共に歩み続ける門番


「デウス・エクス・マーキナー……それが、全ての元凶……」


 どこまでも広がる蒼穹と、その青い空をそのまま映し出す鏡のような湖面。


 彼方まで広がる蒼の中。用意された円形のテーブルの周囲に、いくつかの人影が座っていた。


「そうだ。かつて深淵ラカルムから逃れるために最後の門を目指した俺たちは、門で待っていたその存在を知った。狭間で最後の生き残りとなっていた俺たちの結末を見届けたマーキナーは、俺とヴァーサスの役割をすげ替えて狭間の領域をリセットし、囚えたロコの穴埋めとしてエルシエルの家系を新たに誕生させた」


「なるほど! 俺は生まれる前から門番だったのか! 道理で門番になりたいわけだ! はっはっは!」


「いやはや、まさかそんなことが……私や黒姫さんが、そちらにいるロコさんの同位存在だなんて……もしかして、私や黒姫さんがヴァーサスのこと大好きになっちゃうのも、そういうの関係あるんですかね?」


 向かい合うようにして座る反転者リバーサーと門番達。反転者リバーサーの側にはロコが隣に座り、門番達はヴァーサスにリドル、黒姫、そしてドレスが同席していた。


「マーキナーは自身の行いの理由を、人類をより幸福にするためと言っていたけど、それは勝手な思い込み。マーキナーはたとえ人類全てが最後の門の前に到達したとしても、なんらかの理由をつけてリセットする。いつからそうだったのかはわからないけど、あの機械はもう


「なるほどね……そんな壊れた機械に、僕たちの運命を任せておくのは確かに危険すぎる。君たちの境遇や背景も良く理解できたよ」


「フン……ドレスよ、貴様の領域で此奴らの精神状態は把握できるのであろう? 此奴らは本当に嘘偽りない発言をしているのだろうな?」


 自分達の辿った最後の門への旅路から、そこで今も待ち構えている最後の存在。そしてそこから更に今に至るまでの経緯を説明し終えた反転者リバーサーとロコ。

 納得したという風に頷くドレスに、あからさまに不機嫌な表情を見せる黒姫が尋ねる。


「それは間違いないよ。クロガネ君の時に感じたように、僕の皇帝領域エンペラードメインは抵抗されればすぐにわかる。彼らが言うことに嘘や偽りは存在しないと、この僕が保証してもいい」


「いやー、こうしてお力を貸して頂き助かりました。皇帝さんの領域はこういうお話をする場所としては最適だと思っておりましたので」


「この場所では俺が何を考えているかも全てドレスに伝わっているのだろう? それどころか、全ての過去や近い将来のことまで見えるとは、なんとも便利な力だな!」


「……そうか。そういうことであれば、この黒姫もなにも言うまい。先のリヴァーサスとやらの件もある……心情としては八つ裂きにしてもし足りない程だがな……」


 黒姫の質問に頷きながら返答するドレス。そもそも、反転者リバーサーとロコはドレスの皇帝領域エンペラードメインの能力を把握した上で会談を受け入れたのだ。抵抗などしようはずもない。


 皇帝領域エンペラードメインではその領域内の存在に対してドレスは全知となる。反転者リバーサーとロコの話す内容が真実かどうかも、一瞬で判別可能だ。


 ドレスからの説明に黒姫は腕を組み、渋々と言った様子で引き下がる。黒姫にも思うところはあったが、彼女はすでに遙か未来の自分が辿りうる定めを知っている。

 黒姫にとってはこの場でいがみ合うよりも、この狭間の領域をなんとしても守り切ることの方が何よりも優先された。


「クロガネからも聞いているだろうが、少なくとも俺たちの側にはお前たちと争う理由はない。俺たちの目的は最後の門で待つマーキナーを倒し、時間切れだリセットだなどというふざけた行いを二度と実行できなくすることだ」


「私がマーキナーをダウンさせている間に、時間切れに当たるラカルムは貴方たちが無力化した。マーキナーにとっては面白くない事態のはず。すぐにリセットに動いてもおかしくない」


「そんなの困りますよ! 私たち夫婦はまだ赤ちゃんの顔だって見てないんですよ? これからも幸せな生活を末永く続ける予定なんですから! リセットなんてされたらたまったもんじゃないですっ!」


「リドルの言う通りだ。俺たちだけではない。この世界に生きる全ての人々――――いや、虫や草木のような全ての者達にとっても、軽々しくそのようなことをされていいはずがない!」


 反転者リバーサーとロコの話に、憤りを露わにするリドルとヴァーサス。それこそ様々な困難を乗り越えた末に結ばれた二人にとっても、到底そんな事態は許容できるものではなかった。


「――――決まりだね。僕たちからも、改めて協力を要請させて貰うよ」


「そうして貰えると助かる。マーキナーの予想を上回るという意味では、俺たちの周回よりも、今のこの周回の方が遙かに強大な因果を紡いでいるのでな」


 ヴァーサスとリドルの反応を確認したドレスは一度大きく頷いて席を立つと、身を乗り出して目の前の反転者リバーサーに握手を求めた。

 反転者リバーサーもまたそれを見て頷くと、淀みない動作でドレスと手を結んだのであった――――。



 ●    ●    ●



「――――では、今後のことについてはこちらから連絡する」


「うむ! 反転者リバーサー殿も色々大変だったのだな! これからは俺も一緒に戦うぞ!」


「――――そうだな。頼んだぞ」


 増築途中のリドルとヴァーサスの家の前。


 夜の闇の中、六人のニセ・ヴァーサスと生き残った一人のニセ・反転者リバーサーを連れた反転者リバーサーが、隣に立つロコと共にヴァーサス達を振り返って別れを告げた。


「あの――――反転者リバーサーさん! 今日はありがとうございましたっ! 私も沢山助けて頂いて――――」


「礼を言うのはこちらのほうだ。ミズハ・スイレン。お前のお陰でこうして新たな戦力も手に入ったしな」


「うむ! 俺たちもこれからは君たちと共に戦うぞ!」

「無論だ!」

「はっはっは! 俺がたくさんいるな!」

「ミズハ殿! ぜひまた手合わせしよう!」

「俺はもっと強くなってみせる!」

「歌やダンスもぬかりなく修練を積まなくては!」


 別れ際、前に出て反転者リバーサーに感謝を述べるミズハ。そんなミズハに対して反転者リバーサーは目線を向けると、その後ろに並び立つヴァーサス軍団が気勢を上げた。


 反転者リバーサーの話では、彼らはそれぞれ別の宇宙に住まわせるらしい。それは、この狭間の世界で最後の一つになってしまった今のヴァーサスの持つ因果を、さらに強化することにも繋がるのだと。


「でもミズハさん。あなたはそのヴァーサスが好きみたい。もしあなたが欲しいというなら、このヴァーサスの誰か一人を持って行っても構わない。私も普段からヴァーサスがもっと増えて欲しいと思っているから、あなたの気持ちも理解出来る」


「え――――っ!? そ、そちらの師匠をですかっ!?」


 そこで突然、じっとミズハを見つめていたロコがとんでもない事を言い出す。ミズハは顔を真っ赤にしてあからさまに狼狽えるが、本当に僅かな逡巡の後、にっこりと笑みを浮かべて口を開いた。


「ありがとうございます! でも――――ご遠慮させて頂きますっ! 私は、やっぱり師匠がいいですっ!」


「そう――――それなら私からは何も言うことはない。また会いましょう」


「う、うむ――――」


 隙あらば自分を増やそうとしてくるロコに対して微妙な表情を浮かべる反転者リバーサー。その横でミズハの返答にも特に表情を変えないロコと、相も変わらず騒ぎ続けるニセ・ヴァーサス軍団と簀巻きにされたニセ・反転者リバーサーを連れ、反転する意志の一団はその場から消えた――――。


「――――良かったのかミズハよ? 冗談のような話ではあったが、あのニセ・ヴァーサスは相当にヴァーサスだったぞ? 一家に一人ヴァーサス計画も夢ではなかったと思うが」


 反転する意志の一団を見送ったその場で、黒姫が腕を組みながら伺うようにミズハへと声をかけた。とはいえ、その声色からは本気でそう思っているようには感じられない。


「いいんですっ! やっぱり私には師匠が一番ですっ! いつかこの楽しい時間が終わってしまう時が来るとしても、それまではずーっと、師匠のお世話になるんですっ!」


「ふふっ……少々意地の悪い質問でしたね黒姫さん。貴方だって、そんなことをする気など少しもないでしょうに」


「クハハッ! シトラリイに言われるまでもない! この黒姫も今この瞬間の大切さというのは良く理解しているつもりだ。ミズハがそうするというのならば、この黒姫も思う存分このヴァーサスを堪能してくれるわッ! クハハハハ!」


「ちょ、ちょっとちょっと! 人の夫を堪能するとかお世話になるとか、すぐ隣に妻である私がいる時にする話ですかっ! 皇帝さん! 皇帝さんの力でヴァーサスのコピーを作ってお二人に配って下さい! 今すぐにっ!」


「ハハッ! いくらリドル君の頼みでもそれは聞けないよ。他ならぬ僕だって、そんなコピーのヴァーサスで満足はできないだろうからねッ!」


「ひえええ!? 三体! ヴァーサスが他に三体は必要ですよこれは!」


 黒姫からその思いを問われたミズハは淀みなく答えることができた。

 彼女の言う通り、いつかはこの日々も終わる時がくるだろう。しかしそれでも、この瞬間に感じている自分自身の想いは決して幻でも偽者でもないのだから――――。



 ●    ●    ●



 ――――狭間の世界。ニセ・ヴァーサス達を引き連れて飛ぶロコが、彼女にしては珍しく、しみじみといった様子で反転者リバーサーに声をかけた。


「――――ミズハさん、いい子だった。私も子供を持つならああいう子がいい」


「うむ――――そうか」


「でも不思議――――あの子はああ言っていたけど、彼女の近い未来の因果はこんなにもはっきりと出ていた――――ミズハ・パーペチュアルカレンダー。やがて、あの子の因果はあの二人とさらに強く結びつく――――」


「ほう――――? どうしてそうなるんだ?」


「それは、まだわからない――――いつかわかるかも、ね」



 ●    ●    ●



「というわけで師匠! さっそくですが、稽古をお願いしますっ!」


「ハッハッハ! ミズハは今日も元気だな! 俺も嬉しいぞ!」


「だ、だめですよ! 今何時だと思ってるんですかっ! 夕食もできてるんですっ! もう遅いですし、ミズハさんもご一緒にいかがですか?」


「あ! はいっ! じゃあお言葉に甘えてっ!」


「よし、ならばこのまま四人で一緒に食べるとしよう! 今日は俺の焼いたパンもあるのだ!」


 暖かな光が漏れる小さな家の扉が開き、その光の中に満面の笑顔を浮かべて入っていくミズハ。やがて家の中からは楽しそうな四人の声が漏れ聞こえ、静かな森の中に日々の光景を描き出していく――――。



 ――――たとえ無数の因果が絡み合い、すでに近い未来の出来事が確定していたとしても、ミズハにはそんな先のことはわからないし、考えるつもりもなかった。


 今この瞬間瞬間に全てをかけ、愚直なまでにまっすぐに切り抜ける。

 それが彼女の生き方であり、彼女だけが持つ可能性の光だった。


 こうして、今日もミズハはヴァーサスと出会ってからこれまでの日々を想い、そしてこの瞬間に感じている自分自身の想いを抱きしめて明日へと駆け抜けていく。


 その大きな銀色の瞳に、迷いなく大好きだと言える相手を、確かに映しながら――――。




『門番 VS 偽者 門番○ 偽者● 決まり手:バーニングファイナル門番ヴァーサス・パーペチュアルカレンダー&因果結晶オールフェイト&絶技・魂華繚乱』

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