火を灯す門番
赤い空が割れる。
神の力が消え、空が晴れる。
大地を覆うダストベリーの障壁が力を増し、青い星が金色の輝きに包まれる。
空に輝く星々が再び姿を現わす。神々の力によって異次元に隔離されていた星の領域が元に戻ったのだ。
これは戦いの終結を意味するものだろうか?
――――否。
戦いは、神々と門番たちの最後の決戦は、今このときより終局へと加速した。
「ヴァーーハッハッハ!」
門番ランク2。ウォン・ウーが仁王立ちの体勢のまま天を滑るように飛翔する。名も無き神に対して無造作に突き出されたウォンの拳が神の領域を侵し、大きく湾曲させる。
「
門番ランク1。ドレス・ゲートキーパーの持つ聖剣が眩いばかりの閃光を発し、ドレスと共に破滅の因果を断ち切る光刃と化して名も無き神の領域に迫る。
ウォンとドレス。二人の持つ個としては極限の領域が名も無き神の生まれたばかりの次元を大きく震わせ、湾曲させる。だが――。
『興味深いです――貴方たちは私に様々なことを教えてくれる。ですが、貴方たちは絶対に私を消すことはできません。理解できませんか? ――――ならば、教えましょう』
「ぬうっ!?」
「――っ!?」
並の神ならば、たとえ束になってかかろうとも一撃で滅殺されるであろう二人の一撃が、名も無き神の領域によって押し潰され、食い破られる。
ウォンはその周囲の絶対領域を大きくゆがめて弾かれるように吹き飛ばされ、ドレスは
「違う……! この座標じゃない……! こいつの本体はここにはいないっ! でも、それならどこに!?」
吹き飛ばされた二人への追撃を阻むように黒姫が領域を展開し、笑みすら浮かべる名も無き神を最早何度目かわからないまま即座に押し潰す。
それは人間の周囲をうっとうしく飛ぶ羽虫を潰すかのように造作も無いことだったが、しかし確かに潰されたはずの名も無き神は、また少しだけ位置を変えた場所に瞬間的に出現する。
当初は神々が持つ創造の力を疑った黒姫だったが、これはそんなレベルを遙かに超えている。黒姫の視覚が、座標を知る力が、次元を探知する力が欺かれている。攪乱されている。
「お二人とも大丈夫ですか!? ダストベリーさんは!?」
黒姫は大きくその手を掲げ油断無く領域を拡大させると、もうもうと粉塵を巻き起こした後方の門番たちに声をかける。
「私は大丈夫です――――エア様……貴方様のお力、とても心強いです……」
「私は、この星に住むみんなの神様だから……だから、私にもたまには神様らしいこと……させてほしい……私も、みんなと一緒に頑張りたい……わっしょい……!」
ダストベリーは自らの背中にきゅっと抱きつきいて純銀の輝きを放つエアを見た。
最早限界を迎えようとしていたダストベリーに、命の女神エアは自らの持つ生命の力を注ぎ込んで支えたのだ。エアの持つその力は、傷ついたダストベリーを暖かく癒やし、励ました。
「ク……クククククッ! ヴァアアアアアッハッハッハ! 今のは効いたぞ神よ! 俺の天を歪めたのはドレス以来だ! ますますもって面白くなってきたッ!」
巻き起こる粉塵が一瞬で消滅。地面が半円の形に抉れ、放射状のプラズマを放ちながらその髪を逆立てたウォンが無傷で出現する。
「おいドレス! 貴様いつまで寝ているつもりだ!? 貴様の力はその程度ではあるまいっ!?」
「……げほっ! げほっ! ハハッ……! そう言いたいところだけどね……っ!」
叫ぶウォン。未だ巻き起こるもう一つの粉塵の向こうに、傷つき、片膝を突いたドレスが現れる。
「なるほどね……ヴァーサスが苦戦するわけだよ。強がりの一つでも言いたいところだけど……今の僕じゃまだ勝てない」
ドレスはそう言うと、バチバチと火花を上げて刃こぼれした
「ヴァーサス……君は、こんなやつを相手にして…………僕も、君のようにできるだろうか…………」
ドレスは静かに呟くと、名も無き神のすぐ傍の領域に転がる槍と盾を見る。ドレスの脳裏に、ヴァーサスと闘った時に感じたイメージが蘇った。
「(あの時……僕と闘った時のヴァーサスは本気を出していなかった……何か、とてつもない力を必死に押さえ込みながら闘っていた……それはおそらく、僕を傷つけないためにそうしてくれていたんだ……)」
ヴァーサスと対になる狭間の武具の所持者であるドレスには、そのイメージがおぼろげながらに掴め始めていた。
しかしヴァーサスは、おそらく今もその力を使えたにもかかわらず、使わなかった。
それはつまり、ヴァーサスですら躊躇するような事象がこの世界に発生するからだろう。目の前に立つ、この圧倒的脅威よりも恐ろしい、後戻りできない何かが――。
「ははっ……考えても仕方ないか。ヴァーサスに出来るなら僕にだって出来る。彼が到達できたのなら、僕だって並べる……! そして、いつか必ず追い越してみせる……! 今がその絶好のチャンスってやつだよ!」
叫ぶドレス。
傷つきながらも、砕かれた盾と刃こぼれした聖剣を握り締め、ヴァーサスと同様の放電現象を発現させたドレスが立ち上がる。
「ヴァーッハッハ! それでこそ――」
「それでこそドレスよ! 血まみれのあんたもなかなかいいじゃない? アハッ!」
その時である。ドレスの背後からカムイが現れ、傷だらけのドレスの頬に軽く口づけした。
「カムイ……良いタイミング、と言いたいところだけど、シオンとミズハさんの様子はどうだったんだい?」
「なによ、反応それだけ? ちゃんと見てきたわよ。ミズハのとこには変なおまけがついてきたけど――」
「だっしゃああああ! 勝負だヴァアアアサアアアス!」
そっけないドレスの態度につまらなそうな表情を浮かべるカムイ。だがそれと同時、カムイが現れた門から耳をつんざくような大声と共に半裸の青年が飛び出してくる。
「だっはっは! 無敵巨人ギガンテス参上! どこだヴァーサス!?」
「あはは! ぎっくんってとっても元気だねー! ライオンさんみたい! がおー!」
「そのぎっくんってのやめろ! 恥ずかしいだろうが!」
そしてギガンテスの肩に乗ってニコニコと笑みを浮かべ、腕を振り回すルルトア。
ルルトアはギガンテスにすっかりなついたのか、その耳たぶをぷにぷにと握って遊んでいる。
「みなさん……っ! すみません、遅くなりました……!」
そして、最後にふらつく足取りで現れたミズハ。
だがミズハは、目の前に広がるその光景に思わず息を呑んだ。
まるで雰囲気の違う黒姫。
傷つき、砕けた盾を持つ最強の門番ドレス。
そのもてる力全てを注ぎ、二人で障壁を維持するダストベリーと女神エア。
そして、目の前に立つ、ミズハが討ち果たした創造神レゴスとは桁違いの力を感じさせる名も無き神と、その足下に落ちる折れた槍と盾の残骸――――。
「師匠…………? リドルさんも…………お二人は……師匠とリドルさんはどこにっ!?」
その場に、彼女の師の姿はなかった。
即座に何かを察したミズハは、青ざめた顔で答えを求めて声を上げる。
だが――。
「――――大丈夫ですミズハさん。今二人は、こことは違う場所で闘っています。絶対に、無事に帰ってきますから、どうか、ご心配なさらず――――」
「えっ……リドルさん……? 違う……黒姫さん……?」
「ややこしくて申し訳ありませんね。実はこれが私の素なのですよ。以前のはぶっちゃけ言うとキャラ立てです。はい」
「そ、そうだったんですか!? 凄いです……! 黒姫さん、教えて下さりありがとうございます!」
黒姫は取り乱しそうになるミズハに即座に声をかけると、安心させるように二人の状況を説明した。そしてミズハに向かって微笑むと、再び眼前の名も無き神に相対する。
「それで……シオンだけど……ごめんなさい。見つけられなかった……あいつの乗ってた魔導甲冑は見つけて、調べたんだけど……すごく、壊れてて――」
「……わかった。ありがとうカムイ…………大丈夫、シオンは僕が知る限りどんな絶望的な状況でも必ず生きて帰る男だ。今は彼が戻ってくるときのために、目の前のこいつをなんとかしよう」
俯くカムイの肩に静かに手を置くドレス。
ドレスはこの場に集まった傷ついた仲間たちを見回すと、全員と目を合わせ、頷いた。
「さあ、僕たち門番の仕事を果たすとしよう。黒姫さん、今この場でこいつのことを最もわかっているのは君だ。ここは一つ、なにかアドバイスを頂けると助かるんだけど」
「一つ、試したいことがあります……上手くいけば、これでこいつの不死身の種が割れるかと」
ドレスはつかつかと黒姫の横に並びたつ。
全身傷つき、剣も盾もその輝きを弱めていながら、その姿には優雅さすら感じさせた。
「おい、黒姫とか言ったな。貴様、以前のキャラとやらにはもう戻さんのか? 俺はあれのほうが好みだ。ヴァーハッハッハ!」
「この世界のリドルと並ぶとさすがにややこしいので……まあ考えておきますよ。二人がちゃんと戻ってきたときに、ね――」
ずんずんと大地を揺らし、ウォンがドレスとは反対の側に並んだ。
ウォンは自身の無精ひげをざらざらとなで上げながら、黒姫のその威風堂々とした立ち振る舞いに、大層な物を見たとばかりに頷いた。
「すっごーい! 本当にリドルとそっくり!」
「んーー? こいつもどっかで見たことあるぞ!? 覚えてねぇけど! ガハハ!」
「黒姫さん……私もまだ、動けます……なんでも言ってください、応えて見せますからっ!」
「ええ。お願いしますよ。二人が帰ってきたら、また皆でなにか食べましょう」
「――はいっ!」
黒姫の周りをくるくると回るギガンテスとルルトア。
そして限界を迎えながらも未だ立ち上がるミズハ。
そしてカムイが最後に続き、全員が名も無き神の前に立ち塞がった。
そして黒姫は――。
「(ああ――)」
黒姫は、自分の右を見て、左を見て、周りをぐるりと見た。
そのどちらにも、今自分と共に、同じ方向を見て並び立つ仲間がいた。
「(ヴァーサス……リドル……私も、二人に会えて良かった……この世界に来れて良かった……だから――)」
気がつけば、黒姫はもう一人ではなかった。
「では皆々様、どうか私の言った通りに――!」
黒姫の声に、その場にいる全員が一斉に気勢を上げた。
自身のすぐ傍で、自分の想いに応えて発せられたその声に、その激しい音に――。
黒姫は、その時生まれて初めて感じた熱を、自分の心に確かに灯したのだ。
「――絶対に、この世界を守って見せます! 行きますよ、皆さん!」
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