第68話来訪者

小野田家のインターホンが鳴った。エプロン姿の詩織が取った。


「私、西田と申しますが永倉さんはいらっしゃいますか?」


詩織は永倉を呼びに道場へ向かった。永倉は吉村と将棋を指していた。


「はて、西田。心当たりがないが」


玄関まで永倉が来てその顔を見て思い出した。


「ああ、道で酔っぱらって倒れ込んだ方ですね」


お恥ずかしいかぎりです、と西田は言った。


「まあ、玄関では何ですし、どうぞお上がりください」


詩織はそう言った。居間に通された西田は


「お礼を言うのが遅くなりまして申し訳ありません」


そう言って名刺を取り出した。集永社編集部と書いてある。どうやら本の出版社に勤めているようだ。


「なるほど、出版社にお勤めですか」


永倉は名刺を詩織に預けた。


「あの日はどうにも理不尽な事が有り、やけ酒になっていました」


「それはよろしくない」


「こちらで介抱され、私は助かりました。こんなご時世ですから女一人、道端で酔い潰れるなど危険でした」


「それはもっともです」


西田はお土産を永倉に差し出した。虎屋の羊羹ようかんである。詩織は言った。


「まあこんな高価なものを」


「せめてもの気持ちです」


「お茶を入れてきますね」


永倉と西田は談笑をした。なるほど、彼女は日々苦労しているのだ。


「永倉さんは何処にお勤めですか」


「ここに居候の身です」


永倉の正体を例え伝えても信じてはもらえない。ましてや新選組の人間などと言おうものなら怪訝けげんな目で見られてしまうだろう。


「ここは剣術を教える道場ですか」


「そうです。小野派一刀流を教えています」


なるほど、と少し考えて


「私でもできるでしょうか」


「勿論。良い運動になって健康に良いですよ」


「では私も入門しようかしら」


「この娘さんも稽古していますし、女性の門下生も居ます」


そう永倉が言うと検討しますと西田は言った。


西田が去った後、チヨがやって来て


「永倉さん、勧誘ご苦労さんです」


と冗談半分に言った。

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