第14話 冒険者たち(14)

 1時間ほどして、ハーミアとイセリアが戻ってきた。

 そのころ一行は、マントなどを使って簡単な風除けを作り、ようやく一段落ついたところだ。


 サイの釣った魚で、先に食事を済ませたルーとユーンは、疲れもピークに達していたのだろう、すでに深い眠りの中にいるようだ。

 カーリャとサイは眠そうにしながらも、待っていてくれたようだ。

 レシーリアはいつもの調子で、疲れてるのか眠いのかすらわからない。

 イセリアは明日の出発を約束し、再び海に戻っていった。


「さて、疲れてるでしょうけど、どうだったのかしら? 何処まで話すのかは、あなたの判断でいいわ。話してくれる?」

 レシーリアが水袋に口をつけて、説明を促す。

 それに対し、ハーミアが風になびく銀色の髪を右手で押さえつけながら、静かに頷いた。

「まず……ザナさんについては、一言で“油断ならない相手”です。月魔法使いとしても、プラティーンの神官としても、かなりの力を持っています。イセリアを人間にするというのも、嘘ではないようです」

 ふむ、とレシーリアが頬に手を当てる。

 人間にできるなんていうふざけた力は、プラティーンの奇跡で間違いないだろう。

「今後ですが……まず、私たちはイセリアの力を借りて、レーナに帰ります」

 一つひとつ思い出しながら、言葉を並べていく。


 島からの航海は、イセリアがこの日のために用意した舟を使うことになる。

 用意といっても、海難事故にあった船から拝借した脱出用の小型船だ。

 船の推進力は、風と、イセリアが召喚するオケアニデスだ。

 イセリアには、ザナが用意した大量の魔晶石(魔力の補給ができる使い捨ての石)が渡されていて、精神力が尽きそうになればそれを使い、オケアニデスの召喚を維持する予定だ。


「レーナに着いたら、イセリアの意中の人を探して会えるようにします。そこまでが、イセリアとザナさんの依頼です。イセリアはそこで薬を飲んで人間になり、ザナさんは声を取り戻すそうです。イセリアは声を失いますが、それは了承済みと聞いてます」

 できるだけ感情を殺して説明する。

 ハーミア自身は納得できていない。

 しかし、ここで反対されては元も子もない。

「う〜ん……イセリアが納得してるんならいいんだけど。それにしても、そんなことができる神様なんて、いるんだね~。とりあえず、意中の人ってのを、どうやって探すのかが問題なのかな」

 カーリャが唸りながら腕を組む。

「それは、イセリアから特徴なりを聞き出せれば、なんとでもなると思うわよ、リーダー?」

「……またそうやって、馬鹿にする」

「腐んないの。今はとりあえず、レーナに帰ることが先決よ。レーナにさえ帰れれば、何とでもできるわ。そうでしょ?」

 レシーリアの考えはシンプルだが、それだけに正しい。

 実際レシーリアは、レーナにさえたどり着ければそれでいいわけで、イセリアの相手を探すだの、ザナの声だのは無視してもいいとさえ考えていた。

「考えは、まとまったか? 俺はもう寝るぞ」

「あっ……ごめんねぇ。あんたは今日、大活躍だったものね。カーリャも寝なさい。しばらく私とハーミアで見張りをして、そのあとユーン達と代わるから」

「うん、そうさせてもらう~」

 言いながら目を閉じて横になる。

 二人が寝息を立てるのに、さほど時間は要さなかった。


「さて……話せる範囲で、ね?」

 みなが寝静まったのを確認し、レシーリアが言う。

 ハーミアは、レシーリアにはできる限りのことを話そうと決めていた。

 彼女は聡明で、すでに信頼に足る人物だと、そう感じていた。

「どこから話せばいいのか……。まず、知っていると思いますが、私はプラティーンの神官です。成就を願っていることは、人間になることで……私は……シェイプチェンジャーです」

 種族については、知らない情報だったのだろう。

 レシーリアは、表情こそ変えてはいなかったが、言葉を詰まらせていた。

 これからパーティを組むのだから、いずれ話さなくてはいけないことだし、話すとしたら最初はレシーリアだろうと思っていた。

 レシーリアが自分と同じく迫害を受けやすい『ハーフエルフ』という種族であり、かつレシーリア自身がとても理知的に感じたからこそ、打ち明ける覚悟ができた。


「私がプラティーンの神官になろうと……人間になりたいと思ったのは、1年ほど前……村から逃げ出した日のことです。その日、私は村長の息子のエヴェラードと、結婚式を挙げることになっていたのですが……私、式の途中で、なぜか勝手に獣化してしまって……」

 レシーリアの顔色が僅かに変わる。

「勝手に獣化って……シェイプチェンジャーは、自分の意志で獣化を自在にできることが特徴でしょ? それじゃまるで、ライカンスロープじゃない?」

「……でも獣化後、獣人状態でも私の意識は保っていました。それにその後、ライカンスロープの感染病の検査をしましたが、やはりそちらは問題ありませんでした。私は人間の村で、人間の母親に、人間として育てられていたので、獣化する方法も知りませんし……だから、どうして獣化してしまったのか、それすらわかりません」


 レシーリアが顎に指を当てて、視線を落とす。

 ……そうなると、出生自体に何か秘密がありそうだ……

 少なくとも、ただの村娘として生まれ、何ひとつ疑うことなく人間として生き、愛しい人との結婚式で獣化してしまうとは……不幸すぎて、慰めの言葉すらかけられない。


「とにかくその時に、私……」

 冷静に努めようとしていた感情が、少し高ぶってしまう。

「私は婚約者に斬られて……彼はすごい怖い顔してて……すごく怖くて……私自身も、人間じゃないって、初めて知って……ショックで……怖くて……逃げて逃げて……私が人間だったら、きっとあのまま幸せになれたのに……」

 ハーミアは少し声を震わせながらも、気丈に話そうとしていた。

「それからプラティーン様の神官として目覚めて、冒険者になりました。でも……信仰している神様のことも、自分の種族のことも誰にも話せなくて……」

「そう……つらかったわね」

 レシーリアがハーミアの頭に手を置く。

 ハーミアにかけられる言葉は、それくらいしか見つからなかった。


「私……私は……」

 そこでまた、堰が切れたかのように感情があふれ、瞼が熱くなる。

 景色がみるみると歪んでいく中で、船上で同じように頭に手を置いたリアのことを思い出す。

 ついで、リードのことも……

 そして、ふたつの姿が頭の中で重なっていく。

 ……やはりリードと同じだ。

 あの人も、子ども扱いするかのように頭に手を置いていた。


「そうやって……今のレシーリアさんのように、何度も私を助けてくれた人がいました。私はこれから、彼のことをたくさん知らなくてはいけない」

「……彼?」

 黙ったまま、銀色の髪を揺らせながら頷く。

「はい。でも……彼については、私個人だけの話ではないので……彼については、またいつか機会があれば。今は、これでいいですか?」

 レシーリアは肩をすくめるようにして、優しく微笑んだ。

「それで……その彼とやらは、今も生きているの?」

「はい。ザナさんの話によれば、生きています」


 そうか……


 リア・ランファーストは生きている……か。


 レシーリアは、あえて『彼』の見当がついていることを、話さなかった。

 そして、なんとなくだが、色々なことが見えてきていた。


 ヨグ戦で生き残った船員は、そこで寝転がっている一人だけだろう。

 船上に転がっていた死体……あれは、おそらくヨグに体を乗っ取られて、リアに斬り倒されたのだろう。

 折れたユングの刀身に血がついていたし、まず間違いないはずだ。

 ただ、刀傷についてはこれで説明がつくが、獣に噛み千切られたかのような傷跡についてはわからない。

 ヨグや船員との戦闘でユングが折られて武器を失ったリアが、獣のごとく噛みついて……?


「あっ!」


 思わず声に出る。

 ハーミアが目線をこちらに向けてくるが、適当に笑顔をつくって誤魔化した。

 そうか、獣化して戦ったのか。

 つまり、リア・ランファーストもまたシェイプチェンジャーなのだ。

 それならば同族のハーミアに、やたら気をかけているのも説明が……いや理由としてはまだ弱いが、十分すぎる接点だ。

 だとしたら……


「あとひとつだけ。彼……については、ザナから聞かされて知ったのよね?」

 ハーミアは少し不思議そうな顔をしながら、黙って頷いた。


 ザナは、ハーミアが来ることを知っていた。

 そしてリアについても、信託で情報を得られた。

 つまりこの二人もまた、ザナの運命に深くかかわっていく未来を持っているということだ。

 レシーリアは、まだ見ぬザナに対し、なにか得体のしれない大きな闇を感じた。

 自分の手には負えない危険な相手、関わってはならない相手だと本能が訴えかけていた。

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