最終話 斉藤編

「いよいよ次は俺の番か」


永倉が消えて二日目の朝である。二人減ると朝食時も静かになった。詩織は何時になく朝食の準備に余念がない。隊士達は何時自分の番になるかもしれないのではかまに着替えている。


「洋装に慣れると和装も窮屈なものよの」


斉藤は帯を締めつつそう思った。風通しの良い道場の縁側でビールを飲む。詩織が肴を持ってきた。


「詩織殿とのやりとりもこれが最後かもしれないな」


「そんな事はありませんよ」


でも、と答えて詩織は口をつぐんだ。


「斉藤さんが過去に戻るなんて」


せっかくモデルの仕事も出来たのにもったいない限りである。


「そうは言っても仕方が無い」


斉藤は泰然たいぜんとして酒を飲んでいる。夏はビールが美味い。グイグイと斉藤は飲んだ。


「そんな飲み方、まるで最後の飲み方みたいな事はやめてください」


詩織が懇願こんがんした。ふふっと珍しく斉藤は笑って、


「そんなに俺と離れたくないか」


詩織は頬を染めてコクリとうなずいた。


「しかしそれは仕方が無い」


斉藤も珍しく酔っている。過去に戻るのならばそれでも良い。斉藤は存分に現代を楽しんだつもりである。まだまだ楽しい事は有るだろうが今以上に楽しめるかはこんな状況では考えても仕方が無い。


「詩織殿。俺にれているか」


「はい、


詩織は斉藤に迫った。


「決して自分の命を粗末にしないでください」


「それは承諾しかねる。お役目ゆえにな」


詩織は斉藤が生き残る事を知っている。しかしずっと胸の奥にしまっていた。


「きっと斉藤さんなら大丈夫です」


詩織は涙でめちゃくちゃな顔をしていた。


「泣くのはよせ」


斉藤が珍しく詩織をなだめている。


「まさしく詩織殿とは一期一会であったな」


ビールを飲み干して斉藤は言った。


「トイレへ行ってくる」


斉藤は立ち上がり、トイレへ行った。それが最後の姿になった。斉藤が戻ってこないのを気にした詩織がトイレへ向かったが居ない。居室にも、道場にも、居間にも、庭にも。うわーんと泣きじゃくって詩織はへたりこんだ。



「此処は」


松明たいまつが赤々と燃えている。原田と永倉が居た。


「三人目は斉藤君だったか」


二人は斉藤の帰還を喜んだ。永倉が言った。


「ところでその刀はなんだね」


津田助広であった。


「我々もそうであったが、どうやら現代へ持ち込んんだ物は強制的に送りかえされるようであるな」


斉藤はお気に入りの刀を手にして上機嫌であった。これで存分に働ける。詩織には申し訳ないがが俺の役目なのだ。斉藤は居室に戻り、隊服に着替えた。原田、永倉と共に残りの隊士を迎える事にした。


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