第9話 冒険者たち(9)

 一行は、サイが契約している水の精霊の力で安全に海中を進み、数分後には島に到着していた。

 サイ曰く“護衛士全員なら~”というのは、リアも人数に含まれていたようだ。

 そのため、リアがいない分の負担が減り、術の行使時間が思ったよりも伸ばせた。

 それでもかなりの精神力を使ってしまい、上陸するやいなや、がっくりと膝をついてしまっていた。

 すぐにハーミアがサイの背に掌を当てて何かをつぶやいていたので、少しは精神力をわけてもらえたのだろう。

 今は呼吸も整い、持ち物の点検を行っている。


 島はの中央は、木々が生い茂る小さな山になっていた。

 月明りに照らされたシルエットでしか見えないが、全体はそれほど大きくないように感じる。

 沖の方に目をやると、無残にも大きく傾いた輸送船『フレイル』の姿が赤い月光に照らされていた。

 赤い霧はさらに沖の方で広がっていて、どうやらこちらまでは来ないようだった。

 とりあえず霧の脅威がないのならば、ある程度の安全は保てるし、月明かりがあるうちに出来ることを考える。


「サイ、疲れてるところ悪いんだけど、ネレイデスの力で海の水を真水に出来る?」

「あぁ、できる。この人数分となると少しきついが…」

 ちらりとハーミアの方を見ると、わかっていますといった面持ちで頷いて返してきた。

「じゃあ、お願い。あと、あんた釣りもしてたわよね。できたらそれも。ルーと私は少しだけ奥を見てくるわ。カーリャとユーンは、そのへんで乾いた木の枝を探して火をおこしておいて。火がついたら、みんなはとりあえず服を乾かしながら、身体を温めてなさい」

「……生存者は探さないの?」

 カーリャが弱々しく聞いてくるが、レシーリアは首を横に振る。

「ここから見える範囲にはいなそうだし、まず体を温めて拠点と水と食料を確保するわ。探すのはその後ね」

 きっぱりというと、手をパンパンと叩く。

「ほら、そこまでやって落ち着いたらいろいろ考えましょ。今は考えないでいいからね。それから、互いに視界に入る場所で作業は行うこと。いいわね?」

 一行は無言のまま、疲労感たっぷりの足取りでふらふらと歩きだす。

 それを見ながらため息をひとつし、ルーに行くわよと顎で呼んだ。

 茂みを進むとすぐに森になっていく。畝るように生える硬い木の根が、足場を一層悪くさせていた。


『赤の月よ、魔力の泉より、闇を染める光を今ここに』


 ルーが、海の中で詠唱していた魔法を再び唱える。

 ほどなくして、先程とおなじように指輪に赤い光が灯った。

 この月光という月魔法はとてもポピュラーで、冒険には欠かせないものだ。

 本来は、ランタンや松明などを用意して精神力の温存をしなければならないのだが、こういった非常時や先ほどのような水中などでは月光なしでは探索もままならない。

 月光は、その時の月の色に合わせて色も変わるため、赤い月の周期ではどうしても視認性が悪くなるのがたまにキズである。


「ルーは杖を使わないのね。指輪が増幅器なの?」

「そうですよ~」

 一般的には月魔法は学院で学ぶもので、ある一定のレベルまで月魔法の理解を深め、呪文を習得をすると、学院の方から月の魔法の増幅器として杖を渡される。

 そこでようやく、一人前の月魔法使いとして認められたことになる。

 月魔法は魔術に対する理解を深めて呪文を詠唱し、こういった増幅器を介してはじめて発動する。

 基本的に増幅器の質が上がれば、術の効果も上がる。

 付け加えるならば、最初にもらえる杖以外の増幅器は、間違いなく高価な代物である。

 ……ってことは、買ってもらったんだろうと予想がつく。

「ほんとに、ボンボンなのねぇ」

 しみじみ言うレシーリアに、ルーは気にした様子もなく頷いて答えた。

「否定はしないですよ〜。だからビシビシ鍛えてくださいね~」

 この状況下でも、のんびりとした口調で言えるのが、ある意味大物の片鱗を感じる。

「で、どこまで探索するんですか?」

「ん~、まぁ、こんな夜じゃ危険だからあと数分ってところね」

 そっかぁ~と歌うように返す。

「レシーリアは、ここからどうやって帰る気?」

「……正直、今はあまり打つ手がないわ。あの霧がある以上、船が通るのを待っても無駄でしょうし。とりあえず、食いつなぐところからね。最悪、あんたんとこの家からお助けが来るんじゃない?」

「あはは~さすがレシーリアだね~。たぶん、それは当たり。帰ってこないってわかって学院から家に連絡がいけば、うちの人がいろいろ調べるだろうし、この仕事受けたのがわかれば、きっと助けにきてくれるよ」

 その割にあまりうれしそうな表情ではない。

 それは、ルーにとって大変不本意な展開なのだろう。

「まぁ、なるようになるわよ。とりあえず、ほら適当に木の実拾ったら戻るから、手伝いなさい」

 ルーは、やはり緊張感のない返事を返すのだった。



 枯れ木集めを任されたカーリャとユーンは、なかなか動けずにいた。

 カーリャはもともと前向きな性格だが、リアがこの場にいないショックからなかなか立ち直れずにいた。

 呆然としながら船で拾った折れたユングを、大事そうに自分のマントで拭い続けている始末だ。

 こんなことで錆びるような武具ではないのだろうが、そうでもしないと落ち着けそうになかったのだ。

「私たち……これから、どうなるんですか?」

 ぽつりと、ユーンがつぶやく。

 その弱々しい声に、思わず胸が苦しくなる。

 ユーンはまだ16歳で、この中では一番若く不安なのだ。

 冒険者になることを夢みていた自分とは、明らかに違う。

 そう考えると、自分のことばかりを考えていたことが少し恥ずかしく思えてきた。

「大丈夫よ、きっと。レシーリアは頼もしいし……リアさんだっていろいろ考えて、私たちを選んでくれたって言ってたみたいだし。だから、きっとなんとかなるよ」

「でも……そのリアさんだって」

 そこまで言って、ユーンがはっとする。

 そして、リアのことを慕っていたカーリャのほうに目をやる。

 カーリャは一瞬悲しげな表情を浮かべたが、すぐに笑顔をみせた。

「大丈夫だって。私、海に入る前に船の外見たんだけど、リアさんいなかったもん。だからうまく逃げたんだよ、きっと」

 今にも泣きだしそうなその笑顔に、ユーンもまた心を痛めてしまう。

「よし、とりあえず枯れ木とか探そ? レシーリアも、考えるのはその後って言ってたしね」

 なんとなく、そうしているほうが今は楽に感じた。

 ユーンもそれを理解し、荷物置いてカーリャの後について茂みの周りを調べ始めた。



 サイは、みなから集めた水袋に海水を入れると、再びネレイデスを召喚する。

 ネレイデスの力で海水を真水に変えるのに、時間はさほどかからない。

 精霊の召喚は物質界に呼び出しているだけで、術者の精神力を削り取っていく。

 そのため、役目を終えればすぐに還さねばならない。

 ましてや本業が戦士であるサイは、ユーンに比べて精神が疲労するスピードも速い。気を付けないと精神力を使い切り、気絶してしまうことになるのだ。

 ハーミアはそんなサイの背に手を当てると、信仰している神に短く祈りの言葉をささげる。

 すると、すぐにサイの疲れが取れていった。

「すごいな……神官って」

 素直に感心するが、ハーミアはあまりいい顔をしないでいた。

 サイにはその理由がまったくわからなかったが、それはきっと自分が人の気持ちを理解する力が乏しいせいだと思っていた。

「どうして隠してたんだ? すごい力じゃないか」

 信仰や宗教に明るくないサイに、悪気はないのだろう。

 隠していた理由なんて、触れてほしくないからに他ならないのだし、触れてほしくないということは後ろめたいということだ。

 サイはサイで一向に返事がもどってこないので、また何か言ってはいけないことでも言ってしまったのかと、己の対話能力の低さに嫌気がさす。

 苦しい沈黙の中、釣り道具を出し適当なポジションを探して糸を垂らす。

 ちらりとハーミアのほうを盗み見すると、船のほうが気になって心ここにあらずといった感じだ。


「船で戻るのはもう無理だろうな。せめて霧が晴れたら、何か道具がないか調べに行けるんだが……」

「生存者は、いないんでしょうか」

「どうだろうな。この島までたどり着ければいいが、水中を移動しないとあの霧に飲まれるだろうし……まぁ無理だろうな」

 さもありなんと言うサイに、ハーミアは少しショックを受けているのか、胸元に手を置き祈りの言葉をささげる。

「リアさんは……」

「あぁ、この場にいないんじゃぁな。カーリャは落ち込んでいたが……ハーミアも気になるのか?」

「私は……まだ聞かなきゃいけないことがあるはずなんです」

 そうなのか?と、やはりよくわからないといった表情で首をかしげてしまう。

「私は、もしかしたらあの人のことを……」

 知っているのかもしれない、と続けようとしたところで、サイがそれを制した。

「待て。何か近づいてきている」

 はっとして海のほうを見ると、確かに黒い人影が音もなく近づいてくるのが見えた。

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