第112話沖田の殺意

「ねぇ、斎藤君、そろそろをしようよ」


「木刀しか無いが」


「それでも十分じゃないか」


沖田と斉藤は一度真剣勝負をしている。それは単純に斉藤が気に食わない純粋な沖田の殺意から来たものである。しかし新選組では局中法度きょくちゅうはっとにより私闘は厳に禁止されている。沖田は斉藤を連れ出して人気のない所まで行ってこう言ったのを覚えている。


「斉藤君の存在が僕には気に食わない。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、邪魔なんだ。ここで死んでもらうよ」


殺意を向けられた斉藤は素早く間合いを取り、剣を沖田に向けた。沖田も剣を抜いており、剣を持った右腕をだらりと下げている。


「突きで来るな」


斉藤はそう思った。新選組において他に敵が居ない場合、突きを奨励した。全てを突きに賭ければ相手を殺傷できるという理屈だ。その中でも沖田は突きを得意とした。沖田の素早い突きは相手の急所にことごとく吸い込まれる。恐るべき剣の使い手である。この時は通行人に発見され、決着はつかなかった。


夕刻、二人は木刀を持って消えた。この異変に気が付いたのは詩織だった。何時になく静かな沖田と斉藤。尋常では無かった。詩織はエプロンのまま、二人を追った。河川敷の奥に二人が消えるのを見て、詩織は隠れて様子を見た。稽古であれば道場ですれば良いのにこんな人通りの無い所で稽古をする理由が無い。


「まあまあ斉藤君、前回は機会を逃したが、今回は君の命を頂戴するよ」


双方が正眼せいがんに構えた。両者間合いを詰めた刹那、詩織が叫んだ。


「やめてください!私闘は新選組では法度ではありませんか!」


詩織も二人の間に入るのは勇気がいる行為だった。沖田は


「こりゃ参ったな、今回も果たせずか」


どうやら諦めたようだ。二人から木刀を奪った詩織は


「もう夕食の時間ですよ」


と言って二人を小野田家へ連れ帰った。斉藤は何故自分の命を狙うのかを沖田に聞いた。


「そりゃそうさ、若干二十歳で三番隊の隊長なんて。僕には理由はそれで十分なんだ」


沖田と斉藤はこういった関係を構築していても酒は飲む。その話を後に聞いた詩織は、強い口調で斉藤に言った。


「たとえ沖田さんから仕掛けられてもそれに応じた斉藤さんも悪いですよ。今日の事は私の胸にしまっておきますが、次は局長、副長に報告しますよ」


詩織に手綱たづなを握られた斉藤はこれ以降沖田の誘いに乗ることは無かった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る