第10話 冒険者たち(10)
「レシーリア! 早く!」
カーリャがレシーリアを呼んでから1分も経っていない。
しかしその切迫した声から、何か問題が起きたのだと即座に理解した。
「ごめん、お待たせ! 何があったの?」
「人が……生存者がこっちに向かってきてるの!」
……生存者?
たしかに何人かは海に飛び込んだようだし、肝心なリアもいなかったが、にわかに信じがたい。
レシーリアには船の上に残されていた不可解な三つの死体と、血塗られたユングの破片が気になっていた。
あの出来事を、見て見ぬふりはできない。
カーリャたちはすでに火をおこし終えていて、不安気に海のほうを見つめるユーンが炎に照らし出されていた。
「まだ上陸してないわね? カーリャ、ちゃんと武装しなさい。ユーンとルーは私たちより後ろにいなさい。魔法の準備は常にしておいて」
テキパキと指示を出し、腰に差すダガーをいつでも抜けるように確認する。
「レシーリア、生存者だよ?」
武装の指示に疑問を感じたのか、カーリャが疑念の思いを告げるが、レシーリアはさらに厳しい口調でそれを返した。
「安全の確認が取れるまで、疑わしくはすべて敵よ。冒険者としてやっていきたいなら、いついかなる時も警戒しなさい。誤った判断や油断は、自分だけではなく仲間も殺すわ」
カーリャはそこまで言われて、またしても己の覚悟のなさを痛感する。
そして深呼吸を一つし、自分の両頬をパンっと小気味よい音をならして叩く。
「私の武器、捨てちゃったから、リアさんの借ります!」
そう言って、ザイルブレードと折れたユングを腰に差す。
海に飛び込んだ時に三本は重量オーバーと判断し、自前の武器を破棄したのだろう。
なるほど、その決断の早さや思い切りの良さは悪くない。
「あんた、やっぱりリーダー向きね。あたしはそういうの嫌だから、パーティを組みたいのなら精進しなさいな」
突然の話で目を丸くするカーリャに笑顔を見せ、急ぐわよ、とサイ達のもとに駆け出す。
押し付けようとしているわけではなく、実際リーダーには決断力以外に必要なものがある。
カーリャは単純で真っすぐな性格だ。
それは正直、馬鹿がつくほどのもので、時に愚かにも見えるだろう。
それでもそれは好ましくもあり、どこか羨ましいものでもあった。
パーティのリーダーに必要なものは冷静な判断力や大胆な決断力だが、一番大事なものはリーダーの思想や性格だとレシーリアは思っている。
それはそのままパーティの指針となり、パーティの色となり、パーティの性格となる。
自分でもある程度うまくまわせるだろうが、自分のような擦れた性格の盗賊よりも彼女のような真っすぐな人物のほうがいいパーティになるだろう。
おそらくそれは、リアよりも、だ。
その色はきっと自分では成しえない、眩しく温かいものだ。
前に自分がいたパーティも、そんな空気ではあった。
……そのまま、ほんわか結婚までして冒険の幕を閉じるとは思ってもいなかったけど……
「きたか。向こうも、そろそろ上陸だ」
サイの言葉に頷いて、海のほうに目をやる。
たしかに、こちらに向かって泳いで近づいてくる黒い影が見えた。
「ハーミアはルーたちのところまで下がって。……で、サイ。あんたの目では?」
言われてすぐに、精霊使いの眼のことだと理解する。
「あぁ、もう見た。いくつかの精霊も見えてるし、ぱっと見は……生きた何かだ」
人間だと言わないあたり、彼らしい。
「ただ……アレと同じく、ほかの精霊を寄せ付けない“無”もあの中にあるように感じる」
アレとはリアが言っていた、霧の魔物“ヨグ”のことだろう。
頭の中で警戒しろという言葉が鳴り響いているかのようだった。
「全員、いったん後ろに下がるわよ。とりあえず上陸を待って会話を試みる。場合によってはそのまま戦闘よ」
後衛の三人は、“戦闘”の言葉に緊張感が増したようだ。
サイは黙ったまま銀製の槍を軽く握り影を見据えている。
槍使いとは組んだことがないから戦闘方法があまりわからないが、リーチは一番あるだろう。
カーリャはザイルブレードに手をかけて、足を軽く開き腰を落としていた。
リアの資料によればどっかの剣術道場の娘とかなんとかで、リアと同じ抜刀術とかいうのを使うらしい。
リアのことだ。
どうせ自分の武器を渡すことも視野に入れて、自分と同じような剣術を使う彼女をわざわざ選んだのだろう。
まさに、仕掛けは上々、あとは仕上げを御覧じろってやつだ。
レシーリアも太もものベルトに複数差している、柄のない投擲用の武器“スローイングダガー”に手をかける。
黒い影はようやく上陸し、ゆっくりとした足取りで一行に近づこうとしていた。
声の一つも出さないのがあまりに奇妙で、警戒心が否が応でも高まる。
「止まりなさい。あんた、フレイルの船員?」
レシーリアの言葉で、黒い影……今ははっきりとそれが船員の一人だとわかる……が足を止めた。
船員はしばらく何も答えず、首をかしげるような動きをし、のどをさする。
やがてざらついた声で、たどたどしく答えた。
「ブキヲ…ヨコセ」
うん、これはもう人じゃない。レシーリアははっきりとそう思えた。
「……人じゃないわね。あんた、なに?」
「ヨコセ……ブキカ……カラダヲ……」
「ひどい口説き方ね」
言って問答無用でダガーを3本引き抜き、そのまま動作を止めずに1本だけ投げつける。
鋭い軌跡で飛ぶダガーが、船員の右腿に突き刺さる。
が、意に介した様子もなく平然とまた歩きはじめた。
「魔法は基本温存、使っても援護でのみよ。サイはルーとハーミアを守って。カーリャは極力殺さない程度に攻撃、気絶狙いで行くわよ」
サイが黙って後ろに下がるのを確認すると、レシーリアはスローイングダガーを構えたまま横に横にとじりじり移動する。
カーリャは正面から迎え撃つべく、さらに足を開き腰を落とす。
男は腿に刺さっていたダガーを強引に引き抜き、右手でそれを握り直した。
いたずらに武器を渡してしまったかと少し後悔するが、男が少し足を引きずっているところ見ると、まったくの無駄というわけでもなかったようだ。
痛覚はないが、肉体的なダメージはしっかりと入っている。
さらに砂浜という足場の悪さも手伝って、より鈍重な動きとなっていた。
レシーリアは男の横まで移動すると、スローイングダガーを二本同時に男の左足めがけて投げつけた。
男はやはりかわさず、ふくらはぎに2本のダガーが突き刺さる。
それを合図に、カーリャが大きく飛び込む。
一瞬でトップスピードまで加速し、一気に間合いを詰めた。
特筆すべきは、速さとその距離だ。
単純な間合いの長さで言うならば、サイの槍よりも遠くから攻撃ができるのではないかと思えるほどだった。
カーリャは男の懐深くまで間合いをつめ、ザイルブレードを鞘で滑らせるようにして引き抜く。
しかしそれはあまりに近すぎて、刀身など当てられるはずもないのだが、カーリャの狙いはそこにはなかった。
刀の柄の部分を、思い切り男のみぞおちに叩き込む。
「水月っ!」
父から教わった『水月突き』という技だ。
勝負はあったはずだ。
少なくとも相手が普通の人間なら……
苦悶の表情浮かべて崩れるだろう、と予想していたカーリャの動きが一瞬止まる。
男はそれを逃すことなく、そしてやはり顔色ひとつ変えずにカーリャに組み倒れた。
そして馬乗りになり片手で首を絞め、もう一方の手でダガーを振り下ろそうと逆手に持ち変える。
「なっ……」
驚愕するカーリャを救うべく全員が動くが、誰よりも早く動いていたのはレシーリアだった。
しなやかな動きで男の背後に回り、脇で抱え込むよして男の首を絞める。
さらに蜘蛛のように体を複雑に絡めて動きを封じると、男は握っていたナイフを放してしまった。
そして数秒後には、白目をむいて力を失くす。
レシーリアは男の気絶を確認すると、カーリャから引きはがすようにして後ろに向かって乱暴に投げつけた。
「カーリャ、平気? 声は出せる?」
すぐにカーリャのほうを見ると、彼女はひどくせき込み涙をにじませながらも、しきりにレシーリアの背後を指さしていた。
瞬間、背筋に明確な殺意を感じ取り、反射的に腰のダガーを抜いて振り向きざま斬りつける。
しかし、レシーリアのダガーは虚しく空をきっていた。
「……なっ!?」
そこには男の体から這い出るようにして、あの赤い霧が発生していた。
赤い霧は、そのままレシーリアの腕を掴もうかとしているかのように、その形状を変えていく。
反射的に手で払いのけようとした瞬間、何かが身体の中に入ってくるような感覚を覚えた。
そして、はっきりとした声が頭の中に響く。
『ヨグ様のために、頂くぞ』
直感でこれは憑依の類だと思い、すぐさま精神抵抗に専念する。
しかし、そのあまりにも圧倒的な……例えるなら神の意志に抵抗するような……抗い難い力の前に意識が薄れる感じがした。
視界が完全に暗転し、身体の感覚がどんどんなくなっていく。
……これはダメかも……
その時、遠のく意識の中で唐突に、どこからともなく女性の歌声が聞こえる感じがした。
……呑気なものね。こんな時に歌とか聞こえてくるなんて……
しかし幻聴かと思ったその歌声は徐々に大きくなり、やがてはっきりと確かに聞こえるようになる。
『何だ、これは!』
明らかに狼狽している声が頭に響き、続けて“招かざる客”が吸い上げられていくような感じがした。
再び体の感覚が戻り、視界も次第にもどってくる。
ぼやけた景色の中で、心配そうに何かを叫ぶカーリャの顔が見えてきていた。
「……だい……じょうぶよ」
聴力も少しずつ回復しはじめ、ようやくカーリャの声も聞こえ始める。
いつの間に倒れたのかわからないが、横たわる自分を抱き起こし、ひたすら私の名前を呼んでいたらしい。
ほどなくして意識が完全に覚醒し、止まりかけていた思考も一気に回転し始める。
「もう大丈夫よ」
今度ははっきりとカーリャに応え、安心させるために笑顔を見せると、急いで立ち上がる。
歌声はまだ聞こえていた。
赤い霧はすでに自分から離れ船員の身体の方に伸びていたが、その様子が明らかにおかしい。
まるで苦しんでいるかのように霧は歪み、徐々に薄れていき、遂には霧散してしまった。
「……消滅した?」
そして視線はその先にいる……歌を唄っている生物を捉える。
海に浸る岩の上に“彼女”はいた。
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