告白する門番
「ヴァーサスがいないって……黒姫さん、一体あの後何があったんですか?」
当初の威厳もどこへやら。
ヴァーサスの背中に縋り付いて泣きわめく黒リドルに、リドルは子供をなだめるような穏やかな声で尋ねた。
『うう……っ! お前たちと別れた後、私は意気揚々とヴァーサスを探したのだ……途中立ち寄った世界を破壊することもせず、ただひたすらにヴァーサスだけを求めてさまよった……かれこれ百年はかかったかもしれぬ……』
「百年だと……!? しかし百年も経っていたのなら、当然俺も死んでいるのではないか?」
黒リドルの発した百年という言葉に、ヴァーサスは驚きと困惑の入り交じった声を上げた。
ずっとこの花園にいたヴァーサスとリドルにとっては、黒リドルはたった今去って行き、それから数十秒で戻ってきたようにしか見えなかったからだ。
しかし黒リドルは溢れる涙を拭おうともせず、ヴァーサスの温もりを少しでも得ようとしがみつきながら弱々しく言葉を続けた。
『平行世界とは言うが、その世界によって時間の進み方は微妙に違うのだ。百年程度は誤差にもならん。無論、私はヴァーサスが存在しているはずの時間軸の世界に狙いを定めて移動した! なのに……! なのに……っ!』
「どの世界にもヴァーサスはいなかったと……そういうことなんですね?」
『そうだ……だがそれだけではない……っ!』
黒リドルはそう言うと、優しくなだめるリドルに対してもどこか縋るような、特別な感情の籠められた眼差しを向けた。もちろん、ヴァーサスには抱きついたままである。
『お前たちに会うまでは平気だったのに……! あの時、ほんの僅かだけお前たち二人と過ごしたあの時間が忘れられなかったのだ! 以前は百年の孤独など何も感じなかった! ただ破壊し、私を恐れる絶望の声で心が満たされた! それで十分だったのにっ! また……すぐにでもここに戻りたいと……っ!』
「黒姫さん……」
ヴァーサスの背中に顔を埋め、二人の目もはばからず泣き叫ぶ黒リドル。
気のせいか、初めて彼女を見たときに感じた禍々しい邪気は随分と鳴りを潜め、澱んでいた赤い瞳は年頃の少女のものと変わらぬように見えた――。
『ヴァーサス……どうしてお前はここにしかいないのだ……? お前がもうすでに白姫のものであるならば、私は一体どうすればお前を手に入れられるのだ……? 私はもう……一人に耐えられぬようになってしまった……! 一人は寂しいと……もう嫌だと思ってしまったのだ……っ!』
「黒リドル……」
自らの背中で泣き続ける黒リドル。ヴァーサスは背後から覗く彼女の額に腕を伸ばすと、慰めるようにそっと手のひらを当てた――。
● ● ●
「落ち着いたみたいですね……」
「うむ……」
あれから数時間。
既に日は沈み、夜の闇の中で小さなランプの明かりに照らされる室内。
普段はリドルが使っているベッドの中で穏やかに眠る黒リドルの肩口に、そっと毛布を引き上げるリドル。
「あれだけ泣くのには相当の体力が要る……今はゆっくりさせてやろう」
「……こうして見ると本当に私とそっくりっていうか、どこからどう見ても私なんですけどね……」
リドルはそう言うと、すぅすぅと安心しきった顔で眠りについた黒リドルの髪を優しく撫でる。
彼女の顔を禍々しく彩っていた化粧の類いはこぼれ落ちた涙でぐずぐずに崩れ、瞳の周囲には未だに赤く泣きはらした跡が残っていた――。
「もしかしたら、黒姫さんがこんなに安心して眠ったのも何百年振りとかだったりするんでしょうか……? もしそうなら、とても辛かったでしょうね……私が黒姫さんの立場だったら……もしあのときナーリッジの広場でヴァーサスと会ってなかったら……そう思うと、正直……凄く怖いです……」
「リドル……」
リドルは黒リドルを起こさぬよう、静かにベッドサイドから立ち上がると、ヴァーサスの手を取って小屋の外へと促した。
美しい星空が空いっぱいに広がる。
まだ二人が一緒に暮らして二ヶ月ほどだというのに、もう数え切れないほどこうして二人でこの夜空を見上げてきた。
二人の胸に様々な想いが去来し、繋がれた手が離れることはなかった。
「なんか……私たちってこれからも色々大変な事がありそうですね。どうしましょう?」
「俺は門番だ……たとえこの先何が起ころうとも、リドルも門も絶対に守り抜く」
「門番だから……ですか? なら、ヴァーサスが門番じゃなくなったら……私のこと、もう守ってくれないんですか?」
リドルはその紅い瞳でヴァーサスをまっすぐに見上げ、繋いだままのヴァーサスの手を、願うように握った――。
「ハッハッハ! 俺がリドルを守らないわけないだろう! たとえ俺が門番じゃなくなり、宅配業者のヴァーサスになったとしても、俺は一生君を守り続けると約束しよう!」
「ええーっ!? 一生ですか? 門番じゃなくなっても? ほんとですかー? どうしてそんなに私のこと守ってくれるんです?」
どこか芝居がかったようなリドルの口調。
しかしヴァーサスは不敵な笑みを浮かべたまま、自信に満ちた声で即答する。
「君が好きだからだ! この世界で一番大切な存在だと思っている! ――はっ!?」
「うひゃあー! やっぱりそうでしたか! そうだと思いましたよ! 実はここだけの話、私も! ヴァーサスのこと! 大好きなんです! たははは! 困りましたねこれは!」
「ぬおお!? さきほどのように覚悟を決めて伝えようと思っていたのだが……リドルはこんな形で良かったのか?」
「良いんです。あなたの口から聞けるなら、なんでも!」
リドルの巧妙な誘導にひっかかり、耳まで真っ赤にして照れまくるヴァーサス。
リドルはそんなヴァーサスに全力で抱きつくと、その首元に顔を埋め、幸せに満ちた表情で何度も頬をすり寄せた。
「私も守りますから……あなたのいるこの日々を。私にとって、一番大切なヴァーサスとの時間を……!」
「ああ! これからも宜しく頼む!」
美しく輝く夜空の下。
その前途に大きな不安を抱えながらも二人は互いを守り合うことを誓った。
やがて二人の影はゆっくりと重なり、暫く離れることはなかった――。
『門番VS黒姫 ○門番 ●黒姫リドル 決まり手:暫く家にいることになった』
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