第150話死の香り
病院にて新しく門下生になった新田理恵から沖田は死の香りを嗅いだ。これは別段特別な能力ではなく、死線をかいくぐって来た人間が持つ嗅覚の一つだ。毛糸の帽子を外さないのは抗がん剤により髪の毛が抜けてしまったためだと医師から聞いた。
「もう少し稽古がしたいです」
新田はそう沖田に言ったが沖田は許可しなかった。
「習い始めはついつい頑張ってしまうものです。無理しないでゆっくりやりましょう」
沖田は正直に言った。体調を崩すようなことがあったらいけない。
「大丈夫です。ゆっくりやりましょう。木刀は私からの贈り物です」
白樫の木刀は本来天然理心流では扱わないが、とても普段使う木刀など到底使えるものではない。
「でも、子供達にも指導していますが十分程度なら自分で稽古しても良いですよ」
夜間の見回りの際、死の香りがする時があった。その時は沖田が自ら死番を買って出た。激務の一番隊は死者も多い。まさにその香りが彼女から漂うのだった。
「じゃあ特別に稽古の延長をしましょうか」
中庭には春の陽気が漂っている。新田と沖田は稽古を続けた。
「いざ木刀を持ってゆっくり振れと言われると案外辛いものです」
ゆっくり、ゆっくり。正中線を辿り、木刀を振る。
「今日はこの辺りにしましょう」
沖田はこの辺りで切り上げようと思った。彼女に無理をさせるわけにはいかない。
「どうしても振りたくなったら振ってください。ただ、僕が教えた事を忘れずに」
彼女の病室で沖田は言った。
「あの、沖田さん、この後お時間ありませんか?」
「ええ、特に用事は有りませんが」
「沖田さんの事を聞きたいのです」
「僕の話ですか?大して面白くも無いですよ」
彼女からジュースのペットボトルを受け取り、他愛も無いお喋りをした。沖田の駄洒落にケラケラと彼女は笑った。沖田は彼女から死の香りが薄まっているのを感じた。
沖田はそのまま
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