物語を続ける門番
「――――僕も、あなたと一緒に行きますよ。アツマさん」
全てが終わった後。父であるギルバートをしかるべき機関へと預け、AMGフラグメントの崩壊を見届けたシトラリイはそう言った。
「……この事務所はどうするんだ。探偵はお前にとって天職じゃなかったのか?」
二人だけのオフィス。シトラリイは自らの言葉を裏付けるように室内の整理や片付けを始めていた。もう、イングリス探偵事務所はこの世界での役目を終えたのだと語りながら――――。
「探偵は続けますよ。ただ、事務所の場所が変わるだけです。 ――――今の貴方を見ればすぐにわかりますよ。貴方も続けているんでしょう? 探偵」
「うっ……まあ、なんだ。まだ開業してるわけじゃねぇんだが……」
まるでクロガネの現状を見透かしたようにその濃紺の瞳で見据えるシトラリイに、クロガネは思わず視線を逸らして肩をすくめた。
「貴方は千年を超える時間を別の世界で過ごしたそうじゃないですか。それなのに貴方の探偵としての物言いや思考の癖は、僕が知っている貴方と殆ど変わらなかった。これは、貴方が探偵として活動を続けていたか、もしくは最近活動を再開したかのどちらかであることを示している。 ――――簡単な推理です」
「…………本当にいいのか? あっちにはPCもねぇしWebもねえ。言葉だって通じるかわからん。知り合いだってゼロだ。煙草もねぇから、この俺がついに禁煙生活するハメになっちまった。言うほど簡単じゃないぞ」
「貴方に出来ることが僕に出来ないと思いますか? それに――――」
尚も念押しするように言葉を重ねるクロガネ。だがシトラリイは、ふと穏やかな笑みを浮かべ、機械端末からなにやら小さなストレージを取り外してその電源を落とした。
「僕たちは、そうやって誰でも新しい場所に行けるようにしたかった。大切な人と同じ時間を、誰でも自由に過ごせるようにしたかった――――。それがこうして無事達成されたんです。これからは、僕も僕の好きなようにします。 ――――拒否権はありませんよ、アツマさん」
シトラリイはそう言って、クロガネに笑みを向けた――――。
● ● ●
「――――素直に嬉しいなら嬉しいって言えばいいんですよ。僕が貴方と一緒に行くって言ったとき、喜んでるの顔に出てましたよ」
「これでも大分丸くなったつもりなんだがな……」
「ふふっ……そうですね。僕もそう思いますよ…………大変でしたね、アツマさん」
「――――まあな」
事務所のドアに鍵を閉め、部屋を借りていたオーナーに鍵と書類の譲渡を終えたクロガネとシトラリイ。二人は慣れ親しんだ街並みを名残惜しそうに、目に焼き付けるように眺めながら大通りを歩いて行く。
道行く人々の忙しさも、どこか寒々しさすら感じる人と人の距離感も、行き交う車の喧噪も全て普段通りだった。
だが、そこには確かに明るい開放感があった。AMGフラグメントによって抑圧され、自身の有り様と行いを強制されていた日々は終わった。きっとこの街も、これから先その姿を大きく変えていくことになるのだろう――――。
「さて、とりあえず向こうに戻ったら今の雇用主にも色々相談しないといけねえな。さすがに二部屋貸してくれってのも――――」
「僕は別に貴方と同じ部屋でも構いませんよ」
「…………お前、なんかやたらと押しが強くなってねえか?」
「これが本来の僕だと思っているので、慣れて下さい」
言葉を交わしながらヴァーサスたちと待ち合わせる中央広場へと向かう二人。
シトラリイの決意は固く、既にクロガネも納得している。クロガネにとってはこうしてシトラリイと共に肩を並べて歩くのは数千年振りであり、シトラリイにとっては数日ぶりとなる。
互いの過ごした時間には大きな隔たりがあったが、それでも二人の距離は以前よりも近く、その表情は穏やかだった。
そして――――。
『――――見事深淵を倒したな。ご苦労だった、クロガネ』
「やっと来たか……悪趣味にも程がある。お前、俺たちがアレに勝てなかったらどうするつもりだったんだ?」
「――? ヴァーサスさん? いえ、似ていますが……違う」
雑踏の中、目の前に一人の男が現れる。それは普段の灰褐色のローブ姿ではない、黒く長い髪と青い瞳を露わにし、クロガネの世界の一般的な服装に準じた身なりの
『お初にお目にかかる、シトラリイ・イングリス嬢……銀の門の所持者よ。俺の名は
「――――こいつとは長い付き合いさ。俺も、何度も助けられた」
クロガネは
『――――あの石はお前のエントロピーを集積する装置だった。石にお前の記憶や情報が充分に溜まっていれば、石の発動と同時にこの宇宙が創造され、お前たちが飛ばされるように俺が作ったものだ』
「相変わらず手の込んだことをしやがる。なんだってそんなことを?」
『お前たちの強化が一つ。人の力で深淵を撃退できるかの確認が一つ。そしてもう一つは――――』
そう言うと
『三人目の門の所持者をあの世界へ集めることが目的だった。お前への慰労の意味もあったが……野暮なことは言うまい』
「三人目の門……僕の中にある……これが……」
「お前は知ってたんだな。シトラリイが門の支配者だったってことを……」
『お前の歩んだ時間軸では、そうなる前に殺害されてしまったがな』
シトラリイは自身の内に宿る新たなる力をはっきりと感じていた。黒姫とリドルが即座に協力してくれたおかげで暴走するような事態にはならなかったが、今後シトラリイは、自身の内に存在する門の力と向き合う必要があるだろう。
「なら、今回のことは全部お前の仕組んだことだったってわけだ。正直、ひっかかりが無いわけじゃないが……」
『――――それは違うな』
『ただ過去と再会するだけで終わるか、それとも二人の時間を新たに刻むか。それらは全て、お前たち二人の判断と力によるものだ。そこに俺の計画は介在していない』
「……ヴァーサス」
クロガネは思わずその名を呼んだ。男が
『――――クロガネ、お前からの有給申請は受理した。しばらくの間、ゆっくりと休むが良い。またいずれ、お前とイングリス嬢の力は必ず必要になる。その時まで、お前の牙を研いでおけ』
「ありがとよ。お前も悪人ムーブしすぎるんじゃねえぞ。誤解されるからな」
『フッ……気をつけよう』
その言葉を最後に、
クロガネは驚くシトラリイに肩をすくめて笑みを浮かべると、再び雑踏の中を二人で歩み始めた――――。
――――それから一ヶ月と少し。
ナーリッジの街に、新しい探偵事務所が開設された。
『Inglis Detective Agency』と書かれた金属製のプレートの上に、付け加えるように『& Kurogane』と書かれた木製のプレートが重ねられた風変わりな事務所。
探偵という職業はナーリッジには存在していなかったが、彼らはすぐに街の人々に受け入れられ、今日も日々、様々な依頼に追われている――――。
一度は潰え、破滅という結末を迎えた物語――――。
彼らはその結末を自らの力で打ち破り、物語の続きを再び描き出した。
彼らには、これからも多くの困難が降りかかるだろう。
そしてその中には、当然彼らの物語の終わりも含まれている。
しかし、それでも彼らは歩み続ける。
自分自身の物語を、紡ぎ続けるために――――。
『門番 VS VRMMO 門番○ VRMMO● 決まり手:物語は続く』
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