第八戦 門番VS 夢見る妖精さん
弟子が見ていた門番
貿易都市ナーリッジのトップ門番、ミズハ・スイレン。14歳。
身長は140センチに惜しくも届かない。色々と小さいのが彼女の悩みだ。
かつてはアイドル門番として昼夜を問わず門の前で愛想を振りまいていた彼女だったが、現在の彼女はそういった活動を一旦お休みし、別のことに夢中になっている。
今もその長く美しい黒髪を一つにまとめ、銀色の瞳を輝かせながら上機嫌で森の中を走り抜けていく。
その速度は常人では目に捉えることすら難しいであろう速度。
とても道なき道を走っているとは思えない。
これもまた、ミズハが師と仰ぐヴァーサスに提案された修行の一環である。
ナーリッジからヴァーサスの居る門までは数キロほどの距離があるが、ミズハはいつもこの距離を走る抜ける時間が好きだった。
街から離れ、森へ入り、森を抜けたら大きく開けた青空と唐突に現れる巨大な門。
そしてそこにはいつもヴァーサスが先に準備を終えて待っていて、ミズハがやって来たのを見つけると、凄まじく元気な挨拶と共に満面の笑みを浮かべてくれる――。
果たして、ミズハの鼓動が高鳴るのは走ったことによるものか、それともたった今思い浮かべた笑顔によるものか。
ミズハ自身そんなことはどうでも良かったし、考えたこともなかった。
ただひたすらに、自分の大好きな場所へ――。
自分の尊敬する人々の元へと確実に近づいていく、この瞬間が好きだったのだ。
そう、その時までは――。
「――大丈夫ですか!? ちょっと見せてください!」
「ハッハッハ! この程度どうということはない! 広範囲に攻撃する手合いだったが、リドルに怪我がなくて良かった!」
「――っ!?」
ミズハはなぜそうしたのか、自分でもわからなかった。
いよいよ森を抜けようとしたそのとき、聞こえてきたリドルとヴァーサスの声と、一瞬だけ目にした重なるような二人の姿――。
ミズハの体はその二つの情報に即座に反応すると、一瞬で気配を消して手近な低木の茂みの中へと身を隠していた。
「(……え!? え!? なんで? どうして私、隠れて……?)」
自分でも理解不能なその行動に混乱するミズハ。
しかしそんなミズハをよそに、リドルとヴァーサスのやりとりは彼女の耳と目に嫌でも飛び込んでくる。
「駄目です。もしも変な毒とかあったらどうするんですか……あんなに何度も無茶しないでって言ってるのに、ほんとにわかってます?」
「そ、それはその通りだ……俺としたことが、つい門の前で闘うと胸が高鳴ってしまってな……いつも心配させてしまってすまない」
「ん……毒とかはなさそうですね……傷口も綺麗ですし、後で念のため街のヒーラーに見せに行きましょうね」
もぞもぞと低木の枝を掻き分け、くりっとした大きな瞳で草木の狭間からこっそりと二人をのぞき見るミズハ。
目の前で繰り広げられる二人の会話とその距離感に、なぜかミズハはどきどきと胸の鼓動が早まり、頭に血が昇っていくのを感じていた。
「うむむ……そこまですることだろうか? こんな傷適当に舐めておけば勝手に治るのでは……」
「子供ですかー! さっき私が言ったこともう忘れてるじゃないですか! それとも……もしかしてそれ、わざと言ってたりします……?」
「り、リドル……っ?」
「私との約束を破った罰……実は期待してたりとか……?」
「そんなことは……っ」
「(……っ? お、お二人はなにを……え……ええっ?)」
木々の影から覗き込むミズハの銀色の瞳に、ゆっくりと重なっていくリドルとヴァーサスの姿が映る。
鼓動が限界まで速くなり、呼吸はずっと止まったまま。
握られた手はじっとりと汗ばみ、屈めた足はがくがくと震えた。
リドルとヴァーサスの顔が重なり、二人の会話が途切れる。
そして――。
「――む!?」
瞬間、ヴァーサスが何かに気づいたように顔を逸らした。
「んん……? どうかしましたか?」
「いや……なにやら気配を感じたのだが……気のせいだろうか」
「気配ですか……? あっ!」
ヴァーサスのその言葉に、リドルはすぐさま服のポケットから懐中時計を取り出して時間を確認すると、しまったという顔で声を上げた。
「これは……もしかするとやってしまいましたか……だから黒姫さんにもあんなに言ったのに……」
「どういうことだ?」
「いやはや……これはフォローしてあげないとですね……」
不思議そうなヴァーサスの顔を見て、やれやれという様子で首を振るリドル。
この時のヴァーサスはまだわかっていなかったが、彼もまたすぐに異変に気づくことになる。
ミズハ・スイレンがヴァーサスの弟子となってから一ヶ月。
この日、ミズハは初めて無断でヴァーサスとの稽古を欠席した――。
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