第54話焼き鳥「こまどり」

「永倉君、たまには外に飲みに行くのも良かろう」


近藤が永倉に二万円を渡した。ずっと小野田家から外に出てはいなかった永倉である。右も左もわからない。斉藤に相談した。


「それでは「こまどり」が良かろう」


地図をもとに「こまどり」までやって来た。良い匂いがする。永倉は暖簾のれんをくぐった。威勢の良い挨拶が返って来た。必ずカウンターに座るように斉藤に言われ、書かれたようにその位置に座った。店主らしき男が忙しく働いている。


「ビールを一つ。後はお任せを頼む」


これも斉藤の指南であった。焼き鳥が元居た世界に無かった訳では無い。しかし店先の良い香りは永倉の食欲を掻き立たせるのには十分であった。ビールは直ぐに来た。斉藤の言う通りビールを飲んだ。美味である。


「ビールを少しずつやりながら焼き上がるのを待つのが良い」


斉藤の言う通りにやっていたら間違いは無いと直感した。


若い女の店員が焼き鳥を運んできた。


「美味い‥‥」


言葉にならない。タレの焦げたものが程好く鳥の皮に付いている。


「斉藤にこの店を勧められたのだが」


永倉が言うと店主らしき男が


「ああ、斎藤さん、良く来て頂いてますよ」


自分が小野田家にこもっている間、斎藤は外の世界を楽しんでいた。思えば斉藤は無口であるがどんなる人間ではない。


ビールを飲みながら運ばれる焼き鳥を食べる。食べながらビールを流し込む。至福の時であった。時に驚いたのはつくね、と言うものであった。上手く混ぜ込まれた紫蘇が鶏肉を引き立たせる。ビールを二杯飲み


「勘定を頼む」


と言うとレジでお願いしますと言われた。勘定は入り口でするらしい。


「四千二百円になります」


勘定が高いのか安いのかわからぬまま、こまどりを後にした。寒気が酔いを程好く冷ましてくれる。良い気分で小野田家への帰途に着いていると女が小野田家の前で倒れていた。

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