第1章 ハイスクールララバイ  静流の日常

エピソード1

 日本の首都である東京。その郊外にある都市、国分尼寺市。

 都心へ通勤する人の住宅地を中心に発達した、大都市周辺の郊外化した衛星都市、いわゆるベッドタウンである。


『都立国分尼寺魔導高校』は都心に近い割には緑豊かな台地にあり、恵まれた環境と言える。

 校舎の隅にある図書室で机に突っ伏してうたた寝をしている少年がいた。


 髪の色は地毛を疑う桃色、もはや天然パーマに近い癖っ毛に、分厚いレンズの丸メガネ、いわゆる瓶底メガネが盛大にズレている。


 少年の名は 五十嵐静流 17歳 高校2年生 いわゆるひとつの「お年頃」である。


 何やら夢を見ているようだ。


「あ、あ、うわぁ~ん!」

(ん?何だろ、あれ?手、ちっちゃ!泣いてるのは、僕?)

 声を聴いて看護師のお姉さんが顔を覗き込んだ。


「お腹空きまちたかぁ?ミルクでしゅかぁ?」


「う、う、あ!」

(ち、違うよ!)


「んふぅ。とりあえず、私のおっぱい、飲むぅ?…出ないけどね♡」

 看護師はいきなり前をはだけ、乳房を押し付けてきた。


「ム、ムグゥ!」

(く、苦しい、何だ? この状況は!?)


 看護師の顔は赤く火照っている。目はハートマークになっていた。

「ああん。もっと吸ってぇ♡ いっぱい飲んで大きくなるのよ? 坊や?」


「ふ、ふぎゃぁぁぁ」

(うわぁぁぁぁ)


 視界がブラックアウトした。



          ◆ ◆ ◆ ◆



 目が覚めると、学校の校庭だった。

「あれ?六小?だよな、ここ」

 どうやら小学校にいるようだ。


「何なんだよ、もう。 ん? 何かな?」 

 辺りを見回すと、後ろで何かが落ちる音がした。振り返ると女の子がうずくまっていた。


「キミ、大丈夫?ケガしてない?」


 少年は女の子に近寄った。

 その途端、女の子はくるっと起き上がり少年に飛びついてきた。

 少年は反応出来ずにあお向けに倒された。

 女の子は少年に馬乗りになってユラユラ揺れている。次の瞬間、

 女の子は少年の顔に自分の口を近づけてきた。


「んむぅぅぅぅぅん♡」

「うわぁぁぁぁー!」


少年は身体を捻り、女の子を何とか躱す。


「しずるク~ン、好きぃぃぃ♡エヘ、エヘ」


 女の子は目はやはりハートマークになっている。

 女の子は這いずりながら「しずる」と呼ばれた少年に近づこうとする。


「え?ど、どうゆうコト?」

 後ずさりしながら考えを整理するが頭が回らない。


「しずるク~ン♡」

「こ、来ないでよ!」


 女の子を振りほどき、少年は何とか立ち上がった。少年はおぼつかない足取りで校舎を目指す。

 校舎に入ろうとしたその時、後ろにただならぬ気配を感じた少年は振り返った。

 ちょっと離れた所から、複数の人影がジリジリと近づいてくる。


「しずるク~ン、お医者さんごっこしよっかぁ?」

「もうサッちゃん、しずるクンはあたしと遊ぶの!」


 何やら女の子同士でもめている。するとまた違う女の子が現れた。


「ちょっとアンタたち!しずクン嫌がってるじゃない!」

「真琴か?! ってか小さい! ちょっとこれ、どうゆう状況?!」


 少年に声を掛けたその女の子は、少年の顔見知りらしい。


「もうッ! しずクン! 一体何をやらかしたの? つうか、いきなり呼び捨てされちゃった!?」

「僕にも何が何だかわからないよ!」


 そうこうしている間に、女の子たちはユラユラ揺れながら群れを成し、少年たちを包囲した。


「まこちゃんばっかズルいぃ~、しずるクンはみんなのものなの!」


「「「「しずるク~ン♡」」」」


「うわぁぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁぁ!!」


 そのまま二人を飲み込まんとしたとき、再び視界がブラックアウトした。



          ◆ ◆ ◆ ◆



「う、う~ん、真琴ぉ、助けてくれぇ」


 ドサッ


 積み上げていた本が落ちた音で、少年は目が覚めた。


「ハッ! ここは? ふう、図書室か……なんて悪趣味な夢?」


 額にうっすら汗を帯びている。ズレていたメガネを直す。 


「オチなし展開の散々な夢だったな。うわ、もうこんな時間!」


 ハンカチで顔の汗を拭い、そそくさと後片付けをし、図書室を出ようとしたその時、



「うなされてたみたいだけど、大丈夫ぅ?」



 振り向くと見覚えのない女子生徒が目の前に立っていた。

 少し大人びた雰囲気で、シャツの上の方のボタンがはだけて、いわゆるデコルテを覗かせている。

 少年は目のやり場に困ってしまう。 


「え? ええ、大丈夫です。 あのぅ僕、そんなにうなされてました?」

「うん、相当。何だったら、あたしが慰めてあげよっか?」


 女子生徒はクネクネと身体を捻りながら近寄って来る。


「夕方の二人だけの図書室……。そそるわぁ♡」


「ひ、ひぃぃ」


 少年ににじり寄ってくる女子生徒、後ずさりしていたがすぐに背中に壁を感じた。



「観念しなさぁ~い♡」



 攻め側が壁に手を突く、いわゆる「壁ドン」の姿勢になったが、通常攻め側は男性であるからして、この場合「逆壁ドン」とでも言っておこうか。

 女生徒は、少年の額に浮かんだ冷や汗を手で拭い、ぺろりと舐めた。


「ああ。野性的な本能をくすぐるイイ香り。たまらないわぁ」

「お、落ち着いて下さい、どうどう」


 上級生に迫られ、何とか落ち着かせようとする少年。


「ああ、夢にまで見た瞬間。まさに至福の時ね。んふぅ」


 女生徒の顔がジリジリと近づいて来る。



「くぅぅぅ」



(このまま奪われちゃう、のか?)


 心臓が早鐘のようにドクンドクン打っている。するとその時、



「ハイ、おしま~い!」



 誰かが女子生徒の後頭部をガシッと鷲掴みにした。【状態異常回復】


「ふぁぅぅぅ~ん、静流きゅぅぅぅん♡」

 

 女子生徒はぺたんと尻もちをついた。


「木ノ実先生!」

 図書室の先生は木ノ実ネネという。


「五十嵐クン? キミはもっと周囲に気を配ってもらわないと、ね?」


 木ノ実ネネは昔の表現で「小股の切れ上がった」イイ女である。「長身のスレンダー美人」という表現の方が現代的に合っているだろうか。


「す、すいません!気を付けてるつもりなんですが…。どうも」

「あなたの【魅了】LV.0はただでさえ厄介な能力なのですから。ミミにもキツ~く言っときますからね?」

「あれ? 母さんと知り合いでしたっけ?」

「ただの腐れ縁?てとこかしら? ミミと静クン、とはね」

「父さんとも知り合いだったんですか?」

「ええ。あなたのお父さんはイイ奴だったわよ? 何をやらせてもピカイチだったわ」

「へー、そうだったんですか? 意外だなぁ。僕はグータラだった父さんしか知らないから」

「探検家なんてやってなかったら、今だって……」


 ネネは遠い目をしている。


「昔の父さんの話、もっと聞かせてもらいたい……かも?」

(母さんからは何も聞いてないんだよなぁ)


「はいはい昔話はまた今度。さあ、早く帰りなさい。それと、くれぐれも注意するのよ?」


 そう言ってネネは、少年のオデコをつんとつついた。

 凄んでいるつもりだが、どこかお茶目で可愛く見えた。


「はい、以後気を付けます。では、失礼します」パァ


 少年は笑みを浮かべたあと、深々と最敬礼をし、図書室を出た。


「全く、あの子ったら、もう」

(ふうぅ。いけない、うっかりあの子と静クンを重ねてしまいそうだったわ)


「さぁて、3-Cの斎藤さんだったかしら? 気分はどう?」


 ネネは放心状態で座り込んでいる女生徒の方に椅子を向けた。

 先ほどの女生徒が正気を取り戻した。


「あれ? あたしってば、愛しの静流クンとイイ感じになってた……と思ったんだけど?」

「ハイハイ、そうゆう妄想は帰って自分の部屋でやってね?」

「はぁい、失礼しまぁす」

(まぼろし? でもまだ感触が……)


 女生徒を見送ると、先生はふとある疑問が浮かんだ。


(ん? 魅了されてたんじゃないの? まあ、イイか。彼、一部の女子に人気があるらしいし)


 ネネは、素でモテ要素がある上に【魅了】の能力まで備えた彼であるがゆえに、結果的に異性との関わりを制限されている彼が不憫でならなかった。


「全く残念な能力だわ。合掌」

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