第8話 冒険者たち(8)
レシーリアは仲間たちに必要な荷物を部屋まで取りに行き、とりあえずラウンジに集まるように命じていた。
すでに荷物をまとめていたレシーリアは、リュックを肩から下げると誰よりも早くラウンジにもどる。
次にラウンジに現れたのは、最後に部屋に向かったはずのハーミアだった。もともと軽装で持ち物も薬草くらいだったらしい。
その後はサイ、ユーン、カーリャと続き、最後にもどってきたのはルーだった。
予想通り……最後の人物は荷物が多い。
「いらない物と重い物、濡れたら駄目になるような物は置いていくわ。保存食と水袋は必ず持ちなさい」
言いながらも、各自の持ち物をチェックする。
「あんたねぇ……」
ルーの持ち物を見て、思わず呆れてしまう。
そして問答無用で、本の類をポイポイと部屋の端に投げていった。
「あ~、あ~!」
名残惜しそうに手を伸ばすルーの頭をパシンっとはたくが、それでもあきらめきれないのか、ぶつぶつと何かを言っていた。
「どう、サイ。これくらいなら行けそう?」
サイは一同を眺め、荷物に目を移しやはり愛想のない顔のままうなずいた。
「あぁ。護衛士全員だけなら3分だ。推進力付きとはいかないがな」
「上等よ。全員が軽量装備でたすかっ……」
……あぁ、またか……
まったく、どこまであの男は手を打っているんだか。
どうりで、重装備者がいないわけだ。
「生きなさいよね、リア・ランファースト。あなたと冒険がしたくなったわよ」
激しい戦闘音が聞こえる外に向けて、小さくつぶやく。
「あの……レシーリア……」
大事そうにザイル・ブレードを抱えているカーリャが、うっすら涙を浮かべて声を絞り出す。
「リアさん、大丈夫かな。行ったほうがいいんじゃ……」
震えているのは恐怖からなのか、どう見てもまともに戦える状態には見えない。
「さっきも言われたでしょ。私たちの武器じゃ何もできないし、足手まといになるだけよ。今は我慢しなさい」
前向きが取り柄のカーリャが、不安で埋め尽くされているようだった。
最初の実戦がこれだと、トラウマになりかねない。
この状況は少し酷だなと、自分でも思う。
他の仲間達を見てみると、ルーはこんな状況でもマイペースで、サイとハーミアは一見冷静だ。
ユーンはかろうじて恐慌状態に陥っていないが、その時がきたら一歩も動けなくなるのではと、今から心配だった。
「あらかじめ私には、こうなるかもしれないことを言われていたの。だから、あなた達よりは少しばかり情報をもらってるわ。今思えば、リアは生き残るために必要なことをよく考えている。だから、リア自身もそう簡単に死なないはずよ」
こんな言葉で不安をぬぐえるのか疑問だったが、カーリャはこくんこくんと頷いて自分を落ち着かせようとしていた。
ちらりとハーミアの表情も窺うが、目線を外したまま相変わらず表情を変えないでいる。
「今は、私たちが生き残ることに最善を尽くすのよ」
小さく震えるカーリャの肩に手を置き、続ける。
「外で音がしているうちは生きている証拠。音がなくなれば、全員海に逃げたと判断するわ。どちらにしても座礁するまでは様子を見る。しばらく待って座礁もしないようだったら、私が外を見てくる。やることは、ひとつ。扉を開けたら、みんなで海に飛び込んで、サイの精霊魔法で海中から無人島とやらに向かう。まずは、そこまでよ」
言ってて「できるのか、そんなこと」と思えてくるが、今それを表情に出すわけにもいかない。
とにかく、今は外の音に耳を傾け、状況の変化を待つしかなかった。
「あまり時間がないから、今は質問はなしでお願い。さっきも言ったけど、あなた達のことは、少なからずリアから教えられている。って言ってもプライベートなことは深く聞いていないわ。例えばハーミア。あなたは神官よね?」
一同がハーミアに注目する中、ハーミアが息をのむようにしながら、やがて小さく頷いた。
「あなたの信仰している神も聞いてるわ。でも、それ以上は知らない。どちらにしろ、今は必要のないことだけどね。私が確認をしたいのは、神聖魔法を使えるのならば精神力を分けることもできるわね?」
神官が使う奇跡は、信仰する神によって特別な奇跡も存在するが、基本とするところは同じだ。
傷をいやし、解毒をし、呪いを解き、不死の怪物を土に帰す。
そして魔法の使用などによって疲弊してしまった仲間の精神力を、自らの精神力を分けることにより回復させる力。
もっとも使いどころが難しい魔法だが、使い方によっては最も有用なものだとレシーリアは知っていた。
「じゃあ、あなたはサイのそばにいること。もしも島に着く前にサイの精神力が尽きそうになったら、すぐに精神力を分けなさい。ただし治癒魔法一回分くらいの精神力を残すのよ。できるわね?」
切迫した空気が伝わり、いよいよみなの顔がこわばっていく。
しかしそんな中で、レシーリアだけが不敵な笑顔をこぼしていた。
一行にとって、いつもけだるそうにしてるイメージしかないせいか、その笑顔がより一層奇異に映る。
「レシーリア……こわい」
引きつっているカーリャの言葉で、我に返った。
「あ……あはは。だって……ねぇ? こんな燃える展開、久々で……ちょっと興奮してきたわ」
笑みをとめられないレシーリアに、一行は生死を掻き分けてきた本物の冒険者の姿を垣間見た気がした。
それから、数分が過ぎていた。
船は時折軋むような音を立てながら、大きく揺れている。
外からは少し前に「もうだめだ」とか「後は頼む」という声が聞こえていたが、今はもう何も聞こえなくなっていた。
リアの声は一度も聞こえないままで、すでに外には人の気配がないように感じられる。
レシーリアは、扉に耳を当ててさらに気配を探る。
仲間たちが注目する中、レシーリアは黙ったまま首を横に振った。
「みんな、荷物を持って。サイは魔法の準備を」
言いながら、自らの荷物を背負い扉に手をかける。
ちょうど、その時だった。
聞いたこともないような低く大きな音が、船底から船全体に向けて激震とともに唸り上げた。
船が大きく傾くようにしながら、今度は耳をつんざく破砕音が轟く。
たまらず悲鳴をあげながらも、扉につかみなんとか姿勢を保つ。
「サイ!」
槍を背中に括り付けているサイが、返事の代わりに水袋から水をこぼしながら精霊語を使う。
『サイフォード・クロウの名において命ずる。盟約に従い、いでよネレイデス!』
雑音ともとれる精霊語に反応し、床にこぼれるはずの水が空中で静止する。
それを合図に、レシーリアが扉を勢いよく開けた。
「このまま海に飛び込んで!」
扉を抑えて叫ぶ。
最初にサイが、精霊の召喚を維持したまま海に飛び込んだ。
次にハーミアが、ユーンとルーの手を引っ張るようにし続く。
最後にカーリャが外に飛び出す。
が、しかしカーリャは海に飛び込まず船尾のほうを凝視していた。
「カーリャ!」
「ちょっとだけ!」
カーリャはこちらを見向きもせずに、船尾に向かって駆け出す。
レシーリアは、思わず舌打ちをしながら後ろに続いた。
船尾に行くと、カーリャが何かを拾っている姿が目に入った。
「あんた、それって……」
それはリアが持っていたはずの、赤く光るユングの刀だ。
しかし、その刀身は半分ほどで折れていた。
尚もカーリャはきょろきょろとまわりを見回し、ユングの鞘らしきものを見つけるとまた駆け出す。
……リアの姿はない……かわりに船員の死体が3つ。
2つは刀で斬られた跡……
残りひとつは胴体に強力な爪痕、さらにのど元は食いちぎられたような跡がある。
相手は霧の魔物なのに、なぜ刀傷や獣に襲われたかのような跡があるの……?
「ない……折れた刀身がないよ」
取り乱すようにして、カーリャがつぶやく。
レシーリアは思わず舌打ちをし、彼女の肩口を乱暴につかんで引っ張ってしまった。
「……はなして、レシーリア!」
たまらず、思い切りカーリャの頬をはたく。
「いい加減になさい! 仲間を全員殺す気なの!?」
みるみる集まり始める赤い霧を睨みつけながら、呆然とするカーリャを無理やり引っ張り、そのまま海に突き落とす。
そして自分も飛び込もうとした時、視界の端で淡い赤い光が映った。
それが、すぐにユングの刀身だとわかり、反射的に拾う。
しかし、そのあまりの有様に思考が一瞬停止してしまった。
折れた刀身には、まだ乾いていない血がべっとりと付いていたのだ。
ついで、刀傷のあとが痛々しい船員の死体に目をやる。
……リアが斬ったの?
しかしすぐに霧の魔物のことを思い出し、手頃な布で刀身をグルグルと乱暴に巻いてリュックの中に突っ込んだ。
「サイ! こっちよ!」
レシーリアは叫ぶと、迫りくる殺気から逃れるようにカーリャが落ちたあたりへと飛び込んだ。
ざぶんっと大きな音の後、一瞬視界が奪われるが、すぐにカーリャを見つけ抱きしめる。
ほどなくして大きな空気の泡のようなものに包まれ、とりあえずの難を逃れられたと理解した。
おそらくサイが召喚した水の精霊の力だろう。水中にいながらも呼吸ができる。
サイを中心に仲間たち全員をすっぽりと覆うような、大きな空気の球体が広がっていた。
次はどうする? と、サイがレシーリアの目を捉える。
……船は島に向かっていたはず……
直感的に船首が向いてる方角を指さした。
サイは精霊の制御に集中しながらも、レシーリアの指示を理解し、指をさした方向へ空気の泡ごと進める。
『赤の月よ、魔力の泉より、闇を染める光を今ここに』
ルーが発した力ある言葉に反応して、ルーの右手にはめている指輪から赤い光が生まれる。
月魔法の月光を発動させたのだ。
「あら……本当に月魔法を使えるのね、坊やのくせに」
悪気はないのだが、レシーリアが言うと毒にしかならないらしい。
せっかく気を利かせたのにと、ルーが口をとがらせている。
「褒めてるのよ。おかげで、ほら……」
レシーリアが、もう一度指をさす。
ルーが生み出した光の先では、徐々に海底が緩やかな傾斜を示していた。
それはまさに、陸がこの先にあるという証拠に他ならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます