最終話 永倉編

「小川殿には伝えないといけない事があります」


カフェの席で永倉は小川洋子にそう伝えた。


「どんなお話ですか」


「いよいよ私も幕末へ帰らなければいけないとのことです」


「それ、本気で言っているんですか」


「本気ですよ」


洋子はコーヒーを一口飲んで答えた。


「その話をどこで信じれば良いのですか」


「隊士の原田左之助が姿を消しました。タイムリープだと思われます」


紙カップを置くその手がかすかに震えたのを永倉は見た。


「と言う事は、貴方が本物の新選組の永倉新八だと言うのですね」


「以前からそう言っていますが」


小川の頬に涙がつたった。


「それでは私は永倉さんとお別れになるのですね」


「はい、私は元よりこうなる事を予感していました」


小川洋子は思い出す。それは洋子が美術館へ行きたいと永倉に言った時だ。永倉は大変驚いて、四苦八苦し、音声案内がある美術館を見つけて二人で行ったのだ。その事を言うと、


「あの時は本当に参りました」


永倉は笑った。


「でも今思えば良い思い出でした」


冷めかけたコーヒーを口にして永倉は答えた。


「もし、もし永倉さんが現代に残れたらまたご一緒にお出掛けしていただけますか」


勿論もちろんです」


二人は出会った河川敷まで来た。夕暮れには少し早い。二人は階段に座り込み、他愛もないお喋りをした。会話は盛り上がり、明るい笑いが起こった。夏の暑さを残したまま、夕暮れを迎えた。


「すっかり夏になりましたね」


小川が言うと永倉は、


「現代の夏は暑いですね。現代は冷たい飲み物が手軽に買えて便利この上ない」


そうですね、と小川は話を聞いているが、やはり現代では話がいる。小川は永倉に一つのお願いをした。


「永倉さん、貴方の事を忘れないように手紙を書いていただけませんか。貴方の全てを現代に書き残して頂きたいのです」


「承知しました」


永倉にとって別段、苦にはならない事と、永倉が現代に自分の足跡そくせきを残したいと思っていたところだった。


「しかし小川殿。夕暮れを見る際は誰か同伴者をつけてください」


「わかりました。私からも一つお願いがあります」


「何ですか」


「永倉さんの顔に触れたいのです」


どうぞどうぞといくらでも触らせる永倉だった。彫りが深いのですね、と小川洋子は顔を触って言った。


「満足しましたか」


はい、満足しました。


「私は小川殿に惚れていました」


無言で小川洋子は聞いていた。


「この夕日と共に貴女を忘れません」


「それならば何故私の側に居てくれないんですか」


「私はいずれ元の世界に戻る事になるのを知っていたからです」


もう日が暮れます、と永倉は小川洋子を河川敷から連れ出した。


「私は貴方の事をきっと忘れません」


小川家に来た時、永倉に少しかがむようにお願いした。永倉が屈むと小川洋子は永倉にキスをした。


「私の初めてを永倉さんにあげます」


それから数日後、詩織から永倉の消息が絶えた事を知らされた。詩織は永倉の書置かきおきを渡した。


「詩織ちゃん、永倉さんはどうやって過去に戻ったの?」


「帰るのは今日になりそうだと着て来た和服を着て、刀も手放さずに過ごしていました。ほんの少し、目を離したら消えていました。信じられないと思いますが本当なんです」



永倉が気が付くと原田が目の前に居た。


「二番目は永倉先生ですか」


はかまの裾を払って永倉は原田に言った。


「どうやらそのようだな」


原田は松明たいまつを付けて待っていたと言う。私も待たせてもらおうかと原田と永倉は屯所の前で他の隊士を待つことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る