第4話 冒険者たち(4)
ラウンジにはリアを含め、他の護衛士も揃っていた。
部屋の奥の椅子には、小さめのハープを奏でるルーの姿がある。
美しいハープの音色とルーの優しい歌声は、なかなかに心地いいものだ。
不安げな表情を浮かべていたユーンも、今だけはリラックスしているように見える。
やがてルーの曲が終わり、小さな拍手が起こる。
「レシーリア、お疲れ。ちょうど君たちも、夕食の休憩に入ってもらおうと思ってったんだ。カーリャも呼んできてくれるか?」
リアの言葉に無言でうなずくが、それをハーミアが制した。
「少し風に当たりたいので、私が呼んできます」
彼女はそれだけ言うと、ラウンジから出て行く。
「……じゃあ俺は、夕食の間、見張りをかわろう。見張りは、二人いればいいから、みなはここで休んでいてくれ」
言って、リアもまたラウンジから出て行く。
「じゃあ、ユーンと私とカーリャで夕食ね。そういえば、サイは?」
「サイさんは、すぐに寝室に戻りましたよ~。夜中の見張りに向けて、今のうちに寝ておくとかで~」
ルーが、なおもハープに指を滑らせながら言う。
意外に器用である。
「そう。ルーも少し寝ておきなさい」
「ありがとうございます~。でもとりあえず、リアさんやハーミアも同じ夜中組なので、もどってくるまで待っています~」
にっこりと微笑むルーに、どこか能天気な印象が残る。
じゃあ、その間にもう一曲お願い……と、冗談交じりでレシーリアが言うと、ルーはやはりにこにこと笑顔を見せて、当たり前のように一曲奏でるのだった。
日が暮れたせいか、さすがに肌寒い。
リアはマントのフードをかぶり、船尾のほうに目をやった。
視線の先では、ちょうどハーミアに声をかけられたカーリャが、こちらに向かってきていた。
昼過ぎに彼女とは一太刀勝負をしたが、かの道場で鍛えられた、かの剣術家の愛娘なだけあって、その技術には目を見張るものがあった。
これで冒険をいくつかこなせば、すぐに中堅クラスになるだろう。
笑顔で頭を下げる彼女の頭をぽんっと叩き、「おつかれさん」とねぎらいの言葉をかける。
カーリャは冷たい風に当たっていたせいか頬を赤くし、頭をさすりながら船内へと消えていった。
そのまま船尾に向かうと、手すりにもたれかかるようにして、暮れかけた海を眺めるハーミアがいた。
すぐにハーミアも自分の存在に気づき、無言で視線だけをむけてきた。
……酷く冷めた、警戒心と軽蔑が混じった視線だ……
冷めているのは彼女の身に起きた、ある事件が原因だろう。
警戒しているのは、見知らぬ人間に対してだからだろう。
軽蔑に近い視線は、こうやって近づいては口説いてくる男が多くて、いい加減嫌気がさしているのだろう。
彼女の身に起こった事に対して心が痛むが、警戒心から生まれるその態度には思わず苦笑する。
「……なにか?」
声も冷ややかだ。
……いっそ、ここですべて話すか……という衝動にかられるが、自らを戒めるために軽く頭を振る。
「もう日が暮れるから、あまり風に当たらないほうがいいよ。どうせ夜中から明け方の見張りで、嫌というほど当ることになるしな」
言葉を選んだつもりだが、やはり彼女の表情は冷めたままだ。
「……すぐにもどります。お気遣い、ありがとうございます」
言葉は丁寧だが、これは相手との距離をこれ以上近づけさせないためのものだろう。
「……あのさ……君が、人と距離をとろうとしているのはわかるんだけど……今この場にいる人たちは、もしかしたら、このままパーティを組むことになるかもしれない仲間たちなんだ。少しずつでいいから、歩み寄ってみてくれないか?」
ハーミアが怪訝な顔をする。
「……仲間? それは今だけでしょう?」
「可能性の話だよ。冒険者として生きていくのなら、いずれパーティを組むしかない。君が……君の神様に“何か”を望み、それを叶えるために冒険に出たというのなら尚の事だ」
ハーミアが、大きく息を吸い込みながら目を見開いた。
彼女の隠し事のひとつ……神官である……ことを、何の脈絡もなくあっさりと看破したのだから、驚くのも当然だ。
ついでに言うと、今の言葉だけで信仰している神の名前まで特定していることも伝わっただろう。
「知って……!?」
振り絞るような彼女の声に、黙ってうなずく。
「あなたはいったい……」
「書類審査とはいえ、盗賊ギルドである程度は調べている。その上で君を選び、そしてこのメンバーも選んだ。そりゃぁ、信じるにはまだ時間が必要だろうけど、その時がきたらパーティを組むといい。そして、他でもない、信じるに値すると思えた仲間には頼るべきだ」
1年前、彼女の身に起きた事件と、今現在に至るまでの情報は盗賊ギルドで得たものだ。
彼女が冒険に出たきっかけと、彼女が信仰している神の教義と照らし合わせれば、自ずと彼女の望みや旅の目的もわかった。
「……そうですか……もし信用しろというのなら……どこまで調べてるのかくらいは、教えてほしいですね」
落ち着きを取り戻そうとしているのだろう、いつもの冷たい口調にもどる。
「1年前に君の身に起きた事件と……君の信仰する神……って言えばわかってもらえるかな?」
「そう……じゃあ私が“何なのか”も、知っているんですね。それから、私の信仰する神と……成就したい願いが“何なのか”も、見当がついていると……」
ひどく哀しい瞳だった。
うつろに微睡んでいるかのようなその青い目は、濁り、暗く沈んでいく。
「あぁ……でも、このメンバーなら受け入れて……」
「勝手な言い分です。それも、ひどく。私たちはまだ、一緒に行動して1日と経っていない。それに……あなたは何も、自分のことを話していないんですよ? ……あなたは誰? 目的はなに?」
……もっともな話だ……
しかし、彼女が切望している願いは、俺自身の否定を意味しているのだ。
だから何も話せない。
何も明かせない。
明かすべきでもない。
「……なにも話してくれないんですね」
はっとして彼女を見た。
遠い昔に聞きなじんだ声は、いま目の前にいるのに、やはりその距離は遠いままだと思い知らされる。
「会ってそれほど会話もしていないのに、いきなり踏み込んできて……挙句に、このままパーティを組めとあなたは言う。それがどれほど……」
「……そんなつもりは……」
……いま全てを話せたなら、俺への不信感も晴れるのだろうか……
よぎる誘惑を振り払うように頭を振る。
「いや、君の言う通りだ。俺を信じられなくてもいいし……避けてくれてかまわない。ただそれは、ここに集まったメンバーとは別の話だよ。君にとって、このメンバーがいいと思えたなら、やはりパーティに加わるべきだ……と、俺は思う。そこに、俺がいなくてもいいから……」
ハーミアには、なぜリアがそこまで言うのか理解できなかった。
今の言い分だと、自分のためにパーティを作ろうと……何ならメンバーを調べて集めたかのようだ。
面倒見がいいというには度が越えてるし、余計なお世話だと言ってしまえばそれまでだ。
「あなたは……本当になんなのですか?」
心底理解できずに言葉をもらす。
その時、まっすぐこちらに向けてくるハーミアの瞳が、わずかに揺らいだ。
「……私のこと……知ってるの?」
心音が跳ねるような感覚がした。
踏み込みすぎたかという後悔と、気づかれたのではという焦りで、とても平静を装えると思えなかった。
たまらずフードをかぶり、船室のほうに顔を向ける。
しかし、その行動自体が余計に怪しんでくれと言ってる様なものだとすぐに気づく。
「まさか……君の知り合いに、黒髪で片腕の剣士なんているのかい?」
自嘲気味に言うと、しばらくハーミアは何も答えなかったが、やがて、いない……とだけつぶやいた。
「本当に冷えてきたな。その格好で、これ以上は体に悪い。もう部屋に戻ろう」
それだけ言って、船室に戻ろうとした。
いま彼女がどんな表情を浮かべているのか、知りたい欲求に駆られるが……これ以上は駄目だと、自分に言い聞かせるしかなかった。
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