見つからない門番


「では、お気をつけて」


『うぐぐ……おのれもう一人の私……! 少しばかり早くヴァーサスを見つけたのを良いことに、既に我が物としていたとは……! なんと抜け目ない!』


「まあまあそう言わずに。あなたは私と違って好き勝手色んな場所に行けるんですよね? なら他のところのヴァーサスを捕まえてしまえばいいんですよ!」


『ク……クククッ! その通りだ! まだ何も知らぬ無垢なヴァーサスを私がいかようにでも……! この黒姫ともあろうものが、興奮を抑えきれぬ……!』


「ううむ……俺は先ほどからなにやら猛烈な悪寒がするのだが……!」


「え? 大丈夫ですか? 後で体温計ってみましょうね」



 広大な向日葵畑の中心部。


 しぶしぶといった様子の黒リドルと、それを見送りにやってきた二人。


 不穏な会話を交わす二人のリドルの横で、ガタガタを肩を震わせるヴァーサス。

 悪寒がするというヴァーサスの額に、心配そうな顔でそっと手を当てるリドル。


 二人のそんな様子を見る黒リドルは、ふと寂しそうな表情を浮かべた。



『フン……興が削がれたわ。次元の破壊者と呼ばれ、恐れられたこの私が、まさかこれほどまでに平和な日々を送っている世界があるとはな……特別に壊さずにおいてやる……感謝するのだな』


「黒姫さん……?」


『よいか、もう一人の私……いや、私が黒姫ならばお前は白姫とでも呼ぶか。白姫よ、今お前が享受するこの日々の儚さを知れ。そして例えどんなことが起ころうとも、この日々を守り抜け。一度失えば、それは二度と戻らないと覚悟するのだな』



 黒リドルは赤い瞳を寂しそうに伏せると、自嘲気味に笑い二人へと背を向けた。



「黒リドルよ……最後に聞かせてくれ。君の居た世界では何があったのだ? 雰囲気はともかく、君は俺の知るリドルとはあまりにも違いすぎる。何が君をそうさせたのだ?」


『ヴァーサス。他ならぬお前の頼みだ、話してやりたいが……止めておこう。お前たち二人は自らの世界のことだけ知っておけば良い。それ以外の世界のことなど知らぬ方が身のためだ』



 そう言うと、黒リドルは最後にヴァーサスを見た。


 その自分へと向けられた黒リドルの瞳を見たヴァーサスは、瞬間的に息を呑んだ。


 悲しみと寂しさを湛えた黒リドルの瞳は当初見せた濁った瞳ではなく、紛うことなくヴァーサスが誰よりも良く知るリドルの、透き通った瞳そのものだったからだ。



『さよなら……ありえたかもしれない私。さよならヴァーサス……どうか、この世界の私と幸せに……』


「リドル! 君は――!」



 瞬間、ヴァーサスは思わず手を伸ばしていた。


 しかしその手が黒リドルに届くよりも前に、彼女の姿は最初からそこにいなかったかのように消えた。



「ヴァーサス……」


「……リドル、俺は彼女にもう少しなにか出来たのではないだろうか……あれほどの深い悲しみを宿した目を俺は見たことがない。おそらく、俺の想像を絶するようなことが彼女の身に起こったのだ」


「そうだと思います。私だって、ヴァーサスに会ってなかったら今頃どうなってたか……」



 悲痛な表情で拳を握り締めるヴァーサス。


 リドルはそんなヴァーサスにそっと身を寄せると、硬く握られたヴァーサスの拳に慈しむように自身の手を重ねた。



「もう一人の私も言ってましたよね。今の二人の日々を大切にしてって……私も、彼女と同じ意見です」


「そうだな……だからこそ、俺も今ここでリドルに言わなければならないことがある」



 ヴァーサスは言うと、リドルの正面へと向き直り、どこまでも真剣な眼差しでリドルを見つめた。



「先ほどはリドルの心を傷つけるようなことをしてすまなかった。改めて俺からはっきりと言わせて欲しい」


「ヴァーサス……」



 ヴァーサスの意図を察し、彼の力強い瞳を見上げるリドル。

 リドルは潤んだ紅い瞳にヴァーサスの眼差しを映し、黙って次の言葉を待った。


 まもなく夕暮れを迎える太陽が二人を照らし、リドルが日々心を込めて育ててきた美しい向日葵が二人を優しく見守っていた――。



「リドル、俺は君を――!」


『ああああ! ヴァーサスーーーー! うえええ!』



 その時だった。


 ヴァーサスが一世一代の魂の言葉を世に送り出そうとしたその瞬間。


 泣き叫ぶ黒リドルが再び現れ、背後からヴァーサスに抱きついてきたのだ。



「く、黒リドル!? 帰ったのではなかったのか!?」


「な、なに邪魔してくれてんですかこの私はーーーー!?」


『いないのだ! あれから万を超える次元を探したが、ヴァーサスはどこにもいなかったのだ! ようやく見つけたぞ! ここにいたのだな愛しのヴァーサスゥゥゥゥ!』


「だーかーら! このヴァーサスは私のですってばー!」



 再度現れた黒リドル。


 ヴァーサスに抱きついて滝のように涙を流す彼女の顔は、心の底からの喜びに満ちていた――。

 

 

 


 

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