第5話 冒険者たち(5)

 1日目の深夜。

 日付が変わろうかという時間で、やっと見張りの交代となった。

 夜中組であるリア、ルー、サイ、ハーミアの4人は、すでにラウンジに集まっていた。

 さすがに厚手のフードつきマントと厚手のズボンで、しっかりと防寒対策をしている。


「つかれたー」

 カーリャが、冷えた手をさすりながらマントを脱ぐ。

「あとよろしくー、もう寝るー」

 さすがに元気が取り柄の彼女も、そのまま割り当てられた部屋に向かっていった。

 その姿にルーがくすくすと笑っていたが、これから外に出れば嫌というほどわかるだろう。

 一切の光を通さぬの闇の中で、どす黒くうねる海を、寒い中監視し続けるのは、冒険者として中ランクの領域にいるレシーリアですら堪えるものだった。

 ユーンにいたっては、無言のまま部屋に向かっていった。

 怯えて……というより、単純に疲れているだけのようだ。


「おつかれさま、大変だったか?」

 リアのねぎらいに、肩をすくめて見せる。

「これから夜明けまでのほうが大変よ。それよりも、ちょっと長すぎてダレるわね。ローテーションについては、明日また少し考えてもいいかもしれないわ」

 自分で提案した手前、なんとなく責任も感じた。ユーンやハーミアは昼間だけの方がいいかもしれない。

 特にハーミアは、女性の身でありながら、これから明日の昼までなんてさすがに酷だ。


「それより、ね……私たちの私室、鍵がついてないんだけど?」

 不満ありありの顔で、リアの腰元を小突く。

 リアは少し困ったような表情で頭をかき、面目なさそうにして見せた。

「ま、いいわ。ノックなしで私の部屋に入ってきたら、確認なしで刺すから。よろしくね?」

 わりと本気で言ったせいか、先ほどまで笑っていたルーの顔が少しこわばっていた。

「あぁ、船員にも伝えておくよ」

 頼むわよ、と言いながら自室に向かう。

 薄暗い廊下を少し進むと、いくつかの扉が並び始める。

 割り当てられた部屋はかなり狭いが、個室なだけでも御の字だった。

 通常の冒険では、メンバーもろもろ狭い空間で雑魚寝とか当たり前だ。


「さて……」

 扉を閉めると、一度大きく伸びをし、慣れた手つきで火口箱を取り出しランタンに灯りをともす。

 愛用している皮製の袋をベッドに置くと、中から小さな箱を取り出した。

 盗賊ギルドで購入できるシーブズツールだ。

 その中から、いくつかの道具を腰のベルトについているポーチに入れると、再びランタンの火を消す。

「あの甘ちゃんを出し抜くには、これくらいしないとね」

 そう言って不敵な笑みを浮かべ、右のポケットから薄汚れた真鍮製の鍵を取り出した。

 それはつい先ほど、リアを小突いたときに掏ったものだ。

「私たちの部屋にも、リアの部屋にも、船員の部屋にも鍵はなし……じゃあこのフレイルと刻まれた鍵はどこのかしらね」

 時間は深夜1時、船員の何人かとリアは外にいるし、中に残った者はみな寝ているだろう。

 私の部屋にも入れないよう、釘は刺しておいたし調べるなら早いほうがいい。

 盗賊にとって大切なことは、決断のスピードと大胆さだ。

「ま、怪しいとしたらいくつかある地下倉庫よね。私たちがいったい何を運んでいるのか、護衛の対象とやらを拝んでやろうじゃない」

 言って、レシーリアは猫のようにしなやかな動きで音もなく部屋から出ると、暗闇に沈む地下倉庫に向かうのだった。




 2日目の朝。

 レシーリアが目を覚ましてラウンジに行くと、カーリャとユーンがすでに朝食をとっていた。

 硬そうな丸パンに、バターを塗ったくって丸かじりをしているカーリャとは対照的に、ユーンは小さく千切りながら少しづつ口に入れている。

 レシーリアは2人に「おはよう」とだけ挨拶をすると、丸パンを2つ手に取りそのまま外に出る。

 朝日がまぶしく、思わず目を細める。

 すぐに船首で監視中のリアを見つけ、わざと欠伸などしながら近づいた。

 昨夜……部屋を出た後、まっすぐに地下倉庫に向かい探索を行った。

 鍵はやはり地下倉庫のもので間違いがなかった。

 ただやはりこれが、普通の護衛じゃないことも解ったのだが……さてさて、どうしたものか……


「ようやく起きたか。よく眠れたか?」

 さわやかな笑顔を向けるリアに、なんだか駆け引きをするのも面倒に感じてくる。

 とりあえず先ほどのパンをひとつ手渡し、自分は残りのひとつをかじる。

「まぁね。すぐには寝つけなくて散歩したけど、そのあとはよく眠れたわ」

 リアの前で両手を上にあげて、う~んと伸びをする。

 散歩? と、首をかしげるリアに対し、真鍮の鍵を無造作に投げる。

 片腕の剣士は、さすがの反射神経で、それをパシンと音を立てながらつかんだ。

「おいおい……」

 それが自分の持っているはずの鍵だと、すぐに把握できたのだろう。

 焦る様子はないが、かわりに困った表情をレシーリアに向けていた。

「あによ、あたしは盗賊よ?」

「ま、そうだよな」

 なんて、つまらない反応だ。

 もう少し焦った顔を見たかったのに。

「歴戦の冒険者ともなると、あっさりしてるわね。で、何か言うことあるんじゃない?」

 リアは鍵をしまうと、う~んと考えるそぶりを見せる。

「え~と……人の鍵盗んで部屋に侵入とかしちゃだめじゃないか……とか?」

「じゃなくて」

「隠しててごめんなさい、とか?」

「いや、そうなんだけど……」

「冗談だよ。そう睨むなよ。せっかくの美人が台無しだ」

 やはり爽やかに笑う。

 最初から弁明する気もなかったのだろう。

「あら、美人の顔のままでいてほしいなら、ちゃぁんと、説明することね」

 そこまで言うと、リアは少し真剣な面持ちで一考した。

「ん、まぁ、見たまんまだよ。この船には何も積まれていない。倉庫は空だ」

「……じゃあ、私たちは何を護ってるのかしら? まさか、この船とか言わないわよね?」

「何を護るといえば……この海路の安全……かな?」


 ……つまり、空の船で危険な海域に行こうってこと?


「そんなの……護衛じゃなくて、討伐じゃないの?」

「さすがだなぁ。やっぱり君を入れて正解だ。彼らだけでは経験が足りなすぎて危ういんだ」

「あのねぇ。あんた、なに考えてんのよ」

「いや、でも厳密には討伐じゃないんだ。近頃、不自然に海難事故が多く起きている海域があってね、その海域を抜けてバリィに向かうつもりだよ」

 それは調査と討伐だろうと思うが、たしかに、ただバリィに向かってるだけだとも言える。

 そこまで見抜けなかったのは、自分の落ち度でもある。

 しっかりその海難事故の情報を事前に掴んでいれば、あの破格の報酬でピンときたはずだ。

「……で、なんか目星くらいはついてるんでしょうね?」

「まぁな。でも俺の思惑通りなら、ちょっとまずいかもな」

 “生還する者”が乾いた笑顔を見せる。

 それだけで、相手の危険性を理解できた。

「あんたさ、使い捨てに新人冒険者を選んだわけ?」

 再び目つきが鋭くなるレシーリアに対し、リアがまさかと手を振った。

「君たちは本当に見張りだよ。俺1人で、ずっとなんて見てられないからな。その代わり何かあったときは、俺と船員で対処するから。君たちには、船内で待機してもらうつもりだよ」

「あのねぇ。それ、ぜんぜんあたしの身の安全が保障されてないんですけど?」

「ハハ……まぁ、そう言うな。少なくとも君たちは絶対に死なせない。その上で頼みがあるんだ」

 リアはそこまで言うと、腰のポーチから何かを取り出しレシーリアに手渡した。

 渡された物……宝石1つを空に透かし鑑定する。

 なかなか値打ち物のようだ。

「……で?」

「俺に何かあったら……その時は、船員も全滅してると仮定して話すが……このパーティを助けてやってほしい」


 ……まったく……

 ため息が無限に出てきそうだ。


「あたしが生き抜くついでに、このパーティ全員を助けて、レーナまで無事もどれって?」

「そうだ。レーナに戻ったら、ブラン卿を訪ねてくれ。そうすれば、さらに報酬がもらえる事になっているから」

「……その後もパーティを続けろって?」

「本当に察しがいいな。助かるよ」

「まぁ……悔しいけどアンタに何かあったら、自力でレーナまで戻らなくちゃいけないし。それなら一応、この宝石はもらっておいて損はないか。パーティは、いずれ探すしかなかったし」

「じゃぁ、交渉成立だな」

 また爽やかに笑う。

 自分の命もかかってるのに……この男は、自分の命に対して達観視しているのだろうか。

 全部がこの男の思う通りになっていて悔しいが、選択の余地もない。

「わかったわよ。そのかわり、あんたも何とかして生き延びなさいよね。酒の肴……まだ聞いてないんだから」

「あぁ、そのことか。そうだな、無事生き延びられたらな」

「なんなら、サワリだけでも教えてくれてもいいのよ?」

 悪戯っぽく笑顔を見せる。

「そうだな……じゃぁ、ハーミアをよろしく頼む……かな」

 思いもよらない名前が出て、思わず返す言葉を失う。

「ハハハ、気になるだろ? いい酒の肴になるから楽しみにして生き延びてくれ」

 最後まで爽やかな笑顔を見せながら、リアは笑うのだった。

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