雲会長?ですか?」


「ブー! 答えは、睦美ちゃんよぉ」

「ブッ! ケホッ。睦美先輩が……ですか?」

「そ。ああ見えて結構女子力、高いんだゾ。さっきの子たちにも慕われててね。あの子、面倒見良いから」

「それは僕にもわかります。頼りになるというか」

「まあ、あまり傾倒しすぎる事も良くはない……かな?」

「そんなつもりは……気を付けます」


「それで良し。単細胞で強情だけど、筋は通す子よ。これからも仲良くしてあげて頂戴」

「もちろんです! あの、会長は睦美先輩とは付き合い長かったりするんですか?」

「小学校からの付き合いだから、結構長いわね」

「どんな感じだったんですか? 昔の睦美先輩って」

「知りたい? そうね。昔からナンバー2をキープしてたわね」

「ワンじゃなくてツーですか?」

「ワンは私だったから、あの子はツー、なの」


「性格とかってどうだったんですか?」

「あの子って、【真贋】持ちでしょ?だから、犯人捜しは得意だったわ」

「凄いな、昔からなんだ。」

「でも『嘘も方便』とか『言わぬが花』とかってあるでしょ?」

「日本人特有のヤツですか」

「子供だった頃の睦美は、どうでもいい小さい嘘に対しても的確に当ててしまうので、みんなから疎まれていたわね」

「若さ故のってヤツですか?」 


「あと、異性に対してはとにかく不器用ね、分かるでしょ?」

「そうでしょうか? 少し口調が将校みたいですけど」

「それそれ!私は親しみを込めて『大佐モード』って呼んでるの。女の子とはもう少し普通にしゃべってるのよ」

「そうなんですか?でも僕、あの口調、好きですよ。なんか頼れるなぁって」



 楓花は静流に気付かれないように【交渉術】を展開した。パァァ 



「ねえ、静流キュン、私を『肉眼』で見てくれないかな?」


 会長は静流の顔を覗き込んだ。


「へ? ダメですよ、このメガネを取ると、常時発動している【魅了】がかかってしまうんで。」


 静流は椅子を引いた。


「わかってる。わざとよ。でもLV.0って凄く弱いんでしょ?」


 じりじりと近付いて来る会長。


「弱いって言っても暫くは【状態異常】になっちゃいますよ」


 逃げる静流。


「【幻滅】で相殺出来るんでしょ?」


 近付いて来る会長。


「出来ますけど、とにかくヤバいですって」


 逃げる静流。


「イイの。有効範囲は?」


 近付いて来る会長。


「半径2m以内です」


 逃げる静流。しかし壁に当たる。

 会長は数センチまで近寄ってきた。吐息がかかるくらいに。


「キミ、イイ匂いがするわね。ああ、まだメガネとってないのに、変な気持ちになっちゃう」 


 会長はうっすら顔が火照っている。


「さあ、やって頂戴!」


 追い詰めた会長。


「危険ですって、会長」


 必死で抵抗する静流


「ここまで迫っても、ダメか……。」


 突然会長が少し距離をとった。静流はまだ動けない。

 暫しの静寂があり、語り出す会長。


「私ね、睦美が羨ましいの」

「何ですって?」

「最近の睦美ってば、生き生きしてるんだもん」

「どうゆう事です?」

「分からないの?あの子、あなたに……」


 廊下の方からづかづかと上履きの音が響く。ガラッ!


「楓花!アンタまさか静流キュンにって、ちょっと何やってんの!?」

 

 壁に追い詰められた静流に、会長がほぼ密着している。


「睦美せんぱぁい!」

「静流キュン! 無事?」

「どうやら時間切れ? かしら」

「楓花! どうゆう事か説明してもらわよ?」

「どうって、私も静流キュンとお近づきになりたかっただけよ」

「だったらもう少し賢いやり方があるでしょう? 楓花らしくない」

「私らしく……か。強いて言えばスリル、かしら」

「何、だと?」


 睦美がキレ気味に問いただした。


「私もドキドキしたいの。睦美みたいにね」

「済まんが貴様の言っている事が、良くわからんのだが?」


 「大佐モード」発動。


「最近のあなたが羨ましかったのよ」

「な、何を言っている! わ、わかった、この件はもう終わりだ。静流キュン、悪かったな、会長に付き合わせてしまって。もう帰って良いぞ」

「は、はあ。わかりました」

「わかってくれたか。埋め合わせは次回に用意するから、今は勘弁してくれ!」


 睦美は罪悪感にさいなまれながら、早口で静流を追い返す。


「じゃあ、失礼します」ガラッ


 静流は最敬礼をした後、申し訳なさそうに出て行った。


「静流! 一体中で何があったの?」


 真琴が駆け寄ってきた。


「会長がいきなり迫ってきたんだけど、睦美先輩に助けてもらった」

「会長が?」

「会長は、睦美先輩が羨ましいって言ってた」



              ◆ ◆ ◆ ◆



 少しの静寂の後、睦美はゆっくりと口を開いた。


「楓花……どうゆうつもり?」

「どうゆうって、さっきの通りよ?」

「楓花。あなたが殿方に対して抵抗があるのはわかってるつもりよ」

「じゃあ、私がやろうとした事もわかってくれるわよね?」

「いい? 楓花。だからって強引に術を受けるのは間違ってるわ」

「……」

「あれは結局『疑似的』なもので、術を受けたものがその時好意を持ったものと静流キュンを入れ替えているだけなのよ」

「そうかしら。だったら私は対象が無いから何も変わらないってこと?」

「その場合は、よくわからないけど、私の時は薫子お姉様だった」

「そういえば可愛がってもらってたわよね?お姉様に」

「術はすぐ静流キュンが相殺してくれたから、それから後は本気で彼に惹かれてる……と思う」


 睦美は耳まで赤くしながら、静流に対する想いを、風化に話した。


「そこまで話してくれて、ありがとう。睦美」

「な、何言ってるの? 長い付き合いじゃない」

「そうだったわね。どうかしてた。ごめんなさい」

「わかればいいのよ、全く、もう」


 緊張感から解放された二人は、穏やかに微笑み合った。


「じゃあ、正攻法なら、いいんだよ、ね♪」

「え?どうゆう意味?」

「私、あの子に俄然興味が湧いてきたわぁ。フフフ」

「ちょっとぉ、冗談……よね?」

「フフ。どうかしら、ね♪」 

 どうやら仲直り出来たようだ。



              ◆ ◆ ◆ ◆



 帰りのバスで、静流は真琴に先ほどの顛末を説明した。


「うぇ? そんな事があったの? 会長って基本、無表情キャラよね?」

「そうなんだけど、今日の会長は何か違った。『妖艶』というか、『蠱惑的』って言うか?」

「何そのちょっとワイセツな感じの言い回し、変態?」

「何キレてんの? 『魅力的』の上位表現、なのかな?」

「もう知らない! フン」


 真琴は白い肌を真っ赤に染め、今にも沸騰しそうな顔をした。


「そう言えば真琴、睦美先輩っていつもあんな口調じゃないらしいよ?」

「うん、知ってる。『大佐モード』のことでしょ? 先輩から直接聞いたよ」

「なんだ知ってたのか。って素の先輩と話したの?」

「まあね。要は睦美先輩も『乙女』ってこと」

「ん?まあよくわかんないや。僕は『大佐モード』の先輩、好きだけどな」

「……バカ」


 静流には乙女心がわかる……筈は無い、と思われる。

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