第13話詩織、斎藤の酌の相手をする

小野田家の道場の東側は縁台のような出来になっていて、夏の稽古時は良く道場生が稽古後の涼みに出る事が多い。その隅で斉藤は酒を飲んでいた。この道場に居付いて初めに言った言葉は


「酒を飲みたい」


であった。チヨの指示で詩織が酒を運ぶ事になった。この斉藤と言う男を目にして詩織は思った。


「どれだけ飲んでも顔色一つ変えない……」


その一点であった。父の祐介は一合も飲むと陽気な酒である。わかりやすい。しかし斉藤は違う。何合飲んでも酔った素振りなど見せない。素面か泥酔しているのかちっともわからない。今日も朝から飲み、四合目だ。


「詩織殿。すまぬが手酌も飽きた故、酌をしてはくれぬか」


特に詩織も断る理由も無いので承諾した。

詩織は学校に行っていない。虚弱な体質で授業を受ける体力が無い。たまに来る雑誌のモデルをするくらいだ。後は家事を行っている。医師は普通の人よりも心臓が弱く、無理をさせてはいけないと祐介と薫は説明を受けた。しかしチヨは甘やかせてはいけないと玄関の掃き掃除から家事一般を詩織にさせるのである。たまにある雑誌のモデル仕事は大変だが、息抜きに丁度良い。


「ほう、では学校へも行かず、家事をしているのだな」


斉藤はあらすじを詩織から聞き、答えた。


「しかし我らの時代ではそれが当たり前であった。己の食い扶持ぶちが稼げねば奉公に出されたものよ」


「現代の人間は甘いと思われますか」


酌をしながら詩織はそう問うた。


「そうは思わぬ。時代の流れであろう。詩織殿は恵まれておる」


斉藤は詩織のモデル掲載されている雑誌を読みつつ酒を飲む。


「なるほど、これで銭を稼ぐのか」


斉藤が珍しい言葉を発した。おおよそ他人に興味の無さそうな人間が興味を持つのである。


「どう写っていますか」


「歳相応の女子よの」


竹輪の穴にキュウリを詰めたものを肴に運んできた。出来るだけ安く上げろとのチヨの指示で詩織は斉藤の酒の肴に苦心して節約レシピを駆使している。


「してお主は男を知っているのか」


予想外の質問をうけて真っ白な肌を紅潮して詩織は答えた。


「そんなことは有りません。セクハラですよ」


「左様か。それでせくはらとはなんだ」


知りませんと顔を赤らめたまま、ツケのメモにお銚子一本の記入をした。赤面する自分を恥じつつも、斎藤さんはこのツケをどう払うのか心配になって来た。刀を売りに出したとチヨから話は聞いたがいくらくらいになるのか心配になった。道場では永倉と吉村が稽古をしている。近藤、土方も斉藤の酒に別段注意もしない。この人は酔っぱらいながら人を斬って来たのかと詩織は思った。洋服に抵抗が無かったのも斉藤で、ジーンズも履くがチノパンを良く履いている。ブルーのシャツはセールで勝ったものだ。長身の斉藤に良く似合っている。こう話をしながらも酌をさせられるので忙しい。


「もう一本頼む」


「斉藤さん、もう九合目ですよ。今日はお終いです」


斉藤は左様か、と言い庭先を見ている。詩織はさっきの斉藤の質問に仕返しが出来たようで嬉しかった。


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