第111話俺、原田

俺、原田だ。訳あって現代に居る。現代には驚くばかりである。自動車が走り、金が紙になった。小判など有りもしない。局長、副長、斎藤などは差料さしりょうを金に換えたが俺の刀はそれほどの業物わざものではないので売ろうにも売れない。やむなく小野田チヨ殿の便宜べんぎあきないをしている八百屋で働く事となった。隣の魚屋も小野田家が経営している。


「原田さん、教習所はどうだい」


八百屋の同僚と配達途中、そんな話になった。


「いやあ、大変ですよ。覚える事が多くて」


実際、最初は難儀なんぎした。覚える事が多い。仕事で手一杯で、なかなか勉強がはかどらない。仲良くなった青年に教えてもらい、何とかついて行っている。車を運転するという事に抵抗もあったが、いざ運転席に座るとなんとも楽しいではないか。教習所内の運転も楽しい物だ。


「はい、原田さん、お疲れ様でした」


教習所が終わると小野田家道場にて稽古だ。昼は働き、夜は教習所、夜は稽古。大変だ。


「原田君、自動車の免許はどうなっているんだ」


「局長、まだまだ免許取得は先になりそうです」


俺は隊士の中で現代に一番早くれた自負はある。八百屋で働く事で現代の事情にも詳しくなったし、何より給金を貰う事によって余裕が出てきた。そこで現れたのが女優の吉岡里穂さんだ。なんと美しい。俺は一目惚れした。週刊誌のグラビアでたちまち推しの女優になった。


「あれぇ、原田さん、この本はなんですか?」


迂闊にも沖田に吉岡さんの写真集が見つかってしまった。たちまち隊士一同の話題になってしまった。副長に呼び出された。


「原田君、女子に入れ込むのも良いが隊士としての自覚を失わないように」


副長に釘を刺されてしまった。しかしそのような事で俺はひるまない。こっそり演劇に行ったりしている。剣の稽古の終わり、詩織殿がそっと吉岡さん主演のドラマが始まる時刻を教えてくれる。素早く体の手入れをして小野田家のテレビでドラマを観る。これが俺の唯一の楽しみである。来週は給金が貰え、尚且なおかつ吉岡さんの写真集の発売日であるから仕方が無い。気楽な毎日である。

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