創造神も通さない門番
その姿は蛇に似ていた。
全長三メートルほどの体躯に、一対の翼。
上半身は辛うじて人に見えなくもないが、下半身は太く、無数の節がある蛇や昆虫のものだった。
肖像画や、神殿などに飾られる彫刻では人型の王や偉人を思わせる姿で描かれているが、実際目にする創造主の姿は、とても人知の及ぶ外見ではなかった――。
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『創造神レゴス』
種族:神
レベル:9999
特徴:
宇宙誕生の際、万物の創造を担った神。
宇宙に存在するありとあらゆる物質を即座に生成可能。
それは生物、人物にまで及び、応用することで
神々の中では比較的穏健派。
しかし同時に自身の創造物が改ざんされていたことに最もショックを受けている。
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『神に刃を向けるその行い……私は許そう。君たちをそのように作ったのはこの私。滅びに抗えるように、絶望に立ち向かえるように、強くあれるようにと願い作った。だが今は別れの時、最後に我が子が至った到達点、見定めてあげよう』
「うわっ! すごいのがくるよー!?」
「一の太刀……!」
レゴスはその硬質な表情に慈しみとも悲しみともつかぬ色を浮かべ、手をかざす。
その所作は威厳に満ち、まるで世界の全てを慰めるかのようですらあった。
しかし――。
「――っ!?」
次の瞬間、辺り一面の景色はあらゆる生物が死滅する絶滅空間と化した。
ミズハを囲む全方位、半径数キロメートルに渡り、見たこともない禍々しい金属の茨が空間から一斉に生えてきたのだ。
その生成速度はコンマ数秒。
光速にすら至るかという速度で生成された茨の刺突は、ミズハめがけて次々と襲い来る。
「はぁ――あああああ! 万花繚乱ッ!」
だがミズハはその数千にも及ぶ光速の刺突を次々と両断。
巻き起こる滅殺の暴風の中、そこにたった一輪で咲き誇る可憐な花のように強く、美しく舞い踊る。
しかしその嵐は止むことが無い。
いかにミズハが強く、この未知の金属を切断できるからといって、それを無限に捌き続けることは不可能――!
「やるしかない! 睡蓮双花流……終の太刀!」
「僕も合わせるよー! みんな小さくなーーーーれっ!」
瞬間、ミズハの甲冑から顔を覗かせたルルトアがその力を解放する。
ルルトアのかけ声と同時、ミズハを囲んでいた全ての茨は消滅。否、正確には素粒子サイズまで縮小され、その存在を維持できずに弾けて消えた。
一瞬でレゴスまでの道が開けた空間を、ミズハが一陣の閃光となって奔る。
「――月華睡蓮!」
かつてとは比べものにならない、バダムを両断したときよりも、クロテンと死闘を演じたときよりも遙かに速く、正確で、狙い研ぎ澄まされた一刀。
それは狙い違わずレゴスへと届いた。しかし――。
「――っ!? 厚い!」
『すばらしい技量。私は感動している。未だ三つ目の歩みを踏み出したばかりの君たちが、しかしその歩みの中でここまでの領域に達したことを、私は心から嬉しく思う』
ミズハの放った終の太刀が、強大な魔法障壁によって止まる。
それはまさにミズハの言う『分厚い』という表現が正確だった。
未だレゴスは眼前数メートルは先。
しかしその時点でミズハの放った刃はその威力を失って停止する。
まるで、極厚のクッションを切り抜けようとしたかのような感触。
一瞬の停滞。レゴスは動く。
『もっと見せてくれ。君たちの成長を親であるこの私に。今日は我が子の晴れ舞台だ。私は君のその姿を永遠に記憶しよう。そして次の世界でも君のような強く、美しい子が生まれ、育つように願おう』
「うわわ! ミズハさんっ!」
「くっ!」
次に現れたのは巨大な石柱。
次々と現れるその石柱は一つが一千メートルにも達しようかという程。
いかなミズハとはいえ、無数に現れる巨大質量全てを切り抜ける事は難しい。
そしてそれはルルトアも同様。
全ての石柱を縮小し、先ほどのような一瞬の隙を作ることは可能だった。
しかし、ルルトアの力とて無限ではない。無尽蔵に現れる石柱を闇雲に消滅させていては、ただルルトアが消耗するだけで敗北は必至。
ミズハはもはや上下の逆すら定かではない無数の巨大な石柱の上へと降り立つと、再びレゴスが座する位置めがけて疾走。
その間も左右から、上空から、そして今頼みにする地面からも間断なく出現する石柱を躱し、切断し、飛び乗って、足を止めずに走り続ける。
赤い空はもはや周囲を囲み、今自分がどの程度の高さにいるのか、地面はどちらにあるのかすら曖昧になっていく。
「ミズハさんっ! さっき近づいたときやってみたんだけど、僕の力、あの神様にも効きそうだったよー!」
「本当ですか!?」
「うん! かなり力を使わないといけないから、一回やったら暫く休まないとなんだけど、多分あの障壁ごと小さくできそう! ってことで、二人でやっちゃおー!」
「はいっ! 斬って見せます!」
『――そうだ。あらゆる希望が君たちの糧となる。希望を糧として君たちは輝く。全て、私が願った通りだ――』
自らの生み出す領域を駆け抜ける小さな存在を見つめるレゴス。
レゴスはいつのまにか、ミズハの懸命に抗うその姿に涙を流していた。
それは、レゴス自身が言ったとおり、我が子の成長を見て涙する親の心だった。
『許せよ――』
一人呟いたレゴスの周囲に、無数の青い粒子が収束する。
それは圧倒的魔法力の渦。
そう、レゴスは今この時まで一度も魔力を攻撃に使っていなかった。
これを撃てば非力な我が子はどうなるだろう?
そう思うレゴスの親心が、ミズハに極大の消滅をもたらす魔法攻撃を躊躇させていたのだ。
『誕生せよ』
「っ!?」
瞬間。その音は光となってミズハの座標その位置に炸裂する。
かつてヴァーサスもヴァルナから受けた、並の戦士であれば一撃で数万人が死に絶えるであろう威力の魔法攻撃。
炸裂した音は巨大な爆風を伴って空間を揺らし、辺り一帯を閃光で照らす。
いかなミズハが上位門番とはいえ、その直撃を生き残ることは――。
「今です! ルルさん!」
「よーっし、やっちゃうよー! なにがなんでも……ちいさくなーーーーれっ!」
『お、おおおお!?』
凄絶な豪炎が真っ二つに割れる。
その狭間から、ボロボロに砕かれた甲冑を脱ぎ捨て、頭にルルトアを乗せたミズハが出現する。
ミズハはヴァーサスのように完全魔法抵抗を持っていない。
神の魔法攻撃に耐えることはまだ出来ない。
故に――ミズハは神の魔法を斬ったのだ。
当然、その余波はミズハの肉体を焼き、無視できないダメージを与える。
だが無論、直撃するよりも遙かに被害は少くて済む。
「今の私に師匠と同じ事はできないっ! でも――!」
レゴスの魔法障壁が、縮小する肉体に比例するようにその厚みを減じていく。
創造神の顔に初めて驚きの色が浮かび、硬質の体表にヒビが入る音が鳴った。
「それでも――! 私に斬れないものはないっ!」
一閃。
黒煙とその体から流れ落ちる鮮血の尾を引いて、ミズハの刃がレゴスを切り裂く。
『す……バラ……し……』
両断されたレゴスの頭部が砕け、完全に破砕し、光の粒子となって消滅する。
「やったやったーっ! これがっ!」
「私たち門番の力です!」
ミズハは血にまみれ、ズタズタになった体で、しかしそれでもその流麗な所作を崩さぬまま空中で二刀を華麗に振って残心。
鮮血の赤に染まった天上を背景に、創造神の消滅を見届けた――。
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