第13話 冒険者たち(13)

 この旅に出てから驚かされてばかりだったが、おそらくこれが一番の驚きだっただろう。

 シェイプチェンジャーは数は少ないものの、エルフやドワーフに次ぐ割とポピュラーの種族である。

 この種族を簡単に説明するならば、『自分の意志で変身ができる獣人』だ。

 変身できる種類は遺伝するもので、生まれながらに決まっている。

 また、変身後に暴走することもない。


 そこが、同じく獣化するライカンスロープとの大きな違いだ。


 ライカンスロープは、言ってしまえば獣人感染病という病気だ。

 大きな特徴として、満月が近づくと本人の意思に関係なく変身してしまったり、変身後は記憶がなくなり暴走状態になることがあげられる。

 極めつけは嚙みつくことにより眷属を増やせるため、しばしば討伐対象となっていた。


 そしてシェイプチェンジャーは、獣人感染病であるライカンスロープと同一視され、しばしば差別を受けていた。

 そのため、大概は自分がシェイプチェンジャーであることを隠しているのだ。


“あなたが複雑な生い立ちで、最近まで自分がシェイプチェンジャーだと知らなかったのだから、これも知らなくて当然なんだけど……シェイプチェンジャーというのは数が少なく、種の保存に対して意識が高い種族なの。だから、その集落の長の権限によって、生まれる前から決まった相手が約束されていてね……”


「……え?」

 話の流れで、その先を読み取ってしまう。


“あなたとリア……いえ……リードは、生れる前から許嫁として決まっていたみたいね”


 あまりの話に言葉が詰まる。

 ほんの1年前、婚約者と結婚式を挙げようとしていた自分には、すでに許嫁がいたというのだ。

「……彼は、知っていたのですか?」

 ザナはもう一度深く目を閉じ、ゆっくりとした動きで水晶玉に手を伸ばす。


“……知っていたみたいね。8年前に興味本位で、あなたに会いに行ってるわ。覚えてない?”


 ──8年前……私が9歳の時……

 ──もし、本当にリアさんが会いに来ていたとしたら、彼は16歳くらい……

 ──剣士……冒険者……リード・フィックス…………リード……リードっ!?


“ようやく思い出せたみたいね”


 ザナの言う通り……たしかに、いた。

 村長の遠い親戚の子という紹介で、ふらっと現れて半年ほど村に住んでいた、リードと言う名の青年剣士。

 強くて優しくて……私はリードを兄のように思い慕っていた。


「でも、リードは私と同じような銀髪で! 両手もちゃんとあったし……リアさんは黒髪で……」

 記憶が混迷しているのが、自分でもわかる。

 それでも逆巻く記憶の渦の中で、たしかに2本の刀を腰に差すリードの姿を思い出す。


“今、この遺跡で介抱しているリードは、銀色の毛並みをした片腕の人狼よ。リアを名乗るときは、あなたにバレないように毛の色を染めてたんでしょう。シェイプチェンジャーは獣化するたびに毛が生え変わるから、もとの毛の色が出てきたのよ”


 獣化するたびに毛が生え変わる……確かにそれなら、いろいろと合点がいく。

 なにより本能で、リード=リアだと納得してしまっている。


“これは、女としての意見だけど。ちゃんと彼と向き合うつもりなら、自分で思い出したほうがいいんじゃないかしらね?”


「そんな……私は今さら……そんな気は……」


“あなたの身に起きた事件の傷は、そう簡単に癒えないってところかしら。そもそも、あなたは人間になりたいんだものね。それはシェイプチェンジャーであることの否定……言い換えれば、彼を否定するようなものね?”


 なぜかザナが、嬉しそうにほほ笑んでみせていた。


“でも、皮肉よね。シェイプチェンジャーへの偏見を、その身をもって経験しておいて、シェイプチェンジャー自体を嫌い否定するなんて。結局は、あなた自身も他の人間と同じで、シェイプチェンジャーに対して偏見をもってるんじゃない?”

 すべてを見透かしているかのような赤と蒼の瞳が、鋭い刃のように心を突き刺す。


「……私が人間だったら、あんなことは起きなかった。それは、事実です」


“そうね。でも、この事実は知っておいてもいいと思うんだけど……どうかしら?”


 何を……と、不安気な表情のハーミアに対して、ザナはやはり意味深な笑みを浮かべる。


“このままじゃ、あまりにリード君が可哀そうだもの。あのね、彼が手を失ったのは、あなたの村を去ったその日のことよ。それもあなたの目の前で、あなたの父親と対峙してね……肝心なあなたは、気を失っていたみたいだけど”


 もはや、何も言葉は見つからなかった。

 何を話せばいいのか、何を考えればいいのかすらわからなかった。

 ザナはこの2回の啓示だけで、どこまで見れているのだろう。


“やっぱり、興味はあるみたいね。じゃあこれを、前金がわりの報酬としましょう”


 ザナが、引き出しから小さな水晶を取り出す。


“これは、一度だけ魔力の増幅ができる魔水晶よ。もしあなたが、その時の出来事を知りたいと強く思ったなら、これを使ってプラティーン様に啓示を求めなさい。きっと応えてくれるわ”


 返事を待つこともなく、ザナはハーミアの手に魔水晶を握らせる。


“さぁ、交渉は成立よ。がんばって、イセリアの恋を成就させてやりなさい”


 そうやって彼女は、考えのまとまらぬハーミアの背を強く押すのだった。

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