エピソード3.5

市立国分尼寺第三中学校 3-F教室 ある日の朝――


 五十嵐静流の妹である美千留は、教室で友達の上條カナ子と教室で話していた。

「美千留ちゃん、それで、いつお家に遊びに行ってもイイの?」

「しず兄に会いたいってヤツ?」

「うぇ? 偶然たまたま運よくお兄様がお家にいらしたらご挨拶したい……ってだけ、だよ?」


「それって、絶対、しず兄目当て、だよね?」

「そうだよ。悪い?」ゴゴゴゴ


 美千留に言い当てられ、逆ギレを起こしたか、カナ子


「ついに本性を現したな? この女狐めが!」

「フッフッフッ。バレちゃあしょうがない! 美千留ちゃん、あたしを『お姉様』って呼んでくれてイイのよ?」

「カナ子、あんたねえ、しず兄に数回しか会った事無いのに、もう彼女ヅラ? 甘い、甘過ぎる!」

「いいじゃん。妄想の中くらい。ケチ」


 この茶番、いつもの日課らしい。


「はあぁ、早く高校行きたいなぁ」

「試験に受かれば行けるよ?」

「美千留ちゃんは実技に関しては問題無いでしょ? 私立なら、向こうからスカウト来るんじゃない?」

「ヤダ。しず兄と同じあの高校に行く」

「そりゃあ、あたしだって狙ってるわよ? あそこ。だってあそこには、私の最愛の静流様がいるんだもん」

「また妄想が始まったわ」

「会えない時間が、愛を育てるのよ? わかって? ああ静流様、愛しい静流様ぁ」


 いささか芝居がかっているカナ子。


「しず兄に勉強、教えてもらおうか……な?」

「え、ええ~!! ズルいぃ、うまやらしいぃ~!」

「うまがやらしい事すんの? バカね、嘘だよ」

「へ? 嘘、なの?」

「最近構ってくれなくて。グレちゃいそう」

「グレるって……ある意味もうグレてるじゃん」


 美千留が珍しく愚痴をこぼしたのに、カナ子は驚いた。


「真琴ちゃんが言うには、放課後、生徒会室に入り浸りなんだって、バカ兄」

「仁科先輩か。あの方も手強かったからなぁ。愛の告白を、何回ブロックされた事か」

「私は手間が省けて、助かってるよ」

「利害の一致……ね? お兄様がますます難攻不落の不沈艦隊になっていく……」

「最近は年上からのアタックがキツイってこぼしてたよ。真琴ちゃん」


「うわぁぁ、あたしの『明るい家族計画』がぁぁ」


 カナ子は頭を抱え、身悶えている。


「この場合、同情する、って言うべきなのかな?」




              ◆ ◆ ◆ ◆



 放課後――


 部活を終え、帰宅しようと美千留が校門を出てすぐに、異変は起こった。


「五十嵐美千留さん!」


 美千留の前に他校の男子生徒が直立不動で立っていた。


「何? あなた」

「一中の、勅使河原 悟です。初めて会った時から決めていました。僕と、つ……」


 男子学生が頭を下げ、右手を差し出そうとした時、


「ちょっと、待ったぁぁぁ!!」


 と横槍が入った。声の主は何と、女生徒だった。


「四中の河本ゆかり、只今参上!!」シュタッ


 片膝を突いた女生徒は、スカートの下にジャージのズボンを履いている。


「何だ、貴様は! 神聖な告白タイムに水を差すとは……けしからん!」

「は? 笑わせる。このお方はな、男なんぞに興味は皆無なのだ!」


 二人が睨み合っている横を、美千留は無表情で素通りしていく。


「待ってくれ、美千留さん!僕にはキミが」

「おっと、忘れてもらっては困るぜ? 俺をな」

「二中の、石動鉄男……か」

「俺の兄貴はお前の兄貴と、ただならぬ関係にあるらしい、ぜ?」


 美千留がピクっと反応した。


「今の話、ホント?」

「だからよう、家族ぐるみっって事で、俺ともヨロシクやろうぜって へぶぅ」ぐしゃ


 美千留の裏拳が見事にヒットした。


「ぐわぁぁぁぁ!」

「【ヒール】」ポゥ


 顔を押さえバタバタともがいている石動に、美千留は【ヒール】を掛けた。


「ん? 痛くない」


 石動は呆けた顔で半身を起こした。

 他の二人も今の光景を目の当たりにし、あと退りをしている。


「私の相手はもう決まってる。誰でもない。あの人だけ」

 美千留は鋭い眼光を三人に飛ばした。


「あんたたち! 今日はこの位で勘弁してあげる。私の気が変わらないうちに、とっとと消えて!」

 美千留は精一杯凄みを利かせ、三人を追い払った。


「お、覚えてやがれ!」

「次こそは、必ず!」

「姐さん、私は諦めませんから」


 三人はそれぞれ捨てゼリフを残し、去って行った。


「帰ろ、カナ子」

「美千留ちゃん、毎日大変だね?」

「ああもう、ウザいったらありゃしない」

「こうとっかえひっかえ告白に来られると、まいっちゃうわよね?」

「そうか! イイ事思い付いた!」

「なになに? 教えて?」

「それは明日のお楽しみ♪」

「何それ、もう意地悪ぅ」



              ◆ ◆ ◆ ◆



市立国分尼寺第三中学校 校門付近 次の日――


 今日も部活を終え、帰宅しようと美千留が校門を出ようとした時、お約束通りの連中が現れた。


「太刀川東中の佐藤です。話を聞いてくだ……」

「ちょっと待った! 多無四中の鈴木です。あの……」

「退きなさいあなたたち! 私立聖オサリバン魔導女学院中等部の猿飛エツ子ですわ。あなた、来年からウチの高等部にいらっしゃい? わたくしが直々に可愛がって差し上げますわ」


 また新手が増えたようだ。とそこに、


「昨日は世話になったな。怒った顔もチャーミングだったぜ? ますます惚れたよ」

「美千留さん! 今日こそ僕の熱い告白を」

「だまらっしゃい! 姐さん、あたいの話を」


 昨日の連中が性懲りもなくやって来た。


「ふう。あなたたち、いい加減にして!」ブワァァ


 美千留の背後から負のオーラが立ち上り、眼光が一同を照らす。


「もの凄いプレッシャーね。イイわぁ。ゾクゾクしちゃう」

「ば、僕は負けない! 愛のパワーで跳ね返す!」


 ほとんどがビビって硬直しているが、動けるものも数人いるようだ。

 暫しの沈黙があり、向こうから何かが近づいて来る。



「おーい、美千留ぅ、何だよ『深刻な問題』って?」


 

 近づいて来たのは、兄の静流であった。


「しず兄! もう、遅いよぅ♡」

「し、ししし、静流、様!?」


 美千留は手を振り、カナ子は嬉しさの余り、号泣しそうになっている。


「ん? この方たちは?」

「障害物」

「なんじゃそりゃ? あ、障害物レースの練習仲間さんかな?」


 静流はポンと手を打ち、納得したようだ。


「いつも妹がお世話になってます。兄の静流です」ぺこり



「「「ぎゃっふ~ん」」」



 ご丁寧に挨拶する静流に一同は目を奪われた。


「ま、眩しい!」

「あ、あのお方はもしや」ざわ

「本当に実在した!? 都市伝説では無かった……」

「ここ三中に伝わる伝説の……」ざわ

「まさか、肉眼でお目にかかれるとは思いませんでしたわ」ざわざわ


 静流を見た一同は、桃髪の二人を見るなり、一瞬で心を奪われてしまっている。


「行こ? しず兄!」


 美千留はニコニコと満面の笑みを浮かべ、静流の腕に抱き付いた。


「こら、皆さんが見てるだろ?」

「イイの。見せてるんだから♪」


 美千留はもっと密着し、一同の横を通過して行く。


「どうしたんだ? 急に甘ったれになって」

「へへ。黙秘します♪」

「何だよ? それ」


 二人は仲睦まじい姿を見せつけながら、家の方に歩いて行った。


「美千留さんのあの笑顔……今まで見た事無いな……ふっ、敵わないや」

「か、格が違い過ぎる……」

「何と言う事だ! おお、女神様」

「お兄様……素敵、です」ポォォ

 一同はしばらく桃髪の兄妹を見惚れていた。


「へへ。やったぁ♪」

「で? 結局僕を三中まで呼び出した『深刻な問題』って、何?」


 静流の頭上に?マークが浮かんだ。すると、


「美千留ちゃぁーん、静流お兄様ぁー」ドドド


 カナ子が全速力で二人に追い付いた。


「ハアハア、ひどいよう、置いてくなんて」

「あいつらは、どうなった?」

「みんな上の方を見て、魂が抜けたようになって、ふらふらと帰って行ったよ」

「よし! 作戦成功!」ビシッ


 美千留は、ホームランを打った時のデストラーデのようなポーズを取った。


「ご、ご無沙汰してます、お兄様」カァァ


 カナ子は真っ赤な顔でクネクネしながら静流に声を掛けた。


「あ、キミは、えーっと……カナ江ちゃん?」

「惜しい、です。カナ子……です」

「ごめん、カナ子ちゃん、結構久しぶりだったもんで」

「いえ。覚えてくれていただけで、私は幸せ……です」

「美千留の相手してくれてる数少ない友達だからね。いつでも遊びにおいで」

「い、イイんですか? お兄様?」

「もちろんだよ。な? 美千留?」

「まあ、イイけど?」


「うはぁ、お兄様から直々に上陸許可が下りた! もう思い残すことは……無い」ガク

「ちょっと、カナ子ちゃん? 大丈夫?」


 くずおれたカナ子の挙動不審さに少し引いている静流が声を掛けた。


「大丈夫です! あたし、腕っぷしには自信、ありますんで」フンッ


 静流に声を掛けられた瞬間、飛び上がり、背筋をピンと伸ばすカナ子。


「そ、そうなんだ」

(さすがは美千留の友達。ひと癖どころじゃないな。)

 静流がそんな事を考えていると、二人が小声で話し始めた。


「ね? カナ子、大成功だったでしょ?」

「う、うん。でも、あまり手放しに喜んでいられないよ?」

「何でよ。これで暫くは寄り付かないと思うんだけど?」

「だって、今度はお兄様にターゲットが変わっただけ、なんじゃないかな?」

「まさかぁ、そんな事……無いとも言い切れないな」


「何だよ二人して、内緒話か?」

「そう。内緒」


 その後、静流の学校前が暫く騒がしかったとか。

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