第6話 冒険者たち(6)
護衛の交代である正午まで、あと30分くらいという時間。
さすがに夜中からの監視で、夜中組のメンバーも疲労が色濃く出ていた。
ハーミアの目から見ても体力のなさそうなルーは、もはや目を開けているのがやっとで、とても監視できているとは言いがたい状態だ。
サイは船尾で釣りに興じているが、どこかしら緊張感は持続させているようでもあった。
「……サイは疲れてないのですか?」
いささか疲れの色が見えるハーミアの言葉に、サイは顔を向けることなく頷く。
「ハーフエルフってのは、エルフと人間の間だ。エルフよりはタフだし、人間よりは夜目もきく。特に俺は精霊使いでもある。精霊を見る目を持っていると、夜が暗闇にしか見えない人間に比べて楽なのかもしれないな」
「精霊使いは、ドワーフのように夜も明るく見えるのですか?」
「いや、暗視とは違ってだな……なんというか精霊力を見るセンス・オーラって力なんだが……そもそも精霊界は、物質界と違ってより精神的な世界だ。この場でこうして見える風景も、センス・オーラで見れば精霊たちが色や音、何らかの形で表していて、それを感覚的に感じ見ると言うのが正しいかな」
ハーミアは、精霊使いならではの力に素直に感心する。
ユーンとかいうあの気弱な女の子も精霊使いで、サイが言うには、自分よりよほど力は上だそうだ。彼女もそういう目を持っているのだろう。
「君は……ハーミアはなぜ冒険を?」
サイの質問にハーミアは少し驚いてしまう。
「……どうした?」
「いえ、あまり他人に干渉しない方だと思っていたので」
ハーミアの答えに、サイはあまりいい表情を見せなかった。
「俺は、他の種族……他の人間に対しての不信感をなくしたくて旅を始めたんだ。だが見ての通り、会話すること自体あまり得意じゃない。今も1人で釣りをしていた。迷惑だったか?」
ハーミアはやはり「いいえ」と短く答えるが、その表情は複雑だった。
「人間のあんたには、分からないかもしれないが……ハーフエルフってのは、人間族にもエルフ族にも受け入れてもらえない。だから俺は、自分を受け入れてもらえるよう努力しようと思う。あんたは、人間に生まれてこれてよかったな」
その言葉に、今まで何事にも動じなかった彼女の瞳がひどく悲しげに揺れた。
しかし、すぐにいつもの表情にもどる。
「そうですね。そう思います。種族の壁なんてなければいいのに……」
サイもなにか感じたのか、この話題はまずそうだ思い黙ってしまう。
しばらくは、波の音だけが聞こえていた。
「あと、30分ですね。ルーはもう限界みたいですが、ここはサイに任せてもいいですか? 船首を1人で見てくれているリアさんが、少し気がかりなので」
サイは黙って頷いた。
あの片腕の剣士は船首・船尾と何度か行き来していたが、ここ2時間ほど見ていない。
「あぁ、もうすぐ交代だし大丈夫だろう」
ハーミアは返事の変わりに軽く会釈をし、船首へと向かった。
海は穏やかで船員も昼休憩に入ったのか2人くらいしかいなかった。
たまにハーミアのことをいやらしい目で見てきてはいたが、リアかレシーリアが、釘を刺してあるのだろう。
彼らも、話しかけては来なかった。
小さな階段を降り、細い通路と抜け船首に到着すると、木製の樽にもたれるようにして眠るリアの姿があった。
一瞬、声をかけるかどうしようか迷うが、残り時間を考えて、このまま寝かせてあげようと考える。
黙って彼の目の前まで近づき、片膝をつく。
ここまできても起きないのだから、よほど疲れていたのだろう。
彼とは昨日の夕食後の会話から、一度も話をしていなかった。
……というよりも、あれから避けられている感じがした。
あらためて、彼の顔を覗き見る。
昨日は彼の言葉には酷く動揺させられたが、最後は彼のほうが動揺を見せていた。
「あなた……だれ?」
思わず言葉に出る。
どんなに考えても、黒髪で片腕の剣士など記憶にない。
それでもどこか……なにか……引き寄せられるものを感じていた。
どこかで、会ったことがあるような気がしてならないのだ。
自分が信仰している神なら「彼とのつながりについて知りたい」と願えば、いずれその答えを何らかの形で啓示してくれる。
自分はまだ未熟だが、高位の……それこそ司祭クラスであれば即座にその答えも返ってくるのだろう。
しかし今の自分では、いつその啓示が降りて来るのかすらわからない。
「……ん……うんっ!?」
やっと目が覚めたのか、リアが目をしばたたかせてハーミアを見上げた。
「は、ハーミア?」
後ずさりしようとするが、もたれていた樽にガタッと大きな音を立てて動きを止める。
やっぱり動揺しすぎだ。
「そのままで……もうそろそろお昼なので声をかけに参りました」
「あ、あぁ……そうか。ごめん、眠るつもりは……」
静かに首を横に振る。
こんなことで、彼を責めるつもりなどない。
すぐに立ち上がろうとするが、彼のマントを軽く握り、立たないでと制する。
「あの……ハーミア?」
「昨日の続きです……あなたは誰? 私とどこかで、会ったことがあるのですか?」
彼の喉元が上下する。
やがて、慎重に言葉を選ぶように、ゆっくりとこたえる。
「それは……昨日も話したけど……君の記憶にも、俺みたいな風体の人間なんていないだろう?」
それでは答えになっていない。
むしろ、暗に知っていると言っているようなものだ。
はっきりと“ない”と言えないあたり、嘘をつくのも苦手なのだろう。
「では、質問を変えます。そうですね……あなたはいつから、冒険者をやっているのですか?」
「いつから?……あぁ、うちは両親とも冒険者で、生まれたのも冒険のさなかだったらしくて……で、そのまま連れまわされたからな。生まれた時から冒険者をやってるようなもんだな」
生まれてから?
今までずっと?
途方もないことを言う。
では、自分と会っている可能性はないのだろうか。
会ったのが村を出てからなら、ここ1年ほどのことなので、さすがに覚えているはずである。
とすると村にいた頃……それも、かなり昔になるはずだけど……
「でも、その後誰かとパーティを組んだのでしょう? ご両親は?」
「両親は、俺が6才の時に冒険で死んだんだ。俺はそのまま、両親が入っていたパーティの人達に10歳まで世話になってな。その後“スパイクス”に入るまでは、いろんなパーティを転々としていたなぁ」
……また、乾いた笑い……
彼は時折、何かを隠すようにそのような笑顔を見せていた。
「……ごめんなさい。立ち入った事を聞いてしまいました」
「いや、それを言ったら俺は身元まで調べてるからな」
バツが悪そうに言うリアに、ハーミアが静かに首を横に振る。
「では……どうして私を選んだのですか? あの事件を知った上で、私が信仰している神の名も知った上で、なぜ私を?」
リアはすぐには答えなかった。複雑な表情で長く深く熟考していた。
それでもハーミアは黙って、辛抱強く答えを待った。
「……それを正直に答えたら、キミを困らせるだけだから」
リアが苦笑する。
その切なそうな表情は、たしかに記憶の奥底で見覚えがあると思えた。
「もう休憩にしよう」
マントを握るハーミアの手を優しくはがし、立ち上がる。
「とりあえず船旅は順調だな」
リアはそう言って、ハーミアに優しく微笑むのだった。
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