エピソード2

 ネネに挨拶をしたあと、図書室を出て真っ直ぐに昇降口へ。靴を履き替えようと下駄箱を開ける。


「ん? 手紙?」


 いわゆる「ラブレター」のようである。


「またか。どうせ【状態異常】みたいなのが付与されてるヤツだろ? 気持ち悪いヤツ。」


 中を見ずにとりあえずメッセンジャーバッグにしまう。


「家に帰ったらアイツに解呪させるか。あーめんどくさっ」


 少年はラブレターがただの悪戯程度にしか思っていない。 


「ふう、今日は散々だったな。さすがにもう、無いよね……」


 学校を出てバス停を目指す。歩道橋を上り、ふと辺りの景色に心を奪われる。


「お、絶景ポイント発見! ああ、目の保養になるなぁ」


 歩道橋の欄干に寄り掛かり、桜舞い散る夕焼けをバックに、桃髪をなびかせ黄昏ている少年の名は、

 五十嵐静流 17歳 高校2年生 いわゆるひとつの「お年頃」である。


「うわぁ、綺麗な夕日!ん?」


空を見上げる。



 べちゃ



「わ! わ! 何だこりゃぁー!」


 鳥のフンがメガネに落ちた。


「はああ、不幸だ……」


 静流のメガネは分厚いレンズの丸メガネ、いわゆる瓶底メガネである。

瓶底メガネを外し、ティッシュで拭いている。


 向こう側から同じ高校の制服を着たメガネを掛けた赤い髪の女生徒が歩いて来る。

 生徒会役員の柳生睦美は、何やら不調のようで足取りがふらついている。


「うーん、ちょっと熱っぽい……かなぁ?」


 歩道橋を手摺につかまりながら上っていく。


「おかしいな、さっきまでは平気だったのに……」


 やっとこさ階段を上り、直線部分をふらふらと歩く。途中、静流とすれ違うが、気にも留めなかった。

 下りの階段を降り、中間の踊り場に着いた。


「ふう。ちょっとこれ、ヤバいな。保健委員の亜紀子に【キュア】掛けてもらっときゃあ良かったわ」


 踊り場から下の階段を降りようとしたその時、突然めまいが起きた。


「あ、れ?何だろ?」意識が遠のいていく。


 急に体の力が抜け、階段を落ちていく、その刹那、



  がしっ



 睦美はタッチの差で静流に抱きかかえられた。ありていに言って「お姫様だっこ」である。風圧で桜が舞う。いわゆる「映える」というやつだ。


「ふう、危なかった。とりあえず【キュア】と念のため【ヒール】これで大丈夫? かな?」


 静流は睦美の顔を覗き込む。睦美のズレたメガネを直してやる。


「綺麗なひとだな。は、いかんいかん」首をぶんぶんと振る。

「あれ、この人って確か生徒会の、柳生先輩?」


 抱きかかえられた女生徒は、ふと目を覚ました。


「う、う~ん、はっ!」

「だ、大丈夫ですか? 柳生先輩、ですよね?」

「そうゆうキミは、はて、誰だったかな? ん?その桃髪はまさか……」

「よかった。とりあえず【キュア】と【ヒール】掛けときましたので、立てます?」


 お姫様抱っこから解放された睦美は、後ろを振り返り、驚愕した。


「あ、ありがとう。え? 私はあの高さから落ちたのか?」


 中間の踊り場から歩道まではざっと20段ほど階段がある。約3mの高さから落ちたのだ。

 階段を転がりながら落ちるとなると、相当ヤバかった。



「ええ、かなーり、ヤバかったですよ♪」



 静流は、はにかみつつ微笑んだ。すると、突然周辺がピンク色に染まる。


「きゃ、きゃるる~ん!」


 睦美の瞳にハートマークが浮かび上がる。


「わ! しまった、【魅了】が! まずいメガネ、メガネ!」


 あわててメガネをかける。


「キミ、イイネ、とってもイイよ、ナイスですねぇ~♡」ずずずいっと迫ってくる。


「間に合うか?【幻滅】!」ポゥ


 黒い霧が静流の手にまとわりつく。


「ハアハア、もうたまらんッ♡」


 抱き付こうとする睦美に、黒い霧がまとわりついた手を睦美のオデコにポンと乗せる。

 しゅうううう。

 ピンク色だった周囲が元に戻っていく。


「へ? あれ? どうしたんだ? 私は?」


 疑問符がいっぱい飛び交っている。


「もう大丈夫ですよね? じゃあ、僕はこれで!」


 シュタッ!とこの場から全速力で立ち去る。


「ちょっとキミィ、待ってくれ!」


 睦美は慌てて引き留めようとしたが、もう遅かった。

 状況がまだ飲み込めない睦美は呆けたように立ち尽くしていた。


「あの桃髪は、あの方の近親者……なのだろうか?」


 そんな思考を巡らせていると、睦美はあることに気付いた。


「ふむ? さっきまでのダルさが全くない! 何か体が軽いぞ?」


 静流の回復魔法が効いたのか、睦美はすこぶる快適に帰宅した。


 もういいかって思う距離まで来た静流は、ため息交じりにつぶやいた。


「ふう、なんとか胡麻化せたかな? う、しまった、【忘却】掛けなかったけど、大丈夫かな?ま、【魅了】は相殺できたんだし、問題ないよね?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る