第167話沖田夫妻

沖田が夫婦となり、時間が流れた。沖田は魚屋でもちゃんと働くし、夜間の稽古にも必ず出る。ほんのわずかな時間でも沖田は病院へ行き、理恵と会う。理恵は剣の稽古には出なくなった。理恵はベッドに横になる時間が増えた。それでも沖田が病室へ行くと笑顔を見せる。


「今日は調子が良さそうだね」


沖田はベッドの側でそう言った。


「うん、でも駄目ね、剣の稽古にも出れなくなった」


「それは仕方が無いよ」


沖田がなぐさめる。


「何かしたいことは無いかい」


そう聞くと理恵は答えた。


「できるだけ貴方と居たい」


「お安い事だ」


「貴方に逢えて本当に良かった」


明日も来るね。そう言って別れた。そうして時間が過ぎて行き、理恵の容態は悪くなった。本人の希望で、できるだけ苦痛を取り除く治療に重点が置かれた。鎮痛剤を打たれる前、理恵は沖田に何か言おうとしたが聞こえなかった。理恵は張り詰めた糸が切れるようにこの世から去った。余命宣告より遥かに早かった。沖田は最期まで彼女の手を握って離さなかった。葬儀は本人の意向で密葬になった。骨を拾い、墓へ納骨になった。理恵はお墓に会いに来てね、と夫に言っていた。四十九日が過ぎ、沖田も日常に戻って来た。


「さあさあ沖田が帰ってきました」


沖田は何時もの明るさだ。夜間の稽古にも真剣に参加する。


「沖田の剣が熱くなったな」


近藤が土方にそう言った。


「それが本来の沖田です」


隊士は沖田の妻についての話もしないし、また沖田も触れなかった。沖田は理恵の墓の前に居る。


「来たよ」


墓を丁寧に拭き清めて花を飾り、線香をあげて手を合わせる。


「理恵は今頃天国かな」


梅雨空は束の間の晴天を見せ、沖田は墓から去った。もう直ぐ夏が来る。沖田は青空を見上げた。束の間の夫婦生活と永遠の別れ。沖田は薬指の指輪を外すことは無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る