和解する門番
鳴動の続く地下迷宮。
地上に近い階層からは次々と冒険者達が脱出していく。
ナーリッジの人々も雷鳴轟く魔王の迷宮上空を見つめ、どうか何事も起こらぬようにと祈りを捧げた。
そしてその遙か下層――。
千四百を越える階層の果て、次元震の震央では――。
「っ……僕にも、手伝わせてくれ」
「ドレス……」
ヴァーサス一行とドレス達。
この迷宮最深部へと到達した最強のパーティーは、先ほど破壊された塔の装置前に集まっていた。
そんな中、先ほどまで意識を失っていたドレスが呻き声と共に起き上がると、目の前のヴァーサスを見て言葉を発した。
「すまない……このような事態を招いたのは僕の責任だ。人々を守るはずの門番として恥ずべき事をしてしまった。許してくれ、ヴァーサス……そして、リドル君……」
「皇帝さん……」
ドレスはそう言って片膝をつくと、頭を下げてリドルに謝罪した。
この事態は、たとえヴァーサスとドレスが闘わなかったとしても発生しただろう。
なぜなら、ゴトーが当初目論んでいたシステムによる人類の抹消もまた、次元励起による全宇宙の昇華だったからだ。
しかしそれでも、なんの運命の導きかこうして次元励起は開始されてしまった。
その原因が自分にある以上、それをみすみす放置することはドレスには出来なかった。
「陛下ぁ! 陛下が謝る必要なんてねーです! こいつらが全部――」
「違うよクロテン。今回……僕は完全に見誤っていた。ヴァーサスの強さも、リドル君の善性も、そして……二人の絆の強さも、何もかもだ」
「ドレス……お前……」
「まったく、本当にやられたよ。この七年の間に、まさかここまで君との間に差をつけられていたとはね。僕も成長したつもりだったけど、最強だの皇帝だのと祭り上げられて、うぬぼれていたのかも知れないな」
立ち上がり、自嘲気味に笑うドレス。
だがそのヴァーサスを見る瞳は再会したときよりも輝きに満ちていた。
「あのときはそう思えなかったけど、こうして完膚なきまでに叩きのめされた後なら言える。僕たち帝国も全力で君とリドル君に協力するよ。僕たちが力を合わせれば、きっとどんな困難だって乗り越えられる。そうだろう? ヴァーサス」
「ああ……ああ! そうだともドレス! やはりお前は俺の最高の友だ!」
「皇帝さん……ありがとうございますっ」
その言葉に、ヴァーサスは目を潤めながらドレスと熱い抱擁を交わした。
一時はその存在そのものを抹消すると宣言されたリドルも、安堵からか二人の様子を感極まった様子で見つめている。
『よろしいですかな……皆々様……』
「ゴトー! こっちはいつでもいいですよ!」
そこへ先ほどからずっと装置の修正を行っていたゴトーが声をかけた。
装置はドレスによって両断されたはずだが、すでにその本来の形を取り戻し、何事もなかったかのように稼働を開始していた。
『では説明いたします……そちらのヴァーサス殿がもつ
「なぜ一度
『その盾の力を経由することで、リドル様のお力に因果律の解を与えます。本来リドル様の力では次元の裂け目のような存在には干渉できませんが、
「そ、そんなことが……やっぱり師匠とリドルさんは凄いです……!」
その説明を理解しているのかは定かではないが、ミズハはなるほどというようにほむほむと頷いて見せた。おそらく、ヴァーサスとリドルが凄いということ以外はよくわかっていないだろう。
『皇帝陛下もお手伝い頂けるというなら話はより簡単です。裂け目を飛ばす際に相当の衝撃が発生するはずですので、陛下は
「任せてくれ。僕にできることならなんでもさせてもらうよ」
『では、後はこの私めにお任せ下さい。裂け目が放逐されたのを確認した後、この研究所の座標をずらし、発生する衝撃を別の場所に移します。これで周囲には一切の被害なく全て丸く収まるでしょう』
「……待ってください」
説明を終えたゴトーが静かに装置へと向き直る。
しかしそれを聞いていたリドルは、困惑の表情を浮かべてゴトーに尋ねる。
「ここの座標をずらせばナーリッジや他の場所は無事かもしれませんが……ここはどうなるんですか? 研究所はどこに移動しても結局裂け目の衝撃に巻き込まれると思うのですが……」
『仰るとおりです。この研究所は跡形もなく消滅します』
「……貴方はどうなるんですか?」
『消えますな。私のバックアップはこのメインシステムの中です。ここが消滅すれば、私も、この巨大な研究所も、もう二度と蘇ることはありません』
リドルに尋ねられたゴトーは、こともなげにそう言った。
『何の問題もありません。リドル様にとっては二年前に、そして私にとっては三百年もの遙か昔に、この場所はエルシエル様の手で放棄されているのです。にも関わらず私の身勝手な怨念で随分と生き長らえさせてしまった……ここまで事を大きくしておいて今更な話ですが、どうかこれ以上の禍根を残さぬよう、最後の責務を果たさせて下さい』
そう言うとゴトーは、その往年の眼光を取り戻した瞳でリドルの隣に立つヴァーサスを見つめ、およそ三百年もの間一度もすることのなかった笑みを浮かべた。
『ヴァーサスくん……一つ聞くが、門番というのは誰もが君たちのように無鉄砲で、自分から困難や厄介ごとに首を突っ込んでいくお節介な輩なのかな?』
「その言い方には語弊があるが、俺はそれこそが門番だと思っている。力なき人々を助け、自らが立つ場所の希望と笑顔を保証する存在。それが門番だ!」
『ク……クックック! そうですか。三百年前、あの男も君と全く同じ事を言っていましたよ……本当に、本当に門番という存在は興味深い。もしこのようなことになっていなければ、私も目指してみたかった……』
「ゴトー……」
それは、リドルも初めて見たゴト-の笑顔だった。
その笑みは皮肉めいた、どこか人を小馬鹿にしているような斜に構えた笑みだったが、それでも不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
『ではおのおの方、今お話した通りに。ことは一刻を争います故』
ゴトーのその言葉に、居合わせた一同はみな一様に力強く頷くのであった――。
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