ロボを愛する門番


 世界樹ラグナマグナを囲む砂漠地帯に突如として現れた禍々しい漆黒の魔導甲冑。


 盛り上がりを見せていた観客達にその姿が映し出されると、人々は一斉に驚きと困惑の声を上げた。


 だがその驚きが恐怖や混乱に変わるよりも早く、門番皇帝ドレスの策が動き出す。 



『あっと、少々お待ちください! たった今運営事務局から連絡が……皆さん落ち着いてください! どうやら今現れたあの魔導甲冑は今回の門番レース最後の障害として用意されたものとのことです! あれを撃破した門番には一気に大量のポイントが加算されます! なんということでしょう! これは土壇場で大きな波乱要素が現れたぞー!?』



 司会の元に届けられたのは、レース終盤での逆転要素の追加を記載した羊皮紙だ。


 驚きの感情が一斉に歓喜と興奮へと置き換えられ、観客達は一斉に沸き立つ。

 なんとか混乱の発生は未然に防がれたが、それも長引けは限界が訪れるだろう。


 そしてその現場へと急行するビッグヴァーサスとアブソリュート。


 ヴァーサスはビッグヴァーサスのコックピット内部で、先にロウボ博士の研究所へと侵入していたドレスと通信を行っていた。



『――と、言うわけだよ。僕やリドル君たちはロウボ博士の研究所をもう少し調べないといけないみたいなんだ。外の魔導甲冑はヴァーサスに任せても良いかい?』


「さすがだなドレス! わかった。こちらは俺たちに任せてくれ!」


『たち? 誰か君と一緒にいるのかい?』


「うむ! シオン・クロスレイジ殿と共に行動している。協力してくれるそうだ!」



 軽快に砂丘の上を走り抜ける勇壮な甲冑のビッグヴァーサスと流麗で洗練された外観のアブソリュート。


 あらかじめ危機の発生を予見していた二機の魔導甲冑は、視界内に補足した漆黒の魔導甲冑へみるみるうちに迫っていく。



『なるほど……彼が一緒なら僕も心強いよ。というか、君たち二人を相手にしないといけないロウボ博士が少し可哀想になるね……僕でもちょっとご遠慮願いたいところだよ』


『ドレス……お前たちの作業はあとどれくらいかかる?』


『やあシオン、久しぶりだね。うーん……ざっと見積もって五分くらいかな。幸運にもこちらには丁度ロウボ博士の施設に詳しい人材がいてね、これをあっという間に解除されたらきっと博士は驚くだろうね。ハハッ!』


『五分か……了解した。俺たちはお前からの合図を待つ』


「お前も油断するなよ! また後で会おう!」


『最後にひとついいかい? 今から行われる戦いはあくまでイベントの一環ということになってる。絶対に魔導甲冑を降りて闘わないように気をつけてね。頼んだよ、二人とも』



 通信が切れる。


 そしてそれと同時。ビッグヴァーサス、アブソリュート双方のコックピットに、攻撃警戒のアラートが響き渡った。



『来たか門番ども! 大門番時代などという不愉快な時代は今日で終わりじゃ! 儂が作り出したこの最終人型決戦兵器――マジンダムV弐号機によって、今日この日から……大魔導甲冑時代が開幕するのじゃああああ!』



############


『最終人型決戦兵器マジンダムV弐号機』

 種族:魔導甲冑 

 レベル:4920

 特徴:

 天才科学者ロウボ博士が異世界の技術を使って生み出した決戦兵器。

 その力は生身の門番との戦闘を想定して設定されている。

 リドルの力に似た瞬間転移システムと、時空間断層障壁による鉄壁の防御。

 そして全てを焼き尽くす魔力型荷電粒子砲を備える。

 まさに乗り込めば神にも悪魔にもなれる究極の人型兵器。


############



 漆黒の魔導甲冑――マジンダムV弐号機がまるで獣のような咆哮を上げ、その背面の翼を大きく展開する。


 展開された翼は赤色の軌跡を描いてマジンダムVから数十の羽となって分離すると、自身へと迫るビッグヴァーサスとアブソリュートへと攻撃を開始する。



『オールレンジ攻撃……いいかヴァーサス、足を止めるな。気を取られすぎるな。あの羽は囮だ。本命はあのデカブツから来るぞ』


「承知した!」



 マジンダムの攻撃を見たシオンは即座に対応方法をヴァーサスに伝え、自身の操縦桿を引き倒してアブソリュートを大きく傾かせる。


 ヴァーサスもまたビッグヴァーサスへと自らの意志を伝えて加速。


 並走していた二機の魔導甲冑は左右へと大きく分かれ、マジンダムを挟撃する構えを見せる。



『ドレスからの合図があるまではいくらこちらから攻撃しても無意味だ……奴の注意を引きつけ、イラつかせる。しつこいハエのようにな……』



 二機に迫るマジンダムの遠隔兵器。


 その兵器は二機を射程内に捉えると、機体を包囲するような軌道で空中で小刻みに向きを変え、小型の弾丸を次々と撃ち放つ。


 ビッグヴァーサスは弾丸を躱しながら手に持った槍で、アブソリュートはクロスボウを連射モードへと切り替えて迎撃。それらをこともなげに凌ぎきる。しかし――!



『遅い! 遅すぎる! 儂がなんの準備もせず、正面から門番に挑みに来たと思ったら大間違いじゃぞ!』


「っ!? なんだと!?」



 驚愕するヴァーサス。


 シオンからの忠告を受け、本体からの攻撃に備えていたヴァーサスだったが、それでも魔導甲冑に乗りながらでは反応することができなかった。


 全長15メートルほどの巨躯を誇るマジンダムが、まるでリドルの瞬間移動でも使ったかのような速度でビッグヴァーサスの背後を取ったのだ。



「なるほど……! これは生身で闘いたいところだが!」


『むしろなぜ降りん!? このマジンダムをハンデ付きで倒せるとでも思っているのかのう!? マジンダムは貴様ら生身の門番とも互角に戦えるよう調整しているのじゃ! 魔導甲冑に乗ったままの門番など話にもならんわ!』


『それはどうかな』



 背後からビッグヴァーサスへと襲いかかるマジンダム。しかしそこに、一度は大きく距離を取ったはずのアブソリュートがすかさずカットに飛び込んでくる。


 アブソリュートは凄まじい加速そのままにマジンダムへと跳び蹴り一閃。

 攻撃に気を取られていたロウボ博士は虚を突かれて弾き飛ばされた。



「すまない! 助かった!」


『気にするな。しかし、やはり動かすのは本職ではないようだな、博士……』


『貴様……! クロスレイジか!? 貴様まで儂の邪魔をするのか!?』



 一度は吹き飛ばされつつも、マジンダムは空中で奇妙な制動と機体から発生する同心円状に展開された円形のフィールドによって即座に体勢を立て直す。


 そして今度は目の前のビッグヴァーサスとアブソリュートの二機へ向かって両腕に装備された強力な魔導砲を至近距離から連射。辺り一帯を火の海へと変える。



『俺は門番だ。そして博士、あんたもわかっているはずだ。門番と魔導甲冑は対立しない……危険に晒されている無力な人々を守る。目的は同じだ』



 しかしその攻撃にもアブソリュートはすぐさま反応。シオンは凄まじい精度で機体を制御し、同時に特別製のフルフェイスメットに様々な情報を映し出す。



「聞いてくれロウボ殿! たとえ鍛え抜かれた肉体がなくとも、人々を守りたいという心さえあれば、魔導甲冑ならば守ることができる! 門番という選ばれた存在でなくても、人々を守りたいという願いと想いを成し遂げられる! 魔導甲冑はそのための力ではないのか!?」



 方やビッグヴァーサスはその場で盾を構え、魔導砲の直撃を受ける。

 しかし帝国最新鋭の装甲と魔法障壁を持つビッグヴァーサスのダメージは軽微。


 コックピット内部に複数の損傷箇所が表示されるが、それらはいずれも戦闘継続可能を示していた。



『ええい! 黙れ黙れ! 人類を守るのに門番などいらぬのだ! 魔導甲冑さえあれば、それで済む話なのじゃああ!』


『本当はあんたもわかっているはずだ。その証拠に、あんたは一度たりとも観客席に銃口を向けていない……!』


『っ……ぐ、ぐおおおお!』



 図星を突かれ、ロウボ博士が苦々しい呻き声を発した。


 だがマジンダムは止まらない。


 マジンダムはその黒翼を広げ、先ほどの速度を上回る超加速で二機を翻弄すると、同時にありったけの武装を一斉に放出。凄まじい爆炎と閃光の華をたった一機で無数に巻き起こし、全てを焼き尽くす勢いで暴れ回る。



『他の門番共の相手もしなければと思い手加減していたが、もうどうでもいいわい! 貴様らを地獄に叩き落してくれる!』


「なるほど……ようやくコツが掴めてきた!」


『なんじゃと!?』



 ロウボ博士の目が驚愕に見開かれる。


 一分の隙間もなく破壊の雨が降り注ぐ爆炎領域から、ビッグヴァーサスがその全身に炎の渦を纏ったまま銀色の粒子を放出して飛翔、マジンダムの弾幕を縫うように回避し、あっという間に眼前へと現れたのだ。



「ロウボ殿! 魔導甲冑というものは本当に素晴らしいな! 俺はこれからも精進を続け、もっとこの機体を乗りこなして見せるぞ!」


『ぬあああ! 生意気な口をおお!』



 閃光一閃。


 とても数日前に初めて乗ったとは思えない操縦技術を見せるヴァーサス。


 ビッグヴァーサスの持つ槍に魔力が収束し、一振りの光の刃となってマジンダムを両断する。だが――!



『き、効かぬわ! マジンダムは世界樹の力と直結しておる! 何度損傷を受けようと、エネルギーを消耗しようと、一瞬で再生――』

 


 ビッグヴァーサスによって両断された破損部位が即座に再生を始める。

 しかしその再生は最初こそ一瞬だったが、徐々にその勢いを落とし、完全修復を前にして停止してしまう。



『な、なぜじゃ!? いったいどうして!?』



 驚き、愛機マジンダムの状況を確認しようとコックピット内部でパネルを叩くロウボ博士。しかし、そこに門番ランク7――シオン・クロスレイジの冷徹な声が響いた。



『――いいよシオン。たった今作業が完了したみたいだ』


『了解した。ターゲットロック……完了』


『なっ!』



 巻き起こる爆炎の渦が、なにかに吸い込まれるようにして一点に収束していく。


 渦の中心、そこにはその姿を人型から巨大な砲塔へと姿を変えたアブソリュートの姿があった。


 異形へと変形したアブソリュートの各部から光り輝く閃光が漏れ光り、大きく解放された背面ダクト部分にはマジンダムの発生させた炎が凄まじい勢いで吸い込まれていく。



『さらばだ、ロウボ博士……!』



 シオンが操縦桿とは別に用意された赤いレバーを引き倒した。


 凄絶な閃光がアブソリュートを中心として発生し、空中で為す術もなく制御不能に陥っていたマジンダムは、そのエネルギーの奔流の中に消えた――。




 最終人型決戦兵器マジンダムV弐号機は大破した。




『これが、門番と――』


「――魔導甲冑の力だ!」



 閃光を背に、砂塵の上に着地するビッグヴァーサス。

 

 自らの放ったエネルギーが生み出した光の結晶を浴びながら、アブソリュートはその砲口を穏やかに収めたのであった――。





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