最終話 吉村編

「皆さんには申し訳ありませんがこの塾も今日で終わりです」


子供達がどよめいた。


「先生!どうしてですか」


「勝手な事を言って申し訳ない。先生は事情によって故郷へ帰らねばならなくなりました」


泣き出す子供も居た。


「今日は授業を止めて、皆さんとお話しましょう」


吉村は手を止めて机を片付け、みんなで円座になった。詩織がおやつとジュースを持って来てくれた。


「先生、勉強楽しかったです。これからも自習します」


「うん、それは良いことです。続けてください」


龍田少年が発言した。


「僕は勉強が嫌いでした。でも吉村先生のお陰で勉強の楽しさがわかりました」


「龍田君は勉強熱心でしたね。龍田君は大丈夫。勉強もきっとできます」


吉村は穏やかに答えた。そろそろお開きにしないといけない。吉村は道場の入り口で一人一人に声を掛けた。泣く子供も居る。優しい言葉で見送った。子供達が居なくなり、吉村は掃除を詩織とした。


「吉村さん、中学はどうされるんです」


「退学手続きをしました。残念ですが仕方がありません」


道場をき清めた。


次はだれが帰るんですかね?と沖田は夕食の際に言った。土方は


「総司、お前かもしれないぞ」


「まさか、副長が先じゃないですか」


沖田はさほど動揺していない様だった。


翌朝。吉村は名残惜しく道場の周りを回った。名残なごり惜しい。

道場に戻り、差料さしりょうを腰に差し、道場の片隅に座った。その姿を詩織は最期の姿に見た。その後吉村も行方不明になった。


吉村は近くに松明たいまつの灯りを見た。暗くはあるが見慣れた場所である。屯所の入り口には原田が居た。


「吉村君、良く帰った」


原田が吉村の帰隊を喜んだ。吉村も深いため息をつき、一言、


「本来に居るはずの場所に帰れてホッとしています。これがまた違う場所だと大変です」


吉村の記憶には塾の子供達の笑顔が離れない。



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