最終話 近藤編

居間に居住いずまいを正し、小野田家に頭を下げた。


「我々が居候して随分と時が経ちました。皆さんの好意に甘えてしまった部分が多々あります。隊士を代表してお礼を申し上げます」


「あらなんだい、今更改めても遅いじゃないかい」


チヨの口調は毒舌である。近藤に対しても容赦ない。


「とはいってもみんな居なくなっちゃこんな言葉も無粋ぶすいだね」


近藤は平身低頭である。隊士を代表して一身に引き受ける覚悟である。


「母さん、何もそこまで」


「わかった、わかったよ。もう言わないさ」


戸籍の取得や日々の食事。居候を決め込んだ隊士達は自由に暮らした。チヨの不満も理解できるのである。


「まあ、こうなったら細かい事はもういいさ。一杯やりなよ」


詩織と薫が酒と肴を持ってきた。肴はアジの造りである。


「夏場は青物が多くてね。食べなよ」


チヨに勧められて近藤は箸を取った。


「私はこれから仕事に行くが、もう会えないであろうよ。達者でな」


チヨは仕事に行った。近藤は頭を下げた。今日は祐介も会社を休み、近藤の相手をしている。詩織は近藤に酌をした。そして近藤に頼み事をした。


「斉藤さんにお守りと手紙を渡してほしいのです」


近藤は手紙とお守りを受け取り、約束した。


「必ずお渡しします」


酔いも回って酒席は賑やかになったがふと近藤は思い立ち、すくっと立ち上がった。


「道場に行ってきます」


名残なごりを残さないためだろうと祐介は思ったが、道場へ向かう近藤の後ろ姿は小野田家の最後の姿となった。


道場へ立ったと思ったが周囲が一変した。西本願寺の屯所の前である。


「局長!」


隊士一同が近藤に駆け寄った。皆喜んでいる。


「そうか、皆無事に戻れたのだな」


近藤は深いため息をついた。


「局長、驚くにはまだ早いですよ」


土方が言った。


「なんと未来へ行ってこちらに帰って来た時間の差はたったの一刻(二時間)なのです」


「なんだと!それでは時間の進み方がおかしいではないか」


「不思議でありますが事実です。他の隊士はなぜ我々が床几しょうぎを出して局長を待つのを不思議に思っております」


「それはそうだろう、たったの一刻だけならば」


近藤は大した事では驚かなくなった。


松明たいまつは赤々と屯所の門を照らしていた。


「斉藤君、頼まれ事をしたのだが」


ふところからお守りと手紙を斉藤に渡した。


「詩織どのからだ」


「有難うございます」


斉藤はじっと手紙とお守りを見つめて、懐に入れた。


「では諸君、それぞれの任に着こう」


近藤は力強く言った。


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