エピソード4

 ある日のこと――


「僕が美術部でバイト?」

「静流、この通りだ!頼む!」

 

 達也は懇願した。


「何か理由、あるんでしょ?」

「実はな、ごにょごにょ」


 達也は耳打ちで答えた。


「うぇ!? あの石動先輩? 無理無理無理無理」


 静流はあからさまに拒絶反応を示した。


「もう引き受けちゃったんだ、頼むよ!」

「………断る」


 某凄腕スナイパーのような返し方だった。


「告白騒ぎは事故だったんだろ?あの後石動さんは何も覚えてないって言ってたぞ!」

「そうゆう問題じゃない!生理的に?ダメなんだよ……モデルなんて」

「実はこれだけじゃない。必ずお前の役に立つネタだ!」

「何だよ、そのネタって」

「いいか、ごにょごにょ」

「え?ほんとだったら、凄くイイ!」

「な、な、やってみろよ、静流!」


「………わかった、引き受けよう」


 また某凄腕スナイパーのような返し方だった。


(とりあえず、あの人に相談だ。)

 静流は睦美に相談すべく3-A教室に行った。


「睦美先輩!」

「ん?その声は、静流キュンじゃないかっ!」シュタッ!


 睦美は静流を見るなり瞬歩を使った。


「ちょっと相談があるのですが……」

「うむ。早速部屋を用意しよう」

(さっさと人払いをしないとな)


 そこからの睦美の行動に一切の無駄は無かった。



               ◆ ◆ ◆ ◆



 生徒会室――


「で、相談とは何だい? 私に出来る事と言えば……」ハァハァ

「じつは、美術部のバイトをやる羽目になりまして……」

「美術部? 部長は花形か。もしかしてモデル、かい?」

「ええ、よくわかりましたね。さすがです」

「大方想像はつくさ。で、何が不安なのだ?」


「一緒にモデルやるの、石動先輩なんです」

「何ィィ! でも奴は『あの悪夢』については記憶を消去した筈だったな」

「ですけど、何か怖いんですよ。たまに夢に出ますし……」

「そんなに嫌なら、断れば良かろう?」

「実は花形部長のお父さんがやってる会社って、僕のメガネを作ってくれた所なんです」

「うむ。花形光学機器だったな」

「はい。それで今回、僕専用のコンタクトレンズを作ろうという計画があって、その試作が出来たみたいなんです」

「つまり試作品のモニターになれ、と?」

「そうみたいです。僕の将来にも有利だと言われまして」


「確かに魅力的な案件であるな」

(あわよくばメガネなしの静流キュンを直に見みられるかも……クハッ)

 

 睦美の顔が少し緩んでいることについてはスルーしておく。武士の情けである。


「うむ。やってみてはどうかな? 何なら私が付きっきりでガードしてあげてもいいのだが?」

「そうしてくれると助かるんですが、どうも関係者以外は無理っぽいです」

「チィッ!それは残念だ。だがちと心配ではあるな」

「まあ、取って食われるわけでもありませんしね。タハハ」ニパァ

(ヌハッ。メガネ越しでもその破壊力、やはり只者ではないな)


「そうだな、よし、影を一人付けるか」パチン


 睦美は指パッチンをした。すると三人の黒い影がシュタッと現れた。



「「「殿下、お呼びですか?」」」



「お前たち……その殿下と呼ぶのは止めろと言っているだろう?」 

「自分らにとっては殿下は殿下であります!」


「まあいい、お前らに仕事をくれてやる。五十嵐静流キュンはわかるな?」


「と、当然であります! 我がメガネ属性の頂点におられるお方」

「かの『桃髪家の一族』に名を連ねるお方」

「実は隠れ幼馴染?だったりして」


「何ぃ? それは本当か篠崎! 聞き捨てならんな! 確かにお前は静流キュンと同じクラスであったな?」

「はい!そうでありますです。ねシズルン♪」

「それ今考えたでしょ? 篠崎さんって、確かに幼稚園から一緒だったね?」

「昔は『篠ちゃん』て読んでくれてたじゃん!」ぷぅ

「それ、そーとー昔でしょ?」


「コホン。実はな、どうも美術部がなにやら企んでおるみたいでな。静流キュンが巻き込まれた」

「つまり、『監視』でげすな?」

「優れた洞察力だ。話が早い、頼んだぞ!」

「御意!」

「助かります。篠崎さんも、ありがとう」ニパァ

「ヌフゥ。任せて! シズルン♪」



               ◆ ◆ ◆ ◆



 美術室――


 結局引き受けてしまった静流。


「あーもう、やっぱ、帰ろうかな」

「今更泣き言いってんじゃねぇよ。お前にだってメリットあるんだろ?」

「確かに。バイト代もらえるのはもちろん、僕専用のカラコンのテストをやるって」

「上手くいけば瓶底メガネから解放されるかもな!」

「そう上手くいくかな?」

「じゃあ、頑張れよっ」

(これで紹介料ゲットだぜ!キャッホゥ)

「おい、達也ぁ、何だよ、もう」


「頼むね、篠崎さん」


 恐らく近くにいるであろう「影」に伝えた。

 美術室のドアを開ける。ガチャッ


「こんにちは、五十嵐ですけど?」

「五十嵐クン、来てくれたのねん」


 背筋に冷たいものが走った。

 いわゆる「おネエ」キャラのようだ。


「先ずは自己紹介ねん。ワタシは花形 実よん、『ミノルン』て呼んでくれてもイイわよん♪」

「ど、どうも。」

「静流クンって呼んでも、イイかしらん?」

「ええ、どうぞ」

「じゃあ静流クン、今日のお仕事だけど、ワタシの彫刻のモデルになってほしいのん」

「ポーズとかとるんですか?」 

「そうね。いくつかポーズをとってもらう。パートナーとの絡みも、ね」

「石動先輩、ですよね?」

「そうそう、晶チン」


 ゾッ背筋に冷たいものが走った。


「ところで、下着くらいまではOKよねん?」

「脱ぐ、ってことですか?」

「モチのロンよ♪」

「僕のカラダってそんなに美術的に凄くないし、自信ないです」

「イイのよイイのよ。それがイイのよ」

「はあ、そうなんですか、芸術って奥が深いんですね?」


「お目当てのカラコンは、コレよん」


 部長は小さいケースに入ったカラーコンタクトを見せた。


「キミが今使っているそのメガネは、【魅了】LV.0を抑え込む仕組みよねん?」

「確かにそうです」

「今回用意したこのカラコンは【魅了】に相対する能力である【幻滅】の効果を付与してるの」

「それで相殺させるんですね?画期的じゃないですか!」

「テストに当たっては、ウチの技術スタッフがサポートするから安心してねん」


 ザッと白衣を着た男性がズラッと並ぶ。


「よ、よろしくお願いします」



               ◆ ◆ ◆ ◆


 

「これで良し。じゃあカラコンを装着したらワタシが衣装と仕上げをやるわよ。イイわねん?」

「了解しました!」


 緊張を隠せない静流。

 美術準備室でスタッフにカラコンの装着方法の説明を受ける。装用時間はバイト中の3時間となった。


「それでは、お願いします」


 スタッフにカラコンを渡され、準備室に入る。室内は静流ひとりだ。


「よしっ!始めるか……」


 周囲を確認し、メガネを外した。渡されたカラコンを見る。カラーは紫水晶(アメジスト)のような色である。


「綺麗だな。」


 手を洗い、教わった通りにカラコンを装着。少し手こずったが、何とか装着出来た。


「ん?どうかな?(シュゥゥゥ)お、イイ感じ。これなら大丈夫そうだ」

 付け心地は良好のようだ。


「すいません!無事装着出来ました!」


 スタッフが恐る恐る近づく。


「ど、どうでしょうか?」

「イ、イイですね!素晴らしい!」


 スタッフは親指を立て、白い歯を見せる。


「そんなぁ、大袈裟な」


 部長が出来栄えをチェックする。


「うん、大丈夫そうね。じゃ、みんな、仕上げにかかるわよん」

「ハァァイ」


 女子部員らしきものたちが静流を取り囲む。


「ああ、これが静流様の……」

「んっ、素敵……」


 女子部員に身ぐるみを剥がされる静流。


「わっわっダメですって、そんなとこ」


 そうこうしているうちに、部長が衣装を静流に着せる。


「そうよ。そのまま。じっとしてて」


 最後にストレートロングの桃髪カツラをポンッと乗せ、完了。


「部長、これって、女物じゃないですか?」

「そうよ。古代ローマの女性が着てたものをイメージしたの」

「聞いてないですよ、そんなの」

「今お化粧するから、目を閉じてじっとしててねん」

「は、はい」


 部長は【化粧術】を展開する。コォォ


「フワァァァ。気持ちイイ」


 静流は不覚にも癒されていた。



               ◆ ◆ ◆ ◆



 さあ、始めるわよん!晶チン、出番よん!


「呼んだか?少し退屈だったぞ!」


 古代ローマ風の衣装を着た石動が現れた。


「相手役の五十嵐静流クンよ。」


「ど、どうも」

(記憶って、どこまで消したんだろ?)


「お、おおお。美しい」


 石動は静流を食い入るように見つめた。


「は、恥ずかしいです。そんなにジロジロ見られると」


「す、すまん、つい見惚れてしまった」


 石動は自分の中にある欲望を必死に抑え込んだ。


「じゃあ早速、絡み、いってみよっか」


 部長の指導のもとに、上になったり下になったりいくつかポーズをとった。


「ムフ、ムフゥゥ」バタッ


「もうダメ」バタッ


 周りで見ている女子部員が次々と卒倒している。


「イイわよん、その調子。【念写】」


 部長は写真家がやる指で四角を作る仕草をしている。


「石動先輩、ちょっと痛い、です」

「お、おお。済まん、つい力が入ってしまった」

「部長、いい構図、ありましたか?」

「イイわぁ、あと3ポーズお願い」


 静流は時計を見て、部長に聞いた。


「そろそろ3時間、経つんじゃないですか?」

「もう少し、もう少しなのよねん」


 部長は静流をなだめ、仕上げに入ろうとしている。


「部長、すいません、何か気分が悪い……です」

 カラコン装着から3時間が経過したのか、静流の身に変化が起きた。


「静流クン!? ちょっと、スタッフ!」

「だ、大丈夫です。少しふらついただけですから」


 静流がスタッフと目を合わせる。するとスタッフが、


「ヌッハァァァン!」バタッ

 スタッフは悶絶して倒れてしまう。


「え? 大丈夫、ですか?」

 

 卒倒したスタッフを心配そうに見ている静流。 


「若、離れて下さい!」

「ワタシは大丈夫、それより早く、静流クンを診てあげて?」


 どたどたと数人のスタッフがなだれ込んできた。


「魔力探知急げ!」

「状態異常、感知されず!」

「どうゆう事だ?卒倒の原因は?」



 【不可視】で潜んでいた篠崎イチカが動いた。


「これは、かなりヤバいかも。殿下に報告しないと」シュタッ


 篠崎は睦美へ連絡すべくこの場を離脱した。


「スタッフ意識、戻ります!」 

「おい、しっかりしろ!」

「う、う~ん、はっ」


 卒倒したスタッフが覚醒した。


「おい、何があった?」

「美しい……女神様」ガクッ


 また意識を失ってしまう。 


「ちょっとすいません、大丈夫ですか?」

「ムッフゥゥゥゥン」バタバタッ 


 静流の顔を見たスタッフたちが次々に卒倒していく。


「おかしいな、魅了は相殺されてるはずなんだけど」


 いきなりバァン!とドアが開く。


「静流! 大丈夫なの? さっき土屋の野郎から聞いて来てみれば……」

 真琴であった。


「真琴ォ、助けて……くれぇ」


 真琴は静流と目が合った瞬間、



「きゃぃぃぃ~ん!」



 室内犬のような鳴き声を発し、卒倒した。


「真琴?耐性があるのに何で?」


 次に入ってきたのは睦美であった。


「済まん遅れた! 静流キュン、大丈夫か!」

「睦美先輩!来てくれたんです……ね?」


 睦美は静流と目が合った瞬間、



「ピギィィィ~!」



 もはや悲鳴を上げていたが、何とか堪えた。


「クッ!凄まじいい破壊力だ。が、しかし」【鑑定】発動。

「そうか、わかったぞ、原因が」

「何で……す?」

「キミの美貌が花形の【化粧術】により10倍に膨れ上がっている!これは、神…神格化なのか?」

「睦美先輩、僕、もうダメです」


 静流の顔が青ざめている。ほどなく失神した。


「クッ! 動けるようになった。静流キュン!」


 静流が失神した為、硬直が解けた睦美。この何とも言い難い状況からは脱したようだ。


「今、私が保健室に連れて行く!」


 睦美は静流をひょいと軽々と持ち上げ、いわゆる「お姫様抱っこ」をした。


「待っていろ!今保健室に連れていくからなっ」


 静流の顔を覗く。


「ムフゥ。やはり似ている……ブッ、いかん、鼻血が」 


 全速力で保健室に向かう。途中、周りで部活動をしている者たちがその光景を目の当たりにしていた。


「あれって書記長? 抱っこされてる子、すごい美人ね」

「書記長ったら鼻血、出てるわよ」

「でもこの構図って、映えるわぁ」



               ◆ ◆ ◆ ◆



 保健室――

 

 静流は覚醒した。天井の模様から、ここが保健室のベッドであることがわかった。


「保健室?」


 腕に重みを感じ、横を見ると、睦美がうたた寝をしていた。


「カラコンは外してくれたんだ。おっとメガネメガネ」

「う、う~ん」

「睦美先輩!」


 静流は軽く睦美を揺すった。


「はっ! 静流キュン!」

「もう大丈夫、です」

「む、そうかそうか、それは良かった」

「僕、途中で気絶しちゃったんですよね?」

「あの後カラコンは回収され、スタッフが持ち帰ったよ、興味深いデータが取れた、とか言ってたな」


「やっぱり、このメガネに頼るしかないのかな」

「装用時間やら耐久性に改善の余地があるらしい。なぁに、近いうちに実用化されるだろう」

「そうですか。いつもながら、助けて頂きありがとうございました」


 ムクッと起き上がり、頭を下げた静流。


「いやぁ何?私的にはご褒美?だったよ」

「ご褒美……ですか?ってあれ?僕、まだあの衣装のままだ」


 ぴらっ 衣装の片方がずり落ち、乳首が覗いて見えた。


「ブッ!フゥゥ」


「わっ!先輩、鼻血が!」 


 突然、保健室のドアが開いた。


「静流! 静流!」

「ごめんなさいねぇ、静流クン」

「五十嵐、大丈夫か?」


 真琴、部長、石動の順でなだれ込んできた。


「皆さん、何かすいませんでした」

「ううん、こちらこそ。あなたのお陰で、イイ彫刻が出来そうよ」

「あ、あたしは勝手に失神してただけだから」


「五十嵐、俺は……どうもお前に……惚れてしまったようだ!」



「「「何ィィィ!?」」」



 睦美、真琴、部長は思わず叫んだ。


「石動先輩って、結構惚れっぽいんですね……」

「す、すまん……」


 後日、再び記憶操作が当然のように行われた。



               ◆ ◆ ◆ ◆



 あれから数か月が経ち、初夏を迎える頃、美術部に呼び出された。


「部長、こんにちは!」

「あらん、静流クン、お久しぶり」

「何かあったんですか?」

「大ありよ。この間作った彫刻が、コンクールで金賞をとったの!」

「凄いじゃないですか!おめでとうございます」

「ありがとう。金賞の彫刻は、コレよ!」


 その像は、石動と静流が抱き合い、見つめ合っているものであった。


「他にも作ったの。これは姉妹校に寄贈することになったわ」


 もう一つの像とは、「女神モード」時の静流の立像であった。


「近い内に展示場所が決まるわ」

「うわぁ、恥ずかしい。これが人目に触れるんですか?」

「女神像は姉妹校の礼拝堂に置かれるって話よ」

「そっちは架空のモデルという設定で逃げられるか」

「あと、彫刻じゃないんだけど、ウチの部員がこんなものを描いたの」

「何です?うわっ!」 


 その絵は赤髪メガネの凛々しい女性が絶世の美女をお姫様抱っこして駆けている躍動感溢れる構図だった。もちろん鼻血は出ていない。武士の情けである。


「僕、この絵欲しいかも」

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