圧倒する門番


「んん……?」



 辺り一帯を極寒の氷雪に囲まれた純白の世界。


 そこに突如として現れる巨大な門。


 そして、その門の前に立つ一つの影――。


 純白に覆われた世界の中でただ一つ、燃えるように赤い紅蓮の甲冑を身に纏った巨躯の男が訝しむように首をもたげた。



「……ミズハとシオンか。まだまだひよっことばかり思っていたが、なかなかどうして、やつらもやはり門番よ! 先が楽しみだな! ヴァーハッハッハ!」



 白髪混じりの黒い逆立った長髪に、凶暴さと理性を同時に宿す双眸をぎらつかせた、門番ランク2。ウォン・ウーである。


 降り積もる雪の下、満足げな笑い声を上げるウォン。しかし良く見れば、その雪はたった一粒とて彼の体に到達していない。


 無数に降り注ぐ雪の粒は、ウォンの体から約1メートル離れたあたりでまるでその存在自体がなかったかのようにかき消えていた。



『ア……アア……』



 ウォンは呻き声のする方へと顔を向ける。

 その先を見るウォンの表情には、もはやなんの色も浮かばない。


 先ほど心地よく笑い声を上げていた男と同一人物とはとても思えないような、完全に興味を失った冷たい色だった。



「……どうした。俺はさっさと次のを見せろと言ったはずだが。まさか、あれで終いか?」



 そこには雪の中に埋もれ、今も降り積もる雪によって埋没していく砕けた顔のような物体があった。


 つい先ほどまで、それは、残された半分ほどの顔面を恐怖と驚愕に引きつらせ、震える音を発した。



############


『冥府の神ダレス』

 種族:神 

 レベル:9999

 特徴:

 森羅万象の死と消滅を司る神。

 目に見える世界では消えたように見える事象を保存し管理している。

 過去に起こった事象を記録映像のように再現し、過去の英霊も召喚できる。

 また、目の前の存在を強制的に自らの領域に保存し幽閉することも可能。

 

############



『ま……まさ……か……きさま……すでに……我らと……同じ次元に……』


「終わりか……つまらん」



 ウォンの手が硬質の顔をわしづかみにして引き上げる。


 徐々に力が込められていく力強い手のひらの中、ミシミシと嫌な音を立てて残された神の顔面がひしゃげていく。



『アアアアア! た、助けて……! 助けて……! レゴス……! 我を創造……!』



 冥府の神が最後に覚えた感情。それは圧倒的絶望だった。


 永遠に繰り返す死を与える力も、新たなる空間を生み出し、幽閉する力も、自らの審判の一撃も、そのどれもが目の前の男には一切の効果がなかった。


 自分自身は、神とは、こうまで無力な存在であったのか。


 冥府の神は圧倒的絶望にその領域を塗り潰され、恐怖の涙を流しながらぐしゃりと押し砕かれ、死んだ――。



「……これが門番の力だ。少しは楽しめるかと思ったが、どうやら外れを引いたか」



 ウォンは鼻を鳴らして侮蔑の感情を露わにすると、その場に背を向けて再び天を仰ぐ。


 その大きな背中に封印された太刀はヴァーサス達と別れたときのまま、未だ鞘に収められている。ウォンの足下に積もろうとする雪がその存在を抹消され、地面がウォンを中心とした領域の形に抉られる。



「そうだ……今この場で闘う門番の中に、神ごときに遅れを取るような奴は一人もいない。なぁ、そうだろう? ――――クルセイダス」



 ウォンは一人、寂しさの浮かんだ声で呟くと、見上げた空の先に見える面影に向かって僅かな笑みを浮かべた――。



 北の門番ウォン・ウー


 VS


 冥府の神ダレス 


 ○門番 ●冥府の神 決まり手:圧砕



 ●    ●    ●



 大陸南端。もっとも辺境にありながら、豊富に産出される鉱物資源によって潤う大都市の中心部。


 驚くべき事に、リドルの管理する南の門はこの街のど真ん中に存在する。


 人々は赤く染まった空に当初は驚いていたものの、今は平然とその周囲を通り過ぎている。普段通りに語らい、商売に励み、仕事に勤しむ。


 完全に平穏そのものの光景。


 そして、その中心にできた人だかりの中に、彼はいた――。



『戻れ――! なぜ戻らない!? 加速でもいい! 停止ならばどうだ!? なぜだぁぁぁぁ!? なぜ貴様には妾の力が届かない!?』


「ああ、それはね。僕が【】を持ってるからだよ。僕に時空間操作系の力は効果が無い。この前ヴァーサスと闘った時、いつのまにか彼が【】を覚えていたから、負けたくなくてすぐに僕も覚えたのさ」



 こともなげにそう言い放ったのは、純白の外套と甲冑に身を包んだ銀髪長髪の見目麗しい褐色の青年――門番皇帝ドレス・ゲートキーパー。


 ドレスのその言葉に、その光景を周囲で見守る観衆たちは沸き立ち、割れんばかりの大歓声を送った。



『な……なんなのじゃ貴様は……特異点はヴァーサスのみではなかったのか……!?』


「まあね。今の僕はヴァーサスより弱いと思うよ。僕に手も足も出ないようじゃ、君たちの計画っていうのは最初から破綻してたんじゃないかな?」 



 驚愕に目を見開く異形。


 全身に時計のような意匠を多数貼り付けた、歯車の集合体。


 自らを時空神ローヴァと名乗ったその神に対し、ドレスは既に目線すら合わせず、自らの全殺しの剣スレイゼムオールを遊ぶように振り回して自身の動きを確認する。



############


『時空神ローヴァ』

 種族:神 

 レベル:9999

 特徴:

 時空を司る神。

 時の加速、減速、逆回し、停止を自在に操る。

 空間そのものを操作し、真空崩壊による次元消滅を引き起こすことも可能。

 あらゆる神の中でも上位に位置し、次元の理を左右する強力な存在である。

 

############



『許さぬ……この妾を前に……そのような不敬……! 決して許せるものではないぞ!』


「へぇ……あれだけやられてまだ何かできるのかい?」



 しかし、いかに圧倒的力の差を見せつけられたからといって、ローヴァも神である。その自身を眼中に収めぬドレスの態度は、ローヴァの怒りを頂点へと押し上げ、最早後先構わぬ暴挙へと歩ませる。


 ローヴァの全身の歯車が不気味な音を立てて正確な時を刻み、時計の針が破滅へと突き進む。



『見せてくれる! あらゆる神の中で妾のみに許された力! これをもって時空の角度を変え、この次元ごと全てを無に帰して――――』


「よし、いいよカムイ」


「はぁあああああああ!」


『――っ!?』



 ローヴァがその圧倒的力の臨界点に達し、この星どころか宇宙そのものを消し去る力を発動させようとしたその瞬間、雑踏の中から飛び出してきた赤髪の少女――門番ランク6、カムイ・ココロが、その手に握り締めたレイピアを狙い違わずローヴァの脊柱部分めがけて刺し貫く。


 不可解なことに、あらゆる低次からの干渉を防ぐはずの神の障壁はまるで最初から存在しなかったかのように効果を発揮せず、カムイの到達を許した。



わ! あんたのその力――っ!」


『な、なにを!? おお……おおおおおお!?』


 

 カムイが正確に放った一撃。ローヴァの背に突き刺さったレイピアが閃光を発し、それと同時にローヴァの体が大きく崩れた。


 崩れたというのは正確ではない。

 正確にはしなびたのだ。


 まるでその体内の容量を大きく減じたかのように、ローヴァの体がやせ細り、ひび割れ、骨と皮だけのようなみすぼらしい姿へと衰えていく。

 

 だが、衰えていくローヴァとは対照的に、その背面にぴったりと張り付いたカムイはその両目が神と同色の黄金色に輝き、赤い髪がぞわりと逆立つ。カムイの全身から溢れんばかりの金色のオーラが溢れ出し、彼女の周辺領域がぐにゃりと歪んだ。



「くっ……くくっ……ククククッ! アッハハハハハハハハハ! すごいすごいすごい! さすが神ね! 凄い力じゃない!? こんなに力をもらったのも久しぶりね! キャハハハハハハハ!」


『オオオ……わらわ……の……力が……吸われ……なんたる……こと……』


「アハハハハハ! まーだ生きてるのぉ? 力はとっくに全部貰ったからぁ、あんたはもう用無し! キャハハハ! 消えなさいッ!」


『オ……オゴオオオオ!』



 ローヴァの体を構成していたあらゆる物質がカムイの側へと吸い寄せられ、跡形もなく消えた――。



 時空神ローヴァは死んだ。



 そしてもはや興味も無いとばかりにローヴァには一瞥もくれず、金色のオーラを全身に漲らせたカムイが地面へと降り立つ。



「ごちそーさまぁ! アッハハハハ!」


「上手くいったようだね、カムイ。これでしばらくは君も一人で神と戦えるんじゃないかな?」



 その瞳を黄金色に輝かせるカムイに、ドレスが歩み寄って尋ねる。



「神とだけじゃないかもよぉ? どう、ドレス? 私と今からみない?」


「やれやれ……こういうときの君は本当に色々とだね。調子に乗るのもいいけど、今は他の皆を守ってあげるときだよ」


「色々とかアレってなによ!?」 



 少し前までの真面目で凜々しい面持ちは消え、大人びた妖艶さすら浮かべてドレスに迫るカムイ。しかしドレスはそんなカムイの様子に呆れたように首を振ると、ため息をついて両手を広げた。



「……まぁ、いいわ。今の私は最高に気分がいいの! せっかくこんな力を貰ったんだし、神だろうがなんだろうが全員私が食い尽くしてやるわよ! アハハハ!」


「そうだね。その様子ならしばらくは君に任せても良さそうだ。僕はこのままこの門を守るから、カムイはシオンのいる西門とミズハ君のいる東門の様子を見てきてくれるかな。ウォンはどうせ、今頃一人で酒でも飲んでいるだろうからね」


「わかったわ。あーあ。今ならドレスにも勝てるかもしれないのになぁ! 残念!」


「ハハッ! 絶対に無理だからやめておきなよ。じゃ、頼んだよカムイ」


「はーい!」



 カムイは口を尖らせてつまらなそうにドレスに手を振ると、そのままパタパタと駆け出して南門の向こう側へと消えた。



「さてと……どうやらあとはヴァーサスのところだけみたいだね。大丈夫だとは思うけど……」



 再びその扉を閉じた巨大な南門を見ながらドレスが呟く。


 戦いの終わりを見届けた街の人々が一斉にドレスに周りに集まり、大声で喜びと勝利の歌声を上げた。



「まあ、君なら問題ないだろう。後は頼んだよ……ヴァーサス」



 ドレスは周囲の人々に神の如き笑みを振りまきながら、未だ戦いを続ける最愛の友の無事を信じた――。

 


 南の門番ドレス・ゲートキーパー & カムイ・ココロ


 VS


 時空神ローヴァ 


 ○門番 ●時空神 決まり手:全生命力吸収



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