第11話 冒険者たち(11)
先ほどから聞こえていたあの歌声は、“彼女”のもので間違いない。
冒険者として中堅のレシーリアでも、初めて見る存在だ。
それでも、ひと目で“彼女”が何なのか理解できた。
腰まであろう薄く透き通る青い髪は、水の滴でキラキラと輝いている。
女性特有のやわらかな線が赤い月に照らし出され、その線が腰の辺りから見慣れぬ動きをみせていた。
彼女は人魚だった。
あまりの美しさと神秘的な光景に、一行はしばらく言葉を発せられなかった。
やがて彼女は歌うのをやめ、やわらかな笑顔を見せてくる。
「マーメイド……ね。言葉はわかる?」
とりあえず、共通語で話しかけてみる。
「この中に精霊魔法を使える人はいますか?」
流暢な共通語で、彼女は答えた。
レシーリアが振り向き、サイとユーンに目で合図を送る。
サイはユーンの様子を窺いつつ、レシーリアの横に並んだ。
「俺と、後ろにいる彼女が精霊魔法使いだ」
そう答えると、なぜか彼女は少しうれしそうにしながら精霊語で話しかけてくる。
サイは少し戸惑いながら精霊語で短く答えると、ユーンもそれに続いて何かを答えていた。
「やっぱり……おばさまの言ったことは、本当だったのね!」
彼女は満面の笑みを浮かべて、海に飛び込んだ。
そして砂浜まで一気に泳ぎ切り、レシーリアたちの前で体を器用に引きずって上半身を起こす。
カーリャやルーは、生まれて初めて見る神秘に、ただただ見とれているだけだった。
反してハーミアは、冷静に注意深く彼女を観察しているようだ。
「えっと……共通語でいいのかしら?」
「はい!」
レシーリアは、希望に満ちた彼女の瞳に、自分のペースを乱されそうになる思いがした。
「私はハーフエルフのレシーリアよ。質問、いくつかいいかしら?」
「もちろん! 私はマーメイドのイセリアです」
「……えっと、いま歌っていたのはなに? 私には、あの赤い霧を退けたように見えたんだけど」
「あぁ、それは私の部族に伝わる退魔の呪歌ですね」
さらりと言うが、レシーリアは呪歌というものを聞いたことがなかった。
「ルーは、バードでもあるのよね。知ってる?」
しかしルーは首を横に振る。
「バードの歌に呪歌なんてものはないし、月魔法にもそんなものないですよ~」
「……あの、レシーリアさん」
ユーンが控えめに手を挙げる。
「さっきの歌、精霊語です。きっと、精霊の力を借りた特殊な歌なんだと思います」
おぉ……さすがは精霊使いと感心していると、イセリアが笑顔で答えた。
「そうです、私たちは精霊とともに生きているので、日常的に精霊語を使います。もちろん歌もです」
「それは……すごいな」
「なにがすごいのよ、サイ」
「精霊語で話すと、自分の感情や思考を隠すことはできないんだ。心の内の、すべてを見せてしまうことになる。そんな無防備なこと、俺にはできない……」
なるほど、たしかにそれは厳しい。
会話による駆け引きこそがレシーリアの武器でもあるのに、心の中を丸裸にされては何もできないだろう。
「う~ん……じゃあ、あの赤い霧は知っているの?」
「ヨグのことですね。昔はあんなに大きくなくて、私たちの歌でも十分消せてたんですが……今はあまりに大きくて、人族の船にまで影響が出てしまってます」
またしても“ヨグ”だ。
そんなにも、その名は有名なのだろうか。
「ヨグって名前は、部族の中でも知られているのかしら?」
イセリアは首を横に振り、思い出すようにしながら言葉を並べる。
「私たちの部族では、昔から“赤霧の魔物”と呼んでいたんですが……ヨグという名前は、おばさまに教えてもらったんです。なんでも大昔に、この海域で“ヨグ・ソートホート”って邪神が封印されて、その“気配”だけが、未だに霧状になって残っているとかで……」
「はぁ? 邪神の気配? あの赤い霧が?」
そんなもの、初めて聞いたけど……リアも知っていたのだろうか。
「そうです。ヨグの気配は、強い人から強い人へと乗り移って行って、ヨグを復活させるために何か悪いことするとか……おばさまが言ってました」
「ちょっと待って。あなたの言う“おばさま”って何者? 聞いた感じだと、同じ部族の人じゃなさそうなんだけど?」
「おばさまは人族の月魔法使いで、プラティーンっていう神様の神官でもあって、何でも知ってるんです」
「プラティーンですって?」
思わず声を上げてしまう。
「へぇ~~私、初めて聞いたよ。そんな名前の神様いるんだ~」
「カーリャは世間知らず過ぎるのよ」
うっ……と、カーリャが顔をひきつらせる。
まぁ、しかしプラティーンはマイナーな神ではある。
正直、あまり大っぴらに信仰していることを公表できない神だ。
理由はその教義にある。
「白金なる月の神プラティーン。教義は“白金の月へ至る道を求め、其を阻む物すべからく闇へ捨てよ”……よね?」
つい最近、その資料を見たばかりなので、すらすらと答える。
しかしカーリャ達は、意味がわからないのかキョトンとしていた。
この教義を簡単に説明すると、自分の欲望を叶えるためならば、何をしてもいいというものだ。
そしてプラティーン神は、信者に対し、より明確な啓示を与えて欲望をかなえる手助けをするという。
問題なのは……
例えば、信者が自分の欲望を叶えるために他者を殺したとしても、教義上ではよしとされていることだ。
むしろそれは信仰心の現れであり、より信徒として力を得られる。
そのためプラティーン信仰は、一般的に邪教の扱いを受けていた。
もちろん、“他者を殺さずに願いをかなえたい”と考える者ならば、それに準じて行動をすれば、同じように啓示をもらえるし力も得られる。
結局のところ信仰している人次第で、黒にも白にもなるのだ。
しかしまぁ一般的にはそんな判別をすることなく、短絡的に“邪教”の烙印を押される。
迫害や差別が、この世から消えないのと同じような理由だろう。
ちらりとハーミアの表情を盗み見ると、やはりというか複雑な表情を浮かべていた。
そうだ。
リアの残した情報によると、彼女はプラティーンの神官なのだ。
「そうです。そして、おばさまが予言してくれたんです。赤い月の周期に、精霊魔法使いが2人いる冒険者グループが現れて、その人たちを手助けすることで、私の願いが叶うって!」
「……願い?」
「はい! 私がみなさんをレーナまでお送りすると、私は人間になれるんです!」
人魚は目を輝かせて、そんなことを言ったのだ。
突然すぎる話の展開に、一行は一度、話し合いをすることにした。
イセリアは、その“おばさま”とやらに、自分たちの中から1人だけ代表者を連れてこいと言われているらしい。
本人は、よほど待ちきれないのか、そわそわしながらこちらの様子を窺っている。
レシーリアはとりあえず気を失ったままの船員の手足をしばると、ハーミアに薬草で治療を頼んだ。
「カーリャ、話を進めて」
油断していたのか、カーリャが間の抜けた表情でレシーリアを見る。
「なに、呆けてんのよ。いい機会だから、みんなにも言っておくけど、あたしはこのパーティのリーダーになるつもりはないわ。リアにはレーナまでみんなを生還させて、よければパーティをそのまま組んでくれと言われてるんだけどね。で、私はこのメンバーでパーティを組んでもいいと考えている。みんなはどう?」
割と唐突な話なのだが、みんなそれほど驚いた様子はなかった。
「私はもちろん賛成だよ」
最初にカーリャが答える。
次にルーが「僕も」と続く。
「俺も、いずれは誰かと組むつもりだったし、かまわない」
サイも快諾のようだ。
「私……ここから生きて帰れたら、このメンバーがいい……」
ユーンは、やはり控えめに答える。
自然と、残りのハーミアに視線が集まる。
ハーミアはリアの言葉を思い出していた。
そして少し考える素振りを見せ、やがて黙ってうなずいた。
「じゃあこれからは、パーティとしてがんばって行きましょ。……で、話を戻すけど、あたしはリーダーになるのは御免よ。個人的にはカーリャがいいと思うんだけど、どう?」
しかしカーリャは、ぶんぶんと首を横に振る。
「ちょ、ちょっと、私、そんなの無理だよ。リーダーならリアさんに!」
「今いない人に頼ってどうすんのよ。ちゃんと、サポートはしてあげるから……ほら」
グイっと引っ張り出すようにし、カーリャをみなの前に立たせる。
「だって、みんなだって、私じゃ嫌でしょ?」
「う~ん、レシーリアもいるんだし、いいんじゃないかな~カーリャ強いし」
「ルー……あなた、完全にデスマス抜けてるわ」
ジト目のカーリャに、ルーが可笑しそうに笑う。
「だって、もう仲間なんでしょ?」
「むぅ~、みんなは? 嫌じゃないの?」
「俺は誰でもいい。たしかにリアやレシーリアの方が経験はあるが、レシーリアはパーティにいるわけだし……まぁ、とりあえずカーリャでいいんじゃないか?」
ハーミアとユーンも、それに頷いて応える。
「えぇ~、リーダーってそんなもの?」
「そんなものよ。面倒くさいだけ。……さ、話を進めて?」
パンパンと手をたたいて話を区切らせ、カーリャに顎で合図をする。
結局仕切ってるじゃないと口をとがらせるが、やがてカーリャもあきらめたのか、しぶしぶと話を進め始めた。
「え~じゃぁ……えっと、なんだっけ?」
「いきなり不安にさせないでよ。船員と、イセリアと、今後について、よ」
それでも、こんな状況でみんなを笑顔にさせるんだから、やはり資質はある……はずだ。
「そうそう、それ。えっと、船員については、まだ気が付かないけど……安全が確認できるまでは、縛っておこうって話よね。明日になっても目覚めなければ、ハーミアの治癒魔法で治してもらう。それまでは、とりあえずハーミアの薬草で治療……ってそうれはもう終わったんだったね。ありがとう、ハーミア」
ハーミアは曖昧な表情で頷く。
「で、今後よね。とりあえずここから戻るのに、イセリアや“おばさま”って人の力を借りるしかないと思うんだけど……」
「は~い、賛成デース」
ニヤニヤしながら、レシーリアが手を挙げる。
「くぅ~、何か釈然としない。じゃあ次は、誰が行くかよね。私はやっぱり、レシーリアがいいと思うんだけど」
「は~い、反対デェス!」
今度はシッシッと手を払う。
「え~、こういうのって経験豊富で判断力のあるレシーリアの方が……」
「だぁめよ。この場合は、リーダーか、月魔法使いか、神官よ。相手が相手だし、話が通じる人がいいと思うわ。私はただの盗賊で、その辺わからないから」
「じゃあ僕は、遠慮しとこうかな~」
先手必勝とばかりにルーが答える。
あぁズルい! とカーリャが声を上げるが、こういうのは言った者勝ちだ。
「私……行きます」
意外にも、そう答えたのはハーミアだった。
目を丸くする一行の中で、レシーリアだけは、そうなるのがわかっていたのか、ふ~んといった表情を見せる。
「ま、がんばんなさい。色々聞いてくるといいわ」
「……はい」
レシーリアは自分が信仰している神のことを知っているはずなのに、なぜかその言葉は優しいものだった。
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