第110話春

「春であるな」


斉藤は詩織の酌で酒を飲んでいる。詩織が言う。


「暖かな空気ですね」


穏やかな陽光が庭に差し込んでいる。珍しく近藤がやって来た。


「詩織殿、悪いが下がってはもらえぬか」


はい、と言って詩織がその場を離れた。


「ところで斉藤君、我々がここに来てどれだけ経った」


「半年程度でしょうか」


そうだ、と言って近藤は庭先を見つめている。近藤は続けた。


「我々は元居た場所に戻れると思うかね」


斉藤はぐい飲みを飲み干し、答えた。


「私の勘ですが戻れるかと」


「そうなのだ。我々は戻れる」


「その根拠は」


「祐介殿の書籍と図書館で確信したのだ」


しかし、と近藤は挟んで


「もし元に戻れる時が来たとすれば我々は何をすべきか考えている」


斉藤は意見した。


「先ずは小野田家への礼でしょうな」


「うむ、そうであろうな。小野田家でなければ我々を受け入れてはくれないだろう」


「感謝の言葉以外にありませんな」


「斉藤君、今私は正しい新選組の情報の書いた文献ぶんけんを作ろうとしている」


「しかしそのようなものを作っても誰も信じてはくれないでしょう」


「斉藤君、それを言ってしまっては身もふたもない」


そこでだ、と近藤は提案した。


「現代では小説と言う読書の習慣がある。もし我々が元居た時代に戻ったなら、祐介殿にそれを書籍化してもらうのだ」


「なるほど、本にして残すという訳ですか」


「そうだ。そうして我々の正しい認識を現代人に知ってもらう為にな」


斉藤は思った。局長はこの案に自信が有るようだ。確かに良い案だとは思うが果たして上手く行くだろうか。詩織が様子を見にやって来た。近藤は去っていた。


「詩織殿。酔いが覚めてしもうた。酒をくれ」


用意をしていたのかすぐに酒と肴が用意された。


「近藤さんと何の話をしていたんですか?」


「ふふ、他愛も無い話だ」


教えてくれたって良いじゃないですか、と詩織が不満を言うと


「いずれわかる」


そういって詩織に酌を頼んだ。

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